「お前が巨人になれないとすると、ウォール・マリアを塞ぐっていう大義もクソもなくなる。命令だ、なんとかしろ」


巨人化に失敗したエレンを班員に預け、離れたベンチに足を組んで座っているハルカの隣に腰を下ろす。思案げな表情を覗き込めば、頬をむにっと掴まれた。

「…おいクソ野郎。今すぐその手を離せ」

「自傷行為のみが誘因でないのはわかった。あのガキが巨人化したのは、トロスト区で死にかけた時、砲弾から身を守ろうとした時、岩で穴を塞げと言われた時…」

「…聞いてんのか。離せと言っている」

「柔らかい頬だな、リヴァイ。…それらの違いの中、他に誘引足り得るものがあるとすれば、目的、か…?」

人の話を無視してむにむにと頬を摘む手を叩き落とそうした時、物凄い風と共に背後で爆発音が鳴り響いた。






「落ち着けと言っているんだ、お前ら」


煙と砂埃の中、右手だけを巨人化させたエレンを背後に立ちふさがる。班員が驚愕と恐怖に顔を染めて自分でも訳がわからないといったエレンに言い募っている。待て、落ち着けと繰り返しても、理由はなんだ、敵意がないことを示せと聞き入れない。
刃を手にした恐慌状態の彼らについにエレンが大声で叫んだ。

「ちょっと!!黙ってて下さいよ!!!」

全員の体に緊張が走り、刃を構え直した。まずい、と顔を顰めると、それまでベンチから一歩も動かなかったハルカが背後に立った。
おい、お前も落ち着け。そう言おうとした時。


「エレン、これが現実だ」


振り返ると全員の視線を集めたハルカは、グリーンの瞳を細めエレンを左側から抱きしめていた。誰もが言葉を失い呆然としていると、ハンジが猛スピードで駆け寄り巨人化した腕に触れ、熱い!!!!と騒ぎ、モブリットが生き急ぎすぎです!と悲痛な声をあげ、エレンが腕を引っこ抜きハルカに抱きかかえられた。


「気分はどうだ?」

目まぐるしく変化する状況にとりあえず声をかける。ハルカの腕の中で「あまり良くありません…」と答えたエレンは真っ青な顔で呼吸するのが精一杯という状態だった。



「俺がここで生かしてもらっていることはわかってるつもりです。俺自身が人類の天敵足り得る存在であることも…」

階段に蹲るように座りながらあそこまで信用されてなかったとは…と言うエレンに、言うつもりのなかった言葉が出た。何度も生き延び、盲信せず、迅速な行動と最悪を想定した決断が出来るメンバーを選んだこと。
そして、今ならなんとなく分かるアイツが何を考えていたのかということ。


「ハルカが最初にお前に辛辣な言葉を浴びせたのは、ただ事実を突きつけるためだけじゃない。
お前の甘さは周囲だけじゃなく、お前自身も傷付けるとアイツは知っていたんだろ。いつか悪意はなくともの敵意に晒され、今みたいにお前が落ち込むとわかっていた。さすがにそれが今日だとは思っていなかっただろうがな。だから、その心構えをしておけ。そういう意味も含まれていたんだろうよ」

「…優しい人なんですね、ハルカ補佐官って」

「はあ?んなわけねぇだろ。面倒事を増やさない為に打てる手は打っておいたってだけだ。アイツが優しいなんて天地がひっくり返っても有り得ねぇ」

笑うエレンを睨みつけると丁度モブリットに呼ばれ、全員が揃う部屋に入った。見せられた綺麗なままのスプーンにそれを拾おうとしたというエレンの言葉から、ハンジが巨人化には明確な目的が必要だと説明しだす。

(おいおい、聞き覚えのある内容だな…)

チラリとハルカに目を遣れば、頬杖をついたままニヤリと笑われた。大方の検討はついてましたってか。だったら提言しろよクソ野郎。
そう思いつつ、決定的な証拠の無さとエレンに必要な経験が今回で一気に解消したのは、それこそアイツが黙っていたからだとも思う。


疑念が晴れ、手に歯型を残しながら信じて欲しいと言ったペトラにエレンは暫し瞠目していた。血も涙も失ったわけじゃない。しかし後悔はない。図らずともそれを体現してみせた部下達はやはり優秀な兵士だ。
そんな光景を眺めているとエレンが伺うように、少しの怯えと期待を滲ませてハルカに近づいていく。

「あの、ハルカ補佐官。今日は、その…色々とありがとうございました」

ぺこっと下げられた頭を見下ろしたハルカはほんの少しだけ顔を顰めた。そしてその頭をガシッと両手で掴み上げさせると、突然のことに目を白黒させているエレンの顔をペトラ達に向けた。

「感謝なら彼らに言え。俺は何もしていないし、無論お前への情など一切ない。俺に砕く心があるなら、その分は彼らに空いた歯型の穴にでも埋めてやるんだな」

「え、え?」

「……だから言っただろうが、エレンよ。こいつが優しいなんて有り得ねぇと」

大笑いするハンジと苦笑いの班員を前に、エレンは訳がわからないといったように首を傾げた。エレンに群がる彼らから離れ、俺の横に座ったハルカは心底嫌そうな顔でため息を吐く。外でされたのと同じく白い頬を摘んでやりながら、なんだと問えば俺の手を気にもせず目を伏せた。

「あのガキ苦手だ…きっと俺の言葉を半分も理解できていない。恐らく座学の評価はかなり低かっただろう。馬鹿は面倒、だから嫌いだ…」

頬をつねられたまま間抜け面で言うハルカは再びため息を吐いた。


「そうか。じゃあどんな奴が好きなんだ」


何故こんな質問をしてしまったのかと言葉にしてから我に返った。
クソ、馬鹿か俺は。クソ!
動揺する俺に気づいているのかいないのか。いやこいつのことだ、確実に気づいていながら気づいてないふりをしている。
ハルカは伏せた目を上げ真っ直ぐに俺を見つめてくる。動揺して煩かった心臓が、また違った音で騒ぎ出す。
目の前で形のいい唇が小さく動いた。


「好きだと言うのも憚れるような人だ」

例えば、希望を一身に背負うような。


聞かなきゃ良かった、本当に。そんな曖昧な表現。せめてこのタイミングで無ければ、とも思う。馬鹿な俺は馬鹿なタイミングで馬鹿な質問をして、馬鹿みたいに落胆と期待に胸を痛めた。
数時間前に知ったエルヴィンの思いの強さ、何年も燻らせている俺の感情。
ここにきて、揺らしているハルカのグリーンの瞳。

「俺は馬鹿だからな、てめぇのことがわからない」

「いいや、リヴァイは馬鹿じゃない。俺のことをよく知っている」

じゃあ、俺にすればいい。俺だって人類の希望を背負っている。そう何度も心で繰り返し、だが結局口にする勇気もなく、

「…エルヴィンと喧嘩したからって俺に泣きつくな、クソ野郎」


馬鹿正直にこんなことを言ってしまうのだ。


「はっ、可愛くないなリヴァイ。本当に俺をよくわかっている」

人が巨人化しようが、それを人類が受け入れようが、コイツが優しくなることと俺の立ち位置が変わることなど有り得ねぇ。

騒がしい室内にそぐわない痛いほどの緊張感から開放された俺は、本当に面倒な事に巻き込まれたと、本日何度目かの舌打ちを盛大に鳴らした。




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