クラウディーガールには眩しすぎる

赤い糸の行く先を案じる青い鳥


窓の外で女の子の怒号が聞こえる。馬鹿、安保、あんぽんたん、なんていうかわいらしいものに始まり、声の主の精神がついに限界を突破してしまったのか、現在ではもうとにかく凄まじいとしか言い表せないような醜い言葉が吐き散らされている。これが全て自分の幼馴染へ宛てられたものなのだから、毎度のことではあるけれど、驚きだ。
吐き捨てられた、地獄に落ちろ! を最後に落ちる沈黙にため息を一つ。
家のポケモンたちと戯れていた昼下がり、金色の目を持つ幼馴染が私の家の戸を叩いた。なかなか熱烈的なギャルがいて困ってんだよ! と額に汗を張り付けた彼に助けを懇願されれば、それが軽い気持ちで付き合いあっさり別れた元カノに追い回されている、なんていう不純かつ情けない動機であっても引き入れ匿ってしまうのだから、この幼馴染には――否、この幼馴染に弱い私には困ったものだ。

「なまえのおかげで助かったぜ。サンキュー」

いい加減ひとりの女の子に絞ればいいのに。この女たらしっ、どすけべ。最もな意見すら言えないままに飲み込むのは、何もこれが初めてではない。

「持つべきものはやっぱ幼馴染だよな」
「私は便利屋とかじゃないっていっつも言ってるのに……」
「いいだろ。これからもよろしく、なまえ」

本当に、ずるいんですよ。そういうところ。
にかり、笑う顔の眩しさから目を外す。
彼が、自由気ままなゴールドが、浅く広い人付き合いの方法を取ることで救われている自分がいて、誰のものにもならないのだと安心している自分もいて、隠しきれない本音の醜さから目を逸らしなかったことにしようとする自分はやっぱり馬鹿で愚かで。
これからもこういう時、助けてくれよな。彼の言葉に結局「うん」と頷いてしまうのだから、私も少し、歪んでいる。

***

金ぴかの嵐が過ぎ去った自室は本当に静かで、閉鎖的な空気感が溜め息を誘って来る。
今しがた出て行ったゴールドが去る足音を窓の外で確認すると、私は壁際のクローゼットの戸に手を掛けた。開いて一番に目に飛び込んでくる赤生地は急いで詰め込んだお陰で少し皺が寄ってしまっていて。これは保存用と予備を一つずつこしらえて置いて正解だ、なんて考えながら愛おしむように、慈しむように、ハンガーから下がるその一着を撫でた。

赤いパーカーにキャップ帽、トレードマークのゴーグルはやはり必須アイテムだ。ゴールドが袖を通したことも無ければ、あの手が触れたことすらないというのが少し残念なところだが、こうして彼と同じ格好を彼に内緒で引かれることなく私が楽しめるのだから我慢しなければ。彼に合わせたサイズだからか私が纏うと大分袖丈を余らせてしまうけれど、でも。
くるり、鏡の前で一回り。そっくりそのまま映されて、正面から覗き込むもう一人の私はそれはそれは満足げで楽しそうで。これを歪んでいると言わずして何と言う。
愛しい人がちゃらんぽらんで軟派な人で、だから一人の女に縛られない。時には逃げて隠れる手段として自分を利用してくれる。
頼られていることに満足する、だけで収まればよかったのにね。そうしていたら、きっともっと、ずっとずっとかわいらしい私でいられたね。

依存、コスプレ、ごっこ遊び、独占欲に、胸中だけの内緒の束縛。
増え積もっていくばかりのコレクションは何もクローゼットの奥の秘密スペースだけの話ではない。

2016/11/28


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