第六章 その陰を知らず



 不躾な質問に、ラックはリヒムを殴ってやろうかと拳を握り締めた。だが、アスは別段不快な表情をするでもなく、一つ頷いただけだった。

「女の中にさ、手話が出来る奴がいるんだ。戻ったらそいつに会わせてやるよ」

 自分でも驚くほどにすらすらと言葉が出る。先刻までの警戒も緊張もどこへやら、意気揚々と話す様子は傍目には犬が尻尾を振っているように見える。カリーニンは苦笑して視線を周囲に戻し、ラックも同様に見張りに戻った。

 当のアスは微かに表情を緩めて頷き、それを見たリヒムも笑って返す。最初とはうってかわった態度を見ながら、アスは冷え切った心の底に落ち着いた。単純だな。

 表情を隠せば敵と言い、ちらりとでも緩めればすぐに警戒心を解く。人とはこんなものなのかもしれない。心の内よりもその態度が印象を左右する。

 あの時も、と思い返した。あの時も笑って頷いてでもすればライは許したのだろうか。ライが望む通りに頷いて認めれば。

 そんなことが許されてたまるものか。ぎり、と腰に下げた剣の柄を握る。

 ライは自分が望む通りに周囲が動かなかったから、その怒りをアスにぶつけたのだ。それを正当化する理由もいわれも無い。だからこそ、今もこうしてリミオスの影から自分を追いかけている。兵士を殺したと言って、奪ったと言って。

 ならば、ずっと追いかけてくればいい。自分は自分の罪を知っている。だが、そうさせたものは他ならぬリミオスであり、同様に信じようとしなかったライに責がある。それをライに示すまでは何度でも返り討ちにする。

 そのためには、と微かにカリーニンを見上げた。この盗賊団を隠れ蓑にして大陸を移動する方が得策だろう。いまだに情報は錯綜し、事の真実が見えない。真実を得、リミオスとライを糾弾するまでは何としても生き延びる必要があった。そのためにここの盗賊団は丁度いい。各地を転々としながら、しかも国軍には見つからぬよう密かに動き回る。団員の人の好さも都合が良かった。

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