第六章 その陰を知らず



「……あてつけか」

 低く問う。言葉の端々に怒りが見えた。ともすれば爆発しかねない怒気が腹の中に渦巻いていることだろう。

 それならいい。

 充分だ、と内心呟いて、口を開く。

「お前はオレの右腕だ。これが理由じゃ不満か」

 とぐろを巻いていた怒りは急速にしぼみ、まとう空気に穏やかなものが混じる。体に残った怒気を吐き出すように大きく息を吐き、カリーニンは目を細めた。

「……了解。いい先生をやってやるさ」

 満足そうにその様子を見やってから、バーンはソファに身を沈める。山の端に消え行く夕陽に視線を投げ、そして呟いた。

「仕事は明日だ」

 何の気もなしに呟かれた一言で、カリーニンはバーンに向き直る。

「……随分急ぐな」

 顔を夕陽に向けたまま答える。

「今日、何人かに街で噂を集めてもらった。……エルダンテが動いた」

 当然と言えば当然の成り行きだろう。さして驚くことでもなく、カリーニンは頷きながら壁に寄りかかった。

「居所が知れたか」

「そうでなくともリファムは隣だからな。いつかは来るさ」

 軽い調子で言い、顔をこちらへ向ける。

「問題はこっちだ。リファムも動く」

 カリーニンはわずかに眉をひそめた。

「……要請でもされたか」

「多分な。ただリファムまで動くっつうのが……」

 言いながら混乱したように頭をかく。

 かたかたと窓を鳴らす風はやまない。明かりが欲しくなるほどに外は暗くなり始めていた。その中にあってこちらに向けられたバーンの金の瞳はいやに輝いて見える。

「リファムが何で動く?」

 エルダンテ──ハヴァニウムと言った方が正しいのだろうか。エルダンテに利があったとしても、隣国のリファムにまでそれが享受されるとは限らない。そもそも過去においては敵国同士だった間柄だ。外交上は笑顔でも、腹の底では嫌悪も露だろう。

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