第六章 その陰を知らず
「異常があれば笛を吹け。笛が聞こえたらとにかく逃げろ。仲間のことなんて考えなくていい。東の山に女たちがいるから合流して朝を待つんだ。それから王都に向かう」
「もし仲間とはぐれた場合は自力で王都に行かなきゃならん。結構疲れるんだ、これが」
後頭部で手を組みながらラックが言う。経験者であるかのように言うさまは真実味があった。気をつけろよ、と笑いながらラックに言い、バーンは言葉を続けた。
「もう一つ、今回は少し勝手が変わる」
それまで軽口を叩いていた皆の表情が変わり、緊張が走った。
「アスをエルダンテが追ってるのは知ってるな?それにリファムも加わった」
誰かが息を飲む音が聞こえる。アスは微かに眉をひそめた。
「アンカーにもその話は伝わってるだろう。だから何かあれば兵士の動きはいつもよりも早いはずだ。もし何かあれば剣を抜いていい」
リヒムはごくりと唾を飲む。従来、仕事において剣を抜くのはご法度とされた。人殺しをするのが彼らの仕事ではないし、無用な罪名を持つのは避けたいからだ。
だが今回はバーンの言う通り勝手が違う。なぜだか、国に追われている少女がいるからだ。エルダンテ国軍兵士を切り捨てたという噂は聞いている。ならばリファムの兵士が剣を抜いてもおかしくはない。
バーンは真剣な顔を緩めて微かに笑った。
「もし、なんてなけりゃいいんだけどな」
その声が臨界点に達しようとしていた緊張を緩める。だな、と応じる声があり、一気に空気は緩和していった。これがバーンの凄さである。言葉一つ、表情一つ、行動一つで人の心を動かしていく。士気を高めすぎてはいけない。かといって緊張感がなさすぎてもいけない。丁度いいところで皆の心を引き連れていく。一種の才能だな、とカリーニンは頷いた。
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