「はい、あげる」
夕陽の中でにっこり微笑んでポッキーを差し出す彼女は、悪戯を仕掛けた子供のようにくすくす笑う。 チョコが絡んだ大部分の方を突き出してくるって……直接食べろとでも言っているのだろうか、この人は。
「どうしたの、これ。というか課題やるんじゃなかったの?」 「さっきカルマ君に貰ったんだよ。多分殺せんせーのとこから盗ってきたんじゃないのかな」 「ふーん。で、課題は?」
頑ななまでになまえはその話題にだけ触れようとしない。明らかに不機嫌な声で受け答えながら、仕方がないので眼前に出されたポッキーを咥えてみる。ぱくりと先だけを口に含んだ状態で向かい側の彼女を見つめると、小動物みたい。笑い交じりにさりげなく零された。彼女は褒め言葉のつもりで発したのだろうが、歳の割には小柄な体格と顔立ちを気にしている自分にとっては、あまり喜ばしいとは思えない。 甘ったるいチョコレートの味が、じんわりと口内で広がっていく。 夏場に相応しくないねっとりとした感覚が絡みついてすぐに後悔に苛まれるが、口を付けた以上は彼女に押し返すこともできないので二本の指に摘まれたままのそれを軽く引いて、手の中から奪うと残念そうな声が上がった。それを無視して自分の口の中に押し込んでいく。 「あーあ」と大層詰まらなそうに嘆き、後ろに姿勢を崩した彼女の体重を受け止め、みしりと使い込まれた椅子の背もたれが鳴いた。 未だに眉を潜めたままの僕に気が付いたのか、不意に呟く向かい側からのことば。
「かわいいって褒め言葉なのに」
ぽつりと、鮮やかな茜一色のそらを反射する窓ガラスに目を向けて。 大半の女性が可愛らしく美しく在りたいのと同じように、男は男で強く勇ましく在りたいと思うものだ。RPGにありがちな、攫われたお姫様を助けるために冒険の旅に繰り出すというシチュエーションも、そんな心理の表れだというのに、そこでかわいいだなんて形容詞をどの口が言う。
「ねえ、渚」
僕の思考を知ってか知らずか、どちらにせよ投げかけられたのは話題を逸らす前振りだ。 ちら、と見遣れば小悪魔のような笑顔を口元に刻む少女の姿がそこにはあった。
「ポッキーゲームしようか」
この幼馴染の言い出すことが、僕はたまにわからなくなる。
「……すぐ折るからね?」 「だめ。負けたらジュース」 「えー」
不満を漏らす自分の右手が伸びて赤い箱の中からポッキーを一本抜き取ると口に咥えて、向けた反対側を口にするよう促す。
「渚、あんた気遣いの塊のような子だね……。わざわざ私にチョコのほう向けなくてもいいんだよ?」
いいから早くして。喋ろうにも開口すれば落としてしまうので視線で催促すると、ようやくなまえも定位置に付いた。 彼女の息遣いを感じ取れるほどの、間合い。ぽきぽき、と差し支えるつっかえ棒が小刻みに折られていき、互いの距離感が縮まっていくのが全神経で感じ取れる。緊張感を掻き立て、羞恥心を煽られて。思わず息を止めた。 最後のひとかじりを果たしてどちらが食べるか、と交わる視線が尋ねてきたので、二人してしばらくその場で留まりながら一歩も引かず、引かせない彼女に圧倒されて同時に進む――。
ちゅ、と柔らかな感触が一瞬だけ、僅かに触れた。
「結局しちゃったじゃないか。……キス」 「こんなのノーカンノーカン。もっかいやる?」 「やらない」
恋人じゃない関係が好き
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