第六章 その陰を知らず



 からからと笑って歩き出す。からくも値切りの餌にされたカリーニンは忘れたはずの足の痛みが蘇り、アスに至っては話せない。大きく息を吐いてから軽くアスの頭を叩いた。

「ああいう女にだけはなるなよ」

 ぽん、と自然な動作で叩く。そうして気付いた。その手を払う動作がない。

 ごく自然に出た動作だったのだが、そうした自分にも驚き、邪険に扱わないアスにも驚いた。驚くと同時にどこか嬉しさがこみ上げてくる。

「……払わないのか」

 頭に手を乗せたまま尋ねる。答えはなく、アスは歩き出した。置く先のなくなった手をひらひらとさせてその背を見ながら、これは少しは気を許してもらえたのか、と考える。それならば嬉しいところなのだが。

「……ふむ」

 いまいち態度がわかりかねる相手だ。だが、叩いたところで警戒心が復帰した空気もない。なら、そういうことなのだろう。やれやれとばかりに息をつき、のんびりと歩き出した。とりあえず今のところは敵ではなさそうだ。

 一つ、自分の気持ちに落ち着き所を見つけた時、轟音が宵を切り裂いた。ばらばらに歩いていた三人は一様に空を見上げる。空気を震わせるそれは室内で聞くよりもずっと現実感を伴っていた。

 余韻を残しながら遠ざかっていく音に、ぴんとした緊張がこみ上げてくる。

 先を行っていたザルマが早足でカリーニンに歩み寄り、その後にアスが続いた。

「時間?」

 みたいだな、と言いながら踵を返す。その顔にも、そして踵を返す間際に見たザルマの顔にもにやりとした笑みが浮かんでいる。期待と不安がないまぜになった不思議な緊張はとても気持ちいい。

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