夜は好きだ。昼ほど町が騒がしくなくて、静かで心地よい。それに昼間はいない恋人が帰ってきて、二人でいられる時間になる。

中学の頃は暗くなってサッカーができなくなる夜が嫌だったが、大人になればそんなことはなく、毎日夜を楽しみに待っている自分がいる。

いつもどおり、飲みながら過ごそうと思ってお酒の準備をしていると、インターホンが鳴った。

「あ、今出るね―」

慌てて玄関に行き、ドアを開ける。そこには蘭丸がいた。ただいま、と言って笑う彼に、私はおかえり、と言って抱きつく。

「準備出来てるよ。座ってていいからね」
「ああ」

彼の手にあるバッグをリビングに置き、着ていた服を受け取りハンガーに掛ける。
仕事で疲れた彼のために、してあげられる恋人としての仕事だ。最初はなんだか恥ずかしくて、毎日毎日頬が緩みっぱなしだったけれど、最近ではそんなことはなくなってきている。…恥ずかしいのは変わりがないけれど。

片付けが終わって、蘭丸の方を見てみると、彼がいると思っていたリビングにはいなかった。

「…蘭丸?」
「こっち、こっち」
「え?」

呼びかけたら、驚いたことに声は少し遠くから聞こえてきた。窓のほうを見ると、そこにはベランダに出て、こっちを向いて笑っている蘭丸がいた。

「来いよ」
「…うん」

手招きされ、彼の隣に行く。夏の夜だったけれど、今日は風が少し冷たくて気持ちよかった。

「気持ちいいね」
「そうだな」

ベランダから見えるのは、明かりがついた町々。少し遠くに見えるのは鉄塔で、この町のシンボルだった。
私が見ているものに気がついたのか、蘭丸が微かに微笑んだ。

「…懐かしいな、あれ」
「そうね。よくあそこで円堂監督と一緒に特訓したっけ」
「そうそう。おまえはよくあそこで怪我して…それで俺が治療してたな」
「拓人に"普通は逆だろ"ってあきられてたっけ」

私はそう言って笑った。ほんとう、中学の時の思い出はいつになっても鮮明に思いだせる。

しばらく、町の様子を二人で眺めていると、突然蘭丸がごそごそとポケットの中を探り始めた。

「何を探してるの?」
「いや…。…あのさ、俺、前に言ったよな。中学の時に。もう一回プロポーズするって」
「…ああ、言ってたね」

蘭丸の言葉に、私はああと言って笑った。中学の卒業式に、私は一回蘭丸にプロポーズをされたけれど、断ったのだ。蘭丸が、今よりもっと私を幸せにしてくれると信じられるようになるまで、嫌だと。
そうしたら蘭丸はもう一回プロポーズすると言った。もっともっと期待に応えられるような男になって、そして私を幸せにすると。

「プロポーズ、もう一回するから」
「え…?」

まさか、今。

蘭丸は私の方を向くと、私の手を掴んだ。汚れのない純粋な瞳が、私を見つめる。

「…絶対に、幸せにするから。俺と結婚して下さい」
「…蘭丸」


"幸せにするから、俺と結婚して下さい”


蘭丸が絶対、と言う言葉をあまり使わないのは知っている。使ったのはホーリーロード優勝までのときが一番多かった気がする。よほど信じられる時にしか、絶対と言う言葉を使わない人なのだ彼は。

「…逆だよ」
「逆?」
「私が、蘭丸を幸せにするんだから」

私がそう言うと、蘭丸はきょとんとした表情になったのち、笑った。

「これじゃどっちがプロポーズしたかわからないじゃないか」
「私たちらしいじゃない」
「…それもそうだな」



私たちだけが知っている、うつくしいよるのおはなし。




うつくしいよる / 星良さまより
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