「ハルカ補佐官!アルミン・アルレルト、帰還しました!」

ビシィっとこれまた完璧な敬礼で帰還報告をしたアルミンの背後には、アルミンの奇行と連れて来られた場にいる面子に硬直している104期生達がいた。当たり前だ。団長、団長補佐、分隊長。一介の新兵が顔を合わせることなどまずない。安心してくれ、私が新兵でもそうなるよ。ごめんね。

「よ、よく来てくれた!私たちってほら、あまり新兵と話す機会がないからさ!ぜひこの機会に仲良く、と思って!ね、ミカサ!」

「は、はい…」

小声でミカサに謝罪するとブンブンと首を振られた。良い子だ、ほらエレンがいるよ、行っておいで。ありがとうございます、と言ったミカサを遠くのテーブルで寝ているエレンの元へ逃がす。幸い、連れてこられたのは男ばかりなので大方のことは乗り切れるだろう。アルミン、グッジョブだ。
適当に座らせた新兵達にとりあえずグラスを渡し、せっせと気を遣う。いつの間にかエルヴィンは部屋に引き返したらしい。薄情者!でも仕事残ってるって言ってもんね、頑張れ!でも薄情者!
心の中で罵っていると、事の元凶がようやく動き始めた。

「よし、よく来た。さすがは調査兵団の男兵士だな。俺はハルカ・リシャール、団長補佐をしている。そしてそこのクソメガネは、」

「分隊長のハンジ・ゾエ。巨人の生態について研究しているんだ!わからないことがあったら、なんでも聞いて!もちろん巨人のことも!!!」

「とまあ、こんな感じに狂っているが良い奴だから頼るといい。よし、端から順に自己紹介だ。最初は、そこの坊主!」

「え、はっ!」

宣言通りハルカはそれぞれの自己紹介の最初と最後に自ら酌をすると「飲み干せ」と笑顔で詰め寄り、だが意外にもしっかり一人一人と会話をしている。酔いとはすごい。これなら新兵達も遠慮せずに済みそうだ。スムーズな流れでハルカの隣に座っている最後の子までたどり着く。おぉ、立ち上がると気弱そうな顔に反して背が高い。

「ベルトルト・フーバーです!」

「ベルトルトか、長いな。ベルでいいか?」

「は、はいっ!」

「………」

「………」

「………」

「………?」

ど、どうした!!!さっきまでの素晴らしい流れはどこにいった!?これまで卒業成績だったり訓練兵時代の話でポンポン会話していたのに、急にベルトルトを見つめたまま黙りこんでしまった。他の子達も談笑していたのをやめ、無言に冷や汗をかきながら泣きそうな顔になっているベルトルトを憐れむように眺めていた。

「ハルカ、どうしたの?」

「……ハンジ」

「お、久しぶりにハンジって呼んでくれたねっ!じゃなくて、ベルトルトがどうかしたの?」

クソメガネ卒業を喜ぶ間もなく、皆が思っていることを尋ねる。いい加減ベルトルトが可哀想だった。沈黙に耐えかね、オロオロと視線を漂わす姿はまるで子犬だ。デカイ、子犬。

「……ハンジ」

「だから、なに?」

解放してあげなと言おうとした時、ハルカがガタッと立ち上がりベルトルトの頬を両手で挟むとゆっくりとこちらに向けてみせる。ハルカよりも背の高いベルトルトは突然のことにその黒い目に涙を溜め、顔を赤くしていた。泣かないでベルトルト、ハルカに見つめられれば誰でもそうなる。そんな涙目の彼の顔を下から再びたっぷりと見つめた元凶は、グリーンの瞳を蕩けそうなほど甘くさせて、静かに言い放った。

「ハンジ見ろ……ベル、死ぬほど可愛い」

「は?いや、ハルカ?」

「気に入った。お前、デカイくせに可愛い顔してるな。身長と体重は?」

「え、え…」

「うん?ゆっくりでいいぞ?身長は何cmで体重は何kgだ?」

「ひ…192cmの81kgですっ」

「そうか。うん、いいバランスだ。何より顔が可愛い。背が高いから見逃されがちだろう、勿体無いな。こんなに可愛いのに」

子猫を愛でるように瞳と声を優しくし、ベルトルトの頬を捉えたまま可愛いと言い続ける団長補佐に、新兵一同開いた口が塞がっていない。
私もそれは同じだった。
過去にハルカがお気に入り認定した者もその瞬間は唐突で、接し方も様々だったがこれまた新しいパターンだ。とっても気に入っている。ゲルガーなんて比じゃない。わかるさ、だって花が飛んでいる。ベルトルトも為されるがまま、顔を赤くしてはいるが満更でもなさそう。兵団随一の綺麗な男にそんな風にされちゃ仕方ないか。
でもね、人生そう上手くはいかないものさ。ほら、足音が近づいてくる。世界は美しくも残酷なんだ。

「…よかったね、ハルカ。新しいお気に入りかな」

「あぁ、とてもいい気分だ。このまま連れて帰りたい」

「いや、それはまずいんじゃないかな。だって、」


だって、今、私の背後には、とんでもなく殺気を放った人類最強が立っているんだ。


「おいハルカ……てめぇ何してやがる」


巨人の一体や二体殺せそうなドスの効いた声が響き、成り行きを見守っていた新兵から「ヒッ」と声が上がる。いち早く状況を理解し今後の展開を予測したのは、ベルトルトと同郷らしいライナーだった。さすが次席。殺気に当てられ真っ青な友人を救おうと必死である。

「ベ、ベルトルト!とりあえずこっちへ来い!」

「ラ、ライナーっ」

「ん?友達の所に行くのか?」

仕方ないな、などと宣ってベルトルトを解放したハルカは、ブレード並みの鋭さで睨みつけているリヴァイに向き直ると、ふふっと笑う。私はとばっちりをくらわないようにただただ息を潜めた。

「なんだリヴァイ?何をそんなに怒っている?」

「…別に怒ってねぇ」


嘘だ!なんてわかりやすい嘘なんだ!


「ではなんだ?言いたいことがありそうだが」

「……てめぇガキは嫌いだったんじゃねぇのか?」

「そうだな、好きか嫌いかで言えば嫌いだ。だが部下となった以上、そうも言ってはいられない」

「いつから部下の顔を撫でる教育が始まったんだ?あぁ?」

「…はぁ、勘弁してくれリヴァイ。見ろ、大事な部下達が完全に怯えている。可哀想じゃないか」

眉を下げ本当に悲しそうな顔で言っているが、恐らくちっともそんなこと思っていない。そしてリヴァイがその顔に弱いと知っていてやっているのだ。案の定ぐっと眉を寄せたリヴァイは逡巡した後、はぁとため息を吐いた。
リヴァイの負けだった。そりゃもう完敗だった。

その後すぐ、ナナバを担いだミケがそろそろお開きだと言いに来たことでそのまま解散となった。

帰り際、ハルカは流れるような所作でベルトルトの頬をひと撫でし、それを見たリヴァイが「クソメガネ!てめぇの部屋で飲み直すぞ!!!」とゲシゲシ背中を蹴ってきたのは甘んじて受け止めてあげた。


延々と愚痴と不満を言うリヴァイと飲み直しながら、お気に入りを手に入れて満足げだったハルカを思い出し、結局私たちは宴の目的を果たせたのだろうか、新兵達にすごく余計なものを見せた気がする、と心底不安に思ったのだった。




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