クラウディーガールには眩しすぎる

真夜中に星を数える癖


それは、秋に咲く桜のように。未来を見通す力をくれる水晶玉のように。二枚貝に包まれ生み出される真珠のように。淡い桃色で、まんまるで、滑らかで艶やか。ただ美しいだけじゃない、たった一つの命を身籠るもの独特の母性的な力強さまでもを併せ持つ。
孵化装置の中に大事に大事に仕舞われたタマゴ。深夜の薄暗がりに冷やされた自分の手を硝子越しに翳してみる。
私なんてどうせだめだよ、って。権威ある研究者に頼まれた大事な研究のお手伝いであっても、間を繋いだのが幼馴染では無かったら私はきっと第一声の通り断っていたと思う。私なんて。どうせ。だめ。無理。できない。口と心に染みついて拭えない否定文句を放って相手を突き放すのはとても容易いことだから。
現に今だって推しの強さに根負けして受け持ってしまったことへの後悔に押しつぶされ、心の半分はこうして逃避に浸っているくらいなのだし。
10年と少しの人生も全部が無駄であったわけではないのだ。人より物を考える時間が多かったから、学んだ数はきっと人より少しだけ多い。きっとそのせいなのだ。踏み出せないのは。中途半端な知識と在りもしない経験で知ったかぶって、不の可能性ばかり見つけ出す。
やってみれば意外と何でもないことも、実は楽しかったりすることも結構あるとも知っている。わかってはいる。だけど積み重ねた10年は、決して少ない時間ではないということで。
こんな、一人では何もできないような、むしろ前を向いて生きてすらいけそうにないような私が現在に至るまで人並みの生活を送って来れたのは、やはり隣にいてくれる存在があったからこそだと思う。
瞼の裏に浮かぶ輪郭。本人曰くおしゃれなのだという跳ね気味の前髪。逆さのキャップに白いゴーグル。愛嬌を添える陽光の双眸。
悩んで踏みとどまる私を日だまりに誘ってくれるのも、少し強引に腕を引いて連れ出してくれるのも、今まで全部、ゴールドだった。

ワカバタウンのゴールド。図鑑を託された者が必ず持つとされる異能――彼の場合は自らタマゴから孵化したポケモンに強いエネルギーを与え、ゴールド自身の性格も強く引き継がせる『ポケモン孵化』。一度は自分には何もなくて、無能なのだと諦め失望した彼だけど、最後の最後で見つけてもらえた力。冠された名は、“孵す者”。
小さな命が殻を破って誕生する瞬間に立ち会えるって、きっととても素晴らしいことなんだろう。眩しいくらいに輝かしい、素敵な能力なんだろう。
さらりとレース生地のカーテンを持ち上げて、星明りの形に切り取られたビロードの夜空を見上げた。室内に入り込む淡い光がタマゴをそっと包んで撫でる。
もしも、この子が生まれたら。
そうしたら、私の初めてのポケモンだ。

「初めての……」

夢に満ちた、ひどく甘美な単語を堪らずリピート。引き結んだ唇で、噛み締めるように味わってみる。
彼ならどうするかな。思い浮かべる記憶の中の昔と変わらぬ男の子。
彼なら生まれたポケモンにどう接してあげるだろう。どう言葉をかけて、笑いかけてあげるんだろう。
ううん、彼なら、ゴールドなら。
きっと殻を破り破る前から愛を持って接するだろう。そこにいるように、そこで笑って泣いている一つの命として、きっと接してあげるんだ。
だったら私も、彼みたいにならなくちゃ。

臆病者の卑屈者なりに一人前として認められる証を手にし、冒険に心を躍らせ、新天地を望むのはやはり人間の性なんじゃないだろうか。ネガティブなりに、自信がないなりに、これで少しは前を向けたんじゃないだろうか。

2016/12/07



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