女主 | ナノ


もうすぐ卒業だ。
――高校三年の十二月、私は公園のベンチに腰掛け空を仰ぎ見ながら、子供でいられる時間があと僅かだという事を憂いてた。
時刻は正午。平日のこの時間帯はバリバリ授業中なのだけど、私は絶賛おサボり中な訳で。
誰もいない小さな公園というのは妙に居心地が良い。

高校を卒業したら、きっと今よりもっと大変になるだろう。ストレスと社会のルールに縛られた苦しい生活が待ってる。夏休みだの彼氏彼女がああだの先生がうざいだの、呑気にしていられる日々は終わってしまうんだ。
ずっと制服を着てたい、春なんか来なければ良いのに――と、心の中で呟いた。生まれて初めて桜が咲かない事を祈る。
曇り空に向けてため息をつくと白い息がぶわあっと出た。

卒業したくない。子供でいたい。大人になんかなりたくない。
そんな事をいつまでも思う私にはやりたいと思える事が一つも見つからない。
小学生の頃はあんなにも「早く大人になりたい」と思っていたのに。
幼い頃はこうだったと私に思わせるのは季節だけではなく、好きな音楽さえも昔を振り返らせる。

イヤホンから流れる懐かしい洋楽が当時の記憶を蘇らせ、子供の頃を思い出させた。
世界的に有名な歌手の曲――何回も聴きまくり、日常を純粋に楽しめていたあの頃が懐かしい。
時の流れの残酷さを思い知らされた気がして、少し泣きそうになる。
目を閉じて音楽に耳を澄ませた。今の現実を忘れたいのと、当時のように向上心に溢れていた自分を思い出したくて。


「何をしているの?」

物思いにふけっていると、突然近くで男の声が聞こえた。
ぼーっとしていたのであからさまに驚く私をケタケタ笑い、面白そうにしているのが少し腹が立ったが、その声には覚えがあった。

「……神威君か」
「やあ。補導されると思った?」

見上げて姿を確認すると、やはり私の思った通りで夜兎工業高校の番長である神威君が、ズボンのポケットに手を入れて私の目の前に立っている。
いつも一緒にいる阿伏兎さんと云業さんがいないのが珍しい。

「こんな時間に何をしていたの?」
「神威君と同じだよ。サボり。ここで音楽聞いてたんだ」
「ふうん……ちょっと貸して」
「あっ」

神威君にMP3プレーヤーごとイヤホンを奪われ、耳につけて音楽を聞いた。勝負好きの彼が音楽を聞くイメージは全くなかったので、失礼だけど驚きが隠せず目を見開いて凝視する。
刺繍入りの長ランに、鼻に絆創膏をしてMP3プレーヤーを持っている姿というのは、正直全く似合っていなかった。口には出さないおくけれど。

「……それ、私の好きな曲なんだ。お勧めだよ」

画面を見つめる神威君に言った。神威君が音楽を好きかどうかは知らないけれど、気に入ってくれると嬉しい、と思う。

「何言ってるか分からないヨ」
「そりゃ洋楽だもの。その曲はね、和訳すると”何処も同じ”って意味のとても綺麗な応援歌なんだよ」
「へえ」
「ライオンが夕日の草原を駆けるイメージがあってさ、目を閉じて繰り返し聞くとすごく癒されるんだ。心が自由になれた気がしてさ」

曲のイメージについて語る私に、神威君は「よく分からないや」と言ってプレーヤーを返す。どうやら、洋楽には興味が持てなかったようだ。
ちょっと残念――と思った時、そういえば神威君は何故夜兎工業高校や銀魂高校の近くでもないこの場所をうろついて、未だに私の目の前に立ち続けているのだろうと疑問になる。

「……神威君は何をしていたの?」
「別に、用があってぶらぶらしてた訳じゃないけど……うん、君の欲しいものをあげようと思ってね」
「私に?」

何の用事だろうか。言葉を待っていると、神威君は私の隣に腰掛けてニコニコ笑い、無言で前を見つめた。
意味が分からず首を傾げる。

「……なに?」
「話し相手」

表情を崩さないまま神威君が言う。よく理解出来ず聞き返すと、背もたれに寄りかかって徐に口を開く。
ズボンのポケットに手を突っ込んで足を組む様が、なんだか格好良いと思ったのは私だけの秘密だ。

「つまらない話を聞く相手は必要だろう。何を考えてたのかは知らないけどさ」
「……私の話、つまらなかったかな?」
「面白くはないね。けど、君が好きな音楽の通り”何処も同じ”なんだし、ごちゃごちゃ考えるよりこっちの方がマシになるんじゃない?」

神威君は私がウジウジ悩んでいたのを見抜いていたらしい。神威君の言う通り、私には話し相手がいなかった。そして、密かにそれを欲していたのも。
自分で言うのもなんだけれど、考えなくて良い事をずっと考えて勝手に落ち込んで自己嫌悪する面倒くさい人間だった。私は。なにかと遠回りてしまうのが悪い癖だ。
相談相手になってくれるという彼の優しさがじんわりと胸に溶け込んで、私の心を軽くしてくれる。

「神威君て変わり者だね」
「君には負けるよ。まあ、暇潰しにもなるし、お礼はジュースで我慢してあげる」
「……奢らせる気なんだ」

今月のお小遣いが心配になった。お金、あとどれくらい残ってたっけ。
お財布を確認する前に、まず目にうつったのはMP3プレーヤーだった。
私の大好きな曲が今尚流れ続けている。神威君が停止ボタンを押し忘れていたようだ。――曲を止めて、鞄にしまう。

「ありがとう、神威君」

高校卒業後の事について、友達に相談してみる事にした。
ふと青空が見たくなった。

曲はAnywhere Is/Enya
サンタモニカで待ってるね様に提出

Anywhere Is
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