クラウディーガールには眩しすぎる

儚きは命の如きなり


なまえは基本、ゴールドに対してレスポンスが異様に早い。メールを送ればずっとギアの前で待機していたのではという程の早さで、数分と待たずに肯定の文が返ってくるし、彼女との電話で数えたコール音は未だ1桁代である。
例に違わず、この日ゴールドが送信した『今日時間空いてるか? どっか行こうぜ』というメッセージに返信が寄越されたのは時間を置かずしての事。

『大丈夫。暇だよ。どこ行くの?』

コガネ百貨店、と打ち込んでゴールドの指先は送信ボタンに触れた。

***

きらきらと照明の下で輝くアクセサリーを一瞥した後、肩をすくめる素振りを見せて金の瞳は逸らされる。
小さな黒猫の影と共にストーンで飾られた三日月のイヤリング。銀色と薄水色の星が二つ並んだネックレス。視界でちらつく可憐なそれらが、ゴールドの胸に不満を募らせた。

「これかわいい……」

欲しいものは何でも揃うコガネ百貨店でぶらぶらとデートを楽しんでいた時。年頃の少女達が好みそうなアクセサリーを並べた雑貨屋の前で止まり、なまえが選んだのは月のモチーフだ。よりによって銀色の。
デート中であることを忘れ、口から出そうになったため息を寸のところで押し止める。女性に対して漏れ無く紳士なプレイボーイであるゴールドは、いかんいかんとかぶりを振った。

あなたたちって、太陽と月と星みたいね――そんな風にゴールドと友人二人を例えたのは、青い瞳が美しい少女だったように思う。
まず間違いなく星はクリスだ。彼女のトレードマークともいえる星のイヤリングと、きらきらした水晶の瞳から。
物静かで、その生い立ち故か年齢不相応に落ち着いた性格。加えて、大の女好きなゴールドでも、同性ながら美しいと形容してしまいたくなる美貌もあって、月はシルバー。まぁあの銀目の少年の場合、満月に吠える一匹狼の影を連想させるところもあるのだが、それは今は置いておくとして。
残るのは太陽とゴールドなわけだが、陽光のように周囲を柔らかく照らしたり包み込んだりといった意味での温もりは自分は持ち合わせてはいない。そういった意味での太陽ならクリスによく似合っているけれど、ゴールドがそこに当てはめられた理由も、さしずめ騒がしいからといったところか。

「金色は、ねぇんだな」

思わず、零してしまった。
単なるうっかりの独り言だったのだが、そうだねぇ、と律儀に答える声が横から入ってなまえを見る。

「アクセントにちょっと入ってたりはするけど……金色メインっていうのは珍しいかも」
「だよな。太陽とかもあっていいと思うぜ?」
「太陽モチーフだと、おしゃれのためってより何かの儀式に使いそうな感じがする」

確かに、と自分で納得できてしまうから、沈む気分に余計な拍車が掛けられる。そんなゴールドには気づかずに、ふらふらりとなまえは店の奥まで進んで行ってしまった。
再度、こちらを見つめてくる商品達へと視線を投げる。華奢で、可憐で、繊細な。ゴールドとはまるで無縁なデザインは優しく儚げな乙女が身につけてこそ輝くものだと改めて思う。
旅人を導く北極星。蒼い夜陰を照らす満月。見上げれば眩しいだけの太陽とは違って、見るものを柔らかに魅了するそれら。何だか自分ばかり仲間外れにされているようで、それが少し、気に食わない。
眩しすぎる照明に目眩を覚え、俯いた。――すると。とんとん、と腕を叩いて揺らされ、眼を開く。目の前には、買い物を終えたらしい笑顔のなまえ。
「んじゃ、行くか」とあくまで自然を装うゴールドは彼女に対して手を差し出し、乗せられた掌をしっかり握ると連れ出すように踵を翻す。

「何買ってたんだ?」
「言わな〜い」
「けちくせぇなあ、いいじゃんかよ」
「今はだめ。後で教えてあげるからっ」

そこまで大きくない袋をぎゅっと抱き締めて死守する辺り、どうやら相当見られたくないらしい。大方アクセサリーの類の何かだろうが。
目立つように並べられた一つ一つを可愛いとは思うことはあっても、関心の薄いゴールドではなまえの身につける小さな煌めきに気付いてあげられるとは思えない。女性のどこを褒めれば喜んでもらえるか、それを人より少しばかり知っているというだけで、異性の服装や装身具など意識しなければ金の目には映らない。
そのスカートいいな、とか、髪型決まってんな、とか。目に付いたものを適当に口にするだけの、他のギャルにするような対応は一度もなまえに向けたことはなかった。単なる遊び相手と同列ではないのだと、言外に確かな意思を隠して。

***

がしゃん、がしゃん、と連続して乱暴に落とされた二人分の缶ジュース。二人を代表したゴールドが自販機の口からそれらを取り出し、一つは連れのなまえに放り投げた。じゃらり、音を鳴らして握りしめた小銭は雑にポケットへ。どっかりと腰を下ろした屋上のベンチは抜ける涼風に晒されていた為か、寂しく冷え切っていた。

「座んねぇの?」
「す、座るよ?」

いそいそと近寄って、やはりいそいそ座す彼女は大事そうにショルダーバッグを抱き込んだ。
大きめの鞄に託されたタマゴを仕舞っているなまえを見ていると行動範囲を狭められているようなのだが、時折視線を落として微笑む姿を視界に入れてしまうと、「持ってやろうか」なんて言葉はゴールドでも飲み込んでしまう。
咀嚼した気遣いを喉の奥に押し込むべく口腔に流したサイコソーダ。甘やかに弾けて、爽やかな風味が歯を刺激する。

「さっき買ったもの、やっぱり知りたい?」
「ん、おう。そりゃな」
「……どうしても?」

なまえの瞳がゴールドを覗き込んだ。
別にそこまでではないのだけど、とは言わず、にやりとソーダ水に洗われた歯を見せ答えた。「ど――――しても。知りてぇなぁ」と、期待に添って態とらしく。すれば、「そっか……なら仕方ないや」満足そうななまえ。
荷物の底に突っ込んでいたらしい商品を取り出そうと鞄を漁り、どうやらタマゴの下に入れてしまったようで孵化装置に入れられたまだ見ぬ生体を一度取り出した――刹那。
びゅうっ、と一陣の突風が視線の先を駆け抜けると同時に、一つ消えたものがあった。タマゴだ。「えっ?」「はっ?」二人の声が重なる。
切り裂いた空間に驚愕を落として去る者の正体が見上げた先で停止状態で目に飛びついた。
西空を染めかける宵闇に紛れる黒い羽根。くらやみポケモン、ヤミカラス。黄色い鉤爪にしっかりと捉えられたタマゴが泣き叫んだような錯覚に襲われるなまえは、何もできずにただ立ち尽くすだけで。対照にすぐさま行動に移ったのは相手の方だった。
蹴り飛ばされた地面が音を鳴らす。
なまえを我に帰らせたのは、黒髪金眼のゴーグル少年の発走。

「こんのっ……、待ちやがれえええ!! タマゴ泥棒――――っ!!」

爆走する背中が発す絶叫を頭で理解し処理した直後、弾かれるようになまえは駆け出していた。

***

どうしよう、どうしよう、どうしよう!
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ!
タマゴが攫われてしまうなんて、そんなの嫌だ、絶対。
全身を内側から殴りつける心臓の爆音に耳を打たれながら疾駆する私は胸中、自分にも翼があればいいのに、と現実と非現実の狭間を彷徨うような願いを抱えていた。
先に階段を駆け下りて行ったゴールドを追うべくエレベーターのボタンを叩き殴るが、1分程度の待ち時間ですら今はとにかく惜しくて。己が壊滅的な身体能力であることも忘れ、一段飛ばしに階段を下る。
蟀谷を伝う汗の雫の感覚がぞわりとしたものを持って肌を滑る。
自動ドアの僅かな隙間に肩を押し込み、完全に開ききる瞬間を待たずに表へ飛び出た。
そこで目にした黄金色の猛攻。
ニョロトノ持ち前の跳躍力で無理くり上空に届かせる“ばくれつパンチ”。畳みかける“さいみんじゅつ”は寸のところで空振りに終わるも、相手を無条件に行動不能に陥れる技が標的にプレッシャーを与えるには十分すぎた。
「ニョたろう!」と呼びかける少年の声に、鋭く打ち出される“みずでっぽう”、あるいは、逃走を防ぐ“うずしお”の激流を予感した。
だがゴールドが何かしたの大技を仕掛ける必要は、怯え切ったヤミカラスにはもう無かったらしい。
全身を戦慄かせる危機意識についにはタマゴを捨て置き、飛び去ろうとするヤミカラス。冷静さを残していたゴールドは必死にばたばた動かされる漆黒の翼への追い打ちよりも現在進行形で落下途中にあるタマゴを掬い取ることに文字通り身を捧げた。ヘッドスライディング。
ずざざ、と顔面をコンクリートに擦り付ける彼が最後まで力を抜かなかった両手のひらはその瞬間まで夕焼け空を仰ぎ続け。ゴールドの伸ばされた手がタマゴと接触を果たした時、ぱき、と氷を砕くような微音が耳朶に吸い付いた。
嗚呼、孵る。
罅の間から零れる煌めきは神秘的とすら感じられて。は、と短く息吹くと目の前の孵化は完全なものとなった。
甘いベビーピンクのまんまるい身体にやはり丸い大きな瞳。女性がこぞって黄色い声を上げそうな容貌の持ち主である赤ちゃんポケモンは、ゴールドに図鑑を差し出される前からわかっていた。私ですら知っているその子はプリンの進化前とされるププリンの種である。

「元気な男の子です、ってなぁ。よかったな、ププリン。こいつがお前のおやだ、ぜ……?」

二人で覗き込む最新式のポケモン図鑑。右から左へ画面が流れ、現れたステータス画面に瞠目した。
画面上になまえという字が見当たらない。だというのに名前の欄は別の名前で埋まっている。
どういうことだ。
生まれたププリンのトレーナーとして表された名前は私のものではない、って。なにそれ。意味がわからない。

「おや……ごー、るど、って……は? オレ?」

彼の口によって読み上げられたことで目の前の文面は紛れもない真実として私の脳に叩きつけられた。

「どう、なってんだ……」

自分の感情の動きに素直な体と口を持つゴールドでさえ、そのときばかりは驚愕に叫ぶようなことはしなかった。


2016/12/11



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