クラウディーガールには眩しすぎる

陽性少年、陰性少女


コガネシティを南下して、35番道路を越えた先。そこに広がる深い深い森の中をなまえは一人、奥へ奥へと突き進む。
ウバメの森として地図に載るジョウトの辺境。鬱蒼と生い茂る木々が陽光を遠ざけるおかげで昼夜問わず薄暗く、年中湿った土地の陰気さはそれだけでもこの森から訪問者を遠ざけるには十分過ぎて。『神隠し』なる噂まで人々の間で立ち上がってしまうのも、こうして訪れてみれば納得がいく。
なんでもウバメの森の祠には神様が住まわれていて、逆らうと祠から覗く不思議な歪みの中へ連れて行かれてしまうのだとか。そうして何年も経ち発見された人間は、玉手箱を開いてしまった浦島太郎もびっくりのよぼよぼとした老人へ変貌を遂げていたのだとか。何だとか。
よくある昔話の類だが、この地方の大人達の間では信憑性の高いものらしく、親が子供に寝物語として読み聞かせる風習が近年流行っているそうだ。

「ゴールドのばか……。馬鹿、馬鹿…………、大馬鹿者――――っ!!」

少女の大絶叫が一条の矢の如く放たれると陰気な森の貫かんばかりに響き、静寂を掻き乱す。
いつだったか、自分の想い人の家の真ん前で罵倒雑言を吐き捨てて行った名も知らぬ女と同じように、なまえもまた募らせたちゃらんぽらんな人物への不満をぶちまける。まぶうらに蘇る金の双眸、トレードマークのゴーグル付きキャップ。当人の自宅へ向けてではないだけましなのだ、そもそもあの人が悪いのだ。言い訳がましく勇気が持てない己を許し、こうして無人の場所を探し出してなまえは誰に打ち明けるでもなく膨れ上がった本心を大空相手に曝け出す。

「ふっざけないでよ。この……、」

森の香りに彩られた空気を吸い上げて、肺を満たす心地良い冷たさに怒りを忘れそうになりながら。舌に言葉を乗せるなまえは、頭上の木の葉の囁きには気づかない。突然訪れ突然叫び出した情緒不安定少女の行く末をそれまでははらはらと見守っていたポケモンたちももうこの瞬間には場を離れてしまい、そこが本当の意味で無人となってしまったことにも、やはり、気付かない。
天空高く、風が巻く。かと思えば、一点に集められていた空気がの流れが瞬間を境に逆流を始めた。木々の枝と葉の隙間に隠されるようにして出現した眩いの穴。誰かの見ていた世界の記憶が渦を巻いて流れていく不思議な空洞から、一つの影が表へと投げ飛ばされた。

「この、すっとこどっこいがぁー……、――ぁっ?」

ばさっ、がさがさがさがさっ! どっしーんっ!

「いっ……、でぇえええ!?」

背後から、なまえの耳に届いた少年声は聞き知った幼馴染の今より幼い頃、そう、ワニノコ泥棒を追いかけて無計画に家を飛び出してしまったあの時代のゴールドのものとぴったりと重なるようで。振り向けば、案の定。

「どこだよここ……ウバメの森か……? つかなんでみんないないんだ……。って、なまえ!?」
「ご、ご、ゴールド、こそ、なんで……?」

なんか小さいし、降ってくるし、わけわかんないよ。
今以上に細くて小さく何より幼い、だけれど体躯に似合わぬ勇ましさを身につけ、少々汚れた見てくれの、記憶の中の幼馴染がそこにいた。

***

ここはあなたがいた時代よりも先、つまるところは未来です。
のたまって、そうそう信じてもらえるような話だとは思えないけれど、図鑑所有者と彼らに関わる人間であった私たちは冒険小説もびっくりの現実をいともあっさり受け入れた。旅の道中、最後の決戦で祠から過去に戻ったことがあるとゴールドに私は聞かされていて、ゴールドもゴールドで祠内の時の波を潜り抜けてきたという経緯からここが元居た時代ではないことは早々に察していたらしく。成長により多少の変化はあるといえど私は彼にとっての幼馴染、なまえだ。知りえる事情を説明すれば、疑問は残れど信用は得られた。

「んで、なまえ……サンはどうしたってそんな顔してんだ? 迷子にでもなったか?」
「なまえでいいよ。――さすがに迷子になる歳じゃあないよ。喧嘩しちゃって、気まずくて。それだけ」
「ふーん。誰と?」
「……ごーるど」
「オレっ?」
「あっ、えっと、あなたじゃなくって、この時代のゴールドと喧嘩、しちゃって」

嫌われちゃったかもしれない。ぽつり、零した。

「それはねぇぜ、多分」
「な、なんで? どうして言い切れるの?」
「えっ、いやぁ、それは……。とっ、とにかく! だ。未来のオレがどうかは知らねえが、少なくともお前を嫌いになるこたあねえよ。オレが保証する」
「……なんで?」
「そりゃ本人に聞くことだな。つか、オレの言うことも信じらんないってお前成長してもネガティブ直んないんかよ。オレも苦労してんな……」
「ごめん……迷惑、かけてる」
「謝んなって。それ受け入れて、一緒にいるんだろ、お前んとこのゴールドも」

ネガティブで後ろ向きで心配性で、そして優しい。
それがなまえだって、お前だって、ちゃんとわかって隣にいるんだ、オレも。
明るい励ましを信じられるのは他でもない彼の言葉だったから。事情を知らない過去の彼であったから、だ。

「いいこと一つ教えてやる。後ろ向きならそのまま黙ってバックで進んじまえばいいんだ。走ればそこが前なんだぞ!」

心を覆って暗めてしまう嫌な暗雲をも吹き飛ばす、強く凛々しく優しいお日様。晴天を夢見るてるてるぼうずにだって、たとえ涙でぐっしょり濡れた不格好さでも気にせず等しく接してくれる。
そんな風に、私は、なりたかった。
請うばかりの暗い子じゃ、きっと隣には立てないから。彼みたいになろうと彼を知っていくうちに、素晴らしさも温かさも知ってしまうから不釣り合いな自分を再認識させられるだけ。
いつかの未来で彼が誰かのドレス姿を褒めるとき、自分を慰める術として自分が彼に成り替わろうとした。だってそうすればいつでも私だけの太陽として私の中にいてくれるでしょう、って。
馬鹿だって、考え付いた瞬間から今に至るまでずっとわかってはいたけれど。でも、わからなくって。

「今日の――この時代の今の日付、覚えとくから。そんで、この辺りでなまえと喧嘩しても、オレはぜってー見捨てないって約束すっから。だから、なまえ!」

そっか。だからゴールドは――。

「負けるなよ」

にかり。見知った笑みが光の中に溶けていく。
もう時間なのだ。
時に連れ去られた旅人は、元居た時代へ還っていく。そこで仲間たちと笑い合うために。故郷への帰還の前に師匠を仰いで旅と戦いを延長させて。それでも待つ者の元へ、還ってくる。
かたや私は握り拳を一つ作って不格好ながら精一杯唇を歪めた。
絶対、負けないよ。
例え後ろ向きでも突き進めばそこが前なんだって、大好きな人に貰った言葉が私にはあるから。


2016/12/19



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