甘いものはお好きですか?

2月14日。世間が沸き立つバレンタインデーを尻目に、チョコレート屋の陰謀だなどと、いつもの調子で無関心さを装おうとする自分の口を躊躇させたのは、最近よく目で追うようになった女の子からの「放課後ちょっと付き合ってほしい」という誘いだ。
高まる感情をどうにか押さえつけ、彼女が待っていると約束をした教室の扉を開いた。…まではいい。

「いい!? これはあくまで義理! 他の男子に配った奴と何ら変わりない、単なる義理チョコなんだからねっ!?」
「あー、はいはい。わかった。わかったから、いい加減渡してくんない?」

もうかれこれ20分はこの調子なんだけど。そんな言葉は飲み込んで、しかし身構えたまま一定の間合いを保ち続けるなまえに頭を掻きむしりたくなった。
男顔負けの腕力で潰れてしまうのではというほどに胸の中に抱きしめるのは、真紅のラッピングが施された自称『義理』のチョコレート……義理にしてはサイズもそこそこ大きい上に、装飾もそれこそ想い人へ宛てるもの同様にかわいらしく、果ては真っ赤なハート型。
見え透いた嘘を事実と言い張る、意地っ張りな狼少女を――はてさて、どうしたものだろう。

「勘違いしないで! あんたなんかに本命とか絶対ありえない!!」

繰り返すのは先ほどからこればかり。このままでは日も暮れてしまう、と校庭の冬空を見遣れば、時すでに遅し。日没の早まるこの時期だ、闇が広がり始めていた。
いつも通りの制服姿だがこの日ばかりは女子らしく身なりも整えて、普段と同じ高さで纏めた髪も毛先をくるくる巻き上げて――説得力などまるでないのに、尚も彼女は否定する。

彼女が手渡す勇気を絞り出すのには、もうしばらくの時間がかかりそうだ。そう思うだけでも口の中に苦みが広がる。
いっそのこと、こちら側から想いの丈を打ち明けてしまおうか。恋愛感情として、きみが好きだと。だから……、“付き合ってくれない?”
よし、この台詞で行こう。シュミレーションは完璧、俺ならいける。ぶつぶつ暗示を繰り返しながら、いざ行動に移そうと口を開きかけ一歩を踏み出した時、俯く彼女の肩が震えていることに気が付いた。

「ちょっと、なまえ――」
「さっきからなんでっ、あんたがそんなもじもじしてんのよ! 渡すものも渡せないでしょっ!」

いやそれ、そっちだから。きみがそうやって尻込みするばかりで逃げ続けるから、受け取るものも受け取れないでいるというのに。勝手に責任転換しないでいただきたい。
「だから、そのぉ……」もごもごと口の中で呟く彼女が、腕の中にめいっぱい抱きしめていたせいでせっかくのかわいい包み紙に皺が寄ってしまった箱を……手渡してくれるものだとばかり、思っていたのだが。

「ううう受け取りなさいよ、ばかぁぁあーーーッ!!!」

真っ直ぐに投げ出され、顔面に直撃した赤い物体。伴う痛みに足場が崩され、床に尻もちをつく。
すぱぁぁん!!! と力強く開け放された扉から廊下へ飛び出す手前で立ち止まった気配。

「わたしは! あんたのことが……ッ」

待ち望んだ台詞の到来かと期待値を最大まで押し上げながら、ぎこちなく紡がれていく続きを待つ。

「カルマが好きだよばかぁ!!」

ちらりと伺うことができた、赤く色づいた頬。そのまま脱兎の如き勢いで教室を走り去るなまえの絶叫とけたたましい足音がドップラー効果のように遠ざかっていく。
余りの逃げ足の速さに一種の感動を覚えながら、彼女が逃げ去ったことで静寂の訪れた室内を見渡す。
さて、明日会ったらどんな言葉で告白の了承を伝えてやろうか。からかい交じりに同じ返事を伝えてやってもいいだろうし、甘く囁いてみてもなかなか面白い反応が見れそうだ。
開いたチョコレートの包み紙、手作りと思わしきカラフルなトリュフを一粒口にすれば、カカオの苦みが舌の上を滑っていく。甘味が苦手だという男も多いから、恐らくは彼女なりに気を使ってのことなのだろうが、しかし残念、俺の好みはべたつくほどに甘いミルクチョコレートだ。

どうせなら、少しずつでも意地っ張りなあの子を溶かして砂糖を塗し、自分好みに変えていくのも楽しいかもしれない――それこそ、チョコレートのように。


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