午前休を終えた新兵は即席の班に分けられ、立体機動の訓練という名の実力テストに向かう。作戦や指示があるわけでもなく、技術や体力、そして状況判断とその後の作戦力を測るためのものだ。卒業時の成績などあてにならないという実力主義の調査兵団らしい試みである。 ライナーの班にはアルミン、サシャ、ジャンというメンバーが揃っていた。
「サシャ、頼むから馬鹿な真似はすんなよ」
「ジ、ジャン!夕食ならあげませんよっ!」
「いらねぇよ!そういうところを言ってんだ!」
「二人共、騒ぐと怒られちゃうよ」
…アルミンがいてよかった。 そう思うのは煩い二人だけが理由ではなく、評価項目の広範さと何よりこの訓練を評価する責任者がハルカ補佐官だからだ。隣の班にはコニー、ユミル、主席のミカサ、極めつけは実力もあり昨夜『お気に入り』の座まで手に入れたベルトルトがいる。あの猫っ可愛がり具合ならベルトルトの班がトップでもおかしくない。
すぐに回ってきた順番に森の前に整列し、気合をいれる。団長補佐という地位にいる人ならアルミンのような参謀タイプに目を惹かれるだろうし、それを実行出来る俺とジャンの技量、サシャの野生の勘で高評価を得られるはず。 やれることはやってやる、と勢いよく走り出した。
結果、一番高い評価を得たのはなんと俺の班だった。 中盤でミスがあったりサシャが森に生えていたキノコに目を奪われ遅れをとったりしたにも拘らず、僅差ながらベルトルトの班に勝ったことには驚いた。俺らの次に呼ばれた彼らは全てをそつなくこなしているように見えたし、珍しくベルトルトが活躍していたのに。
(もしかしたら本当に昨日は酔っていただけなのか?それともアルミンのおかげか…?)
とりあえず無事に終えられたことに胸を撫で下ろし、夕食を取るため食堂に向かった。
「遅かったな、ジャン。どこ行ってたんだ?」
大分遅れて食堂に入ってきたジャンに声をかけると、ボーッとした顔で俺の前の席に腰を下ろす。なんだ?とベルトルトと顔を見合わせ首かしげていると、ジャンはどこか気恥かしそうに口を開いた。
「いや、解散の後にハルカ補佐官に呼ばれてさ。きっと目立った活躍してなかったから注意されんのかと思ってたんだけど……そうじゃなくてな、今日の俺たちの班がトップだったのは俺の功績だって言われて、正直意味がわかんなくて聞き返したら、『状況把握に長け、その後の行動を示唆するだけじゃなく自ら動いて示せる技量。指揮官向きだ、今後も期待している』って。
俺、初めてあんなに褒められかもしんねぇ」
驚きすぎて言葉が出ない。 が、アルミンじゃなくジャンを個別に呼び出すほど評価したということは、客観的・総合的に判断した結果だろう。アルミンはお世辞にも戦闘で成績を残せる者じゃないし、今日の俺はそんなアルミンを尻拭いが多かった。サシャはキノコの件でもちろん論外。他の班は詳しく知らないが、振り返ってみれば確かにジャンはよくやっていたと思う。
それにしても、ジャンに目を向けるとは。 以前よりマシにはなったが抜き身な性格による乱暴な物言いは、彼の能力を曇らせがちなのだ。その曇りをものともせず評価するハルカ補佐官はその地位に相応しく、真を見抜く目を持っていると再認識した。 昨日のあれは本当に酔っていただけかもしれんな。 贔屓目だのなんだの考えた自分が恥ずかしいぜ。
「よかったな、ジャン」
「おう!頑張れそうな気がしてくるぜ!」
ニカッと笑ったジャンに少しだけ悔しそうなベルトルト。残念だったな、ベルトルト。あれは一夜限りのアバンチュールもどきだ。
しかし、そう揶揄ってやろうと開きかけた俺の口は突如現れた人物により声を発することなく閉じられる。
「ライナー、ジャン、訓練ご苦労だった。君たちはとても優秀だ、期待している」
「「あ、ありがとうございます!」」
現れた人物、もといハルカ補佐官は訓練兵のころ見かけた微笑みで俺たちを労った。嬉しい言葉に反射で立ち上がり敬礼したが手で制され椅子に座ると、一人だけ名前を呼ばれなかったベルトルトに目を向け、ふわりと笑った。 その笑顔は先ほど俺たちに向けられたものとは一線を画した、紛れもなく昨夜のものと同じ笑顔である。
「あぁ、ベル。今日も相変わらず可愛いな」
そう言うや否やベルトルトの隣に腰を下ろしたハルカ補佐官は、ベルトルトの食べかけのパンを手に取り一口サイズに千切る。
「ほら、口を開けなさい。あーん、だ」
「は、え?」
「あーん、だ」
「あ、あーん…」
なんだ、これは。ついさっき改め直した認識に罅が入っていく。 ジャン、戻ってこい。いや信じたくない気持ちは俺も同じだ。だから俺を独りにしないでくれ。遠い目をするな。 ベルトルト、お前は流されすぎだ。自分の意思を持て。なんだ、あーんって。
…ライナー・ブラウンは、愚かだった。 昨夜の出来事は夢でもなければ酒のせいでもない、ただの日常に起こりうる現実だったのだ。それを見極めることを一時でも放棄し故に打撃を食らったのは誰のせいでもない、ライナーが甘かっただけである。仕事中は冷静に客観的に私情を排した完璧な姿も、それを離れお気に入りを前にすると砂糖を吐く程甘くなる姿も、どちらも正しくハルカ・リシャールという人間だった。
目を背けたくなる新兵と上官のやりとりに終止符を打つことが出来るのは、人類最強の鉄槌か人類の希望を背負う団長の登場なのだが、悲しきかな、後者が穏便で絶大な効力を持っていることは分隊長以上の人間しか知らない。
その後ハルカを追って食堂にきた人類最強ことリヴァイ兵士長による鉄槌がハルカでもベルトルトでもなく、ライナー・ブラウンに下ろされたのは単に『八つ当たりに耐えられそうな見た目をしていたから』というなんとも理不尽なものだった。
「ライナー、大丈夫か?」
「あ、あぁ…俺は兵士だからな…」
おざなりに心配するジャンに答えたのが、その日のライナーの最後の記憶になった。
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