不離のトラペジア / 逃走星のミスティリオン

傷つけられるための余白

目が覚めてまず目に入ったのは、天井ではなく自分に馬乗りになる男の欲情した顔だ。寝起きだということを加味しても不自然なまでに白んでいる頭では、眼に飛び込んでくる現状の異様性も咀嚼することができない。睡魔に沈んで、朧げだった躰が少しずつ目覚め始める。
肌寒さの要因を辿り、視線を彷徨わせていくと、剥き出しにされている自分の肩や胸があるではないか。ブラウスの前を引きちぎられ、外れかけて揺れている釦からは糸が出ている。袖を通したまま肩や腹を晒され、ずりあげられた下着の締め付けが苦しい。
そして、そんな風にかれた躰を玩具のように弄ぶ手の数は、ひとつやふたつどころではない。どっと頭に雪崩込んでくる多大な情報に、私はようやく疑問を呈することができた。
――え……? え……? な、なに、これ。
顔しか知らない人の、知らない性器が私の中に沈んでいた。なにこれ。わからない。目先にぶら下がる性行為という言葉を認められない。
意識すると痛みが駆け上がってきて、息ができないことに気がついて、酔いの回った躰を無遠慮に揺さぶられることで引き起こされる目眩が頭蓋骨に痛々しく響いて。強姦という語の乱舞に手が震え始めた。
「あ……? あ……、え……?」
「お、みょうじちゃんお目覚めだぞー」
「まじ? やった、やっぱ反応ねぇとつまんねぇもんな」
見知った顔が、ひとり、ふたり、さんにん、よにん。零君と景光君の大学のインターカレッジ・サークルの先輩だ。学外にも開かれたそのサークルに私は外部生として参加していて……――それで、いま、何をされてる……?
「い……や……。やめ、て……」
舌が縺れて拒絶が壊れた蓄音機のように途切れ途切れになる。
神経の覚醒に伴って痛みの深度が増してゆき、顔を引きつらせる私とは裏腹に、まるで私から吸い取った養分で笑っているかのような先輩は、愉快だと言わんばかりに私の躰を牛耳った。
「やっ……! いっ、いたい、です、っ……。いや、嫌、です」
「なんで? 好きでもない男の相手するのなんて初めてじゃねぇ癖に」
「……っ」
「これ、お前だろ、みょうじ」
スマートフォンに指を滑らせた男が画面をひっくり返して私の眼前に突き出す。液晶画面に表示されているのは、ウェブニュースのログだった。日付は数年前。女子中学生、教師、強姦、という、覚えのある……それどころか嫌な記憶を掻き毟られる、不吉な文言の踊るトピック。教室という狭い箱庭で権力を振りかざした人間によるありふれた性犯罪だが、それは私の人生を狂わせた負の分岐点だった。
「なんっ……で、知って……っ」
被害者の名前は、それが私の身に起こったことだとは、伏せられているはずなのに。
「いるもんだよな、ネットに晒すやつ」
「あ…………」
終わっても、夢の中では終わらなかったことである。いつまでも尾を引いている恐怖。思い出す頻度が減っても、ふとした瞬間、見知らぬ男性に肩をぶつけられたときなんかに、嘔吐感と同時に想起される過去の情景。また、始まるのか。
怖い――今日この出来事のために堕ろすことになる命を授かるかも知れないこと。乱暴から解放されたところで、自分の中では未完の悲劇として繰り返され続けること。行為そのものばかりかそれと結びつくものまでが恐怖の対象として、あやかしのように化けること。なんで。なんで。
「俺達全員に中出しさせてくれたらあいつらのことは助けてやるよ」
私に馬乗りになっている男が親指を立てて脇を指し示す。ぎこちなく首を回すと、自分が組み敷かれている床の先に、金色の髪が光っている。この先輩たちみたいにブリーチを重ねたものじゃない、天性の稲穂色の持ち主を私は降谷零しか知らない。蒼穹で染め上げたような綺麗な碧眼は暗雲に閉ざされたかの如く瞼の裏。鍛えられた躰はまるで屍のように冷たい床の上でぐったりと伸びており、その奥には景光君までもが転がっているではないか。
――嘘……。
今すぐ二人の名前を呼んで大丈夫なのかと問いかけたいのに、喉が引き攣ってうまく喋ることができない。
今夜は、一人暮らしだという先輩の自宅で、サークルの飲み会が開かれることになっていた。この場でにたにたと薄気味悪い笑みを浮かべている男たちと、私と零君と景光君は始まって間もない頃から参加していて、他にも男子と女子数名があとからやってくると聞き及んでいた。しかし一向に参加者が増えず、酒だけが進んで、気づけばこの有様。
しかしながら妙である。サークル内でも一番酒に強く、いつも最後までけろりとしている零君と景光君が、買い込める数にも限りのある宅飲みで酔い潰されるだろうか。今夜もそれほど飲まされていた覚えもないし、断りきれずに飲みたくもないアルコールを腹に収めるほど押しに弱い二人でもない。強い人が同じ日の同じ時に潰れるなんて偶然が、水面下で強姦が画策される中、都合良く起きるとも思えない。きっと、何かを盛られていたのだ。
女の私には口を酸っぱくして酒は飲みきってから席を立て、味や色が変なら吐き出してでもそれ以上躰に入れるな、と繰り返している零君達だけれど、男性は自分が被害者になることにかけてはやや疎い。零君達もまた、まさか自身が盛られる対象とされるなどとは夢にも思わなかったのだろう。私も私で頼りになる幼馴染が二人になるからとついつい油断を見せていた。きっとそこで、彼らも私も、薬品の混入されたビールかなにかを飲んでしまった。
「ここに居合わせた以上このことが表沙汰になればあいつらも疑われる。降谷も諸伏も警察官志望なんだろ? 無実とはいえ一度火の粉がかかってる人間は不利になるんじゃねえか。大事な幼馴染の将来を潰すわけにはいかねえもんな」
私は、脅されているんだ――。
彼らの清らかな将来を盾に取られて、卑しい目論見通り、手も足も出なくなっている。
私は犯されることの意味を、怖さを、痛みを、知っている。抵抗すればより酷い目に遭わされることも、果ては殺されることだってあることも。そして所詮は耐え忍べばいつか過ぎ去る厳冬であることも過去に学ばせられている。
鋏の切先を向けられて抵抗したら目に突き刺すとかあそこに突っ込むとか言われて何も出来なくなって、おとなしく服を切り裂かれた。
締まりが悪いと尻を叩かれ、げらげら下品に笑いながら首を絞められる。胸がちぎれるほど揉みしだかれて、乳腺も乳首も痛い。血が出ていないことがおかしいくらい、どこもかしこもすべてが痛い。痛覚のある人間だと認識されていない私は、壊しても替えの効く人形のように蹂躙された。
「ひ……う……、酷いっ、酷い……!」
ずたぼろの服や下着を下敷きに、床の上で代わる代わる犯される。汚いものをお腹に詰め込まれて、吐き出されて、別の男には手でも握らされた。舌でも性器でも口を塞がれて、精液も唾液も飲まされた。上からも舌からも汚泥に染め上げられていく。背後から髪を手綱のように掴まれ、交尾をされながら、こんなことになるなら伸ばさなければよかったと後悔する。
男たちの顔や姿が墨で塗り潰されたようになって認識できないから、今が何人目で、あと何人控えているのかもわからない。
「い、あっ! 痛い……っ、痛い、です……!」
「顔は殴るなよ。萎える」
まるでそれ以外は殴っても叩いてもいいかのような口振りで、当分痣には困らない躰にされていく。
――零君、景光君……。
助けて。起きないで、起きないで。こんなところ見られたくない。恥ずかしくて怖くて惨めで泣きたくて堪らない。胸がぐしゃぐしゃだ。たすけて、たすけて。こんな人達早くやっつけて。無理だ、幾らなんでも人数が暴力的だ。それに私が二人のために犯されたと本人達に知られたら、きっと絶望させてしまう。助けてよ。
「みょうじちゃんも喉乾いただろ」
疲弊しきった私は喉の乾きなんてわからなかった。粘りけが強いとはいえ喉も精子に濡れ、潤わされている。息をするだけでも精一杯で、答えずにいると、私の腰に傾斜をつけさせた男が白濁の泡立つ膣にあろうことか酒を注ぎ始めたではないか。弾ける炭酸が傷口に染みて泣いたけれど、手形が突くほど強く内股を叩かれて、馬鹿みたいにおいしいおいしいと下から飲むしかなかった。
酒瓶の細い注ぎ口を犯され尽くした性器に浅く入れられ、傾けられるだけで済まず、悪ふざけは加速して、ボトルの首の付根まで挿し込まれた。「ひっくり返しても入るんじゃね」とは誰かの下衆な提案。比較的スリムなボトルの瓶底は無理に勢いづければめりめりと肉の虚を押し広げて侵入を果たすが、それがこちらを慮ったもののはずもなく。
「いっ……!! ぁっ……、はっ……、ぁ……! 抜、い……っ」
「うわ、がばがばじゃん」
「こういうの『はだしのゲン』で見たな」
顔をくしゃくしゃに歪める私の頭上から、品のない笑い声が通り雨のように力強く降り注ぐ。おおよそそんな大きさと太さの瓶を咥えさせられることなど、想定された構造をしていない人体は、怪しく軋む。しゃくりあげるように息を浅く細く紡いでいくが肺は満たされず苦しいまま。
ずりずりと腰を床にこすりつけて突き刺さっている瓶を抜こうとするが、ごんごんと床と硝子のぶつかる振動が膣を鈍く揺するだけ。ぐりぐりと無機質な硝子の筒をねじこまれ、みっともなく震え上がっている私の腹に男の足裏が真上から沈んだ。
「あッ――!」
「うける、踏むとごりごりするわ」
「ひっ、ぁ……」
瓶を収めた腹を踏みつけられ、ぐりぐりと足裏を押し付けられると肉壁が瓶の側面と擦れ合い、その冷たさが自分の体温を移して人肌に近づきつつあることが感じ取れた。痛みと苦しさに鳴き喘ぐ。どうしてこんな眼に遭わなければならないの。

◆◆◆

複数の男の笑い声と、それに断続的に入り交じる金属をすり合わせたように甲高い女の泣き声――喘ぎ声、というべきか――に鼓膜をちくちくと突き刺され、遠く霞んでいた僕の意識は現実に形成されていく。あんあんという潤んだ喘ぎと肌とがぶつかって立てられる、まさに性の音色でしか無いそれらに、最初はこれも夢の続きなのだと思った。慰め損ねた欲求が淫夢として現れ、股間を熱くしているのだと。しかし感覚に色がついていくと、夢ではなく誠なのだと、あらゆる五感が告げてくる。
僕にはサークルの飲み会のあとの記憶がない。家路を辿った覚えもない。自分が馴染みのない床に寝そべっていることに気づいた僕は、むかむかと今にもひっくり返りそうな胃を鎮めるべく、頬の裏に溜まっていた酸性のある唾液をごくんと食道に押し返す。
――なんだ? 酔ったのか? 僕だけじゃなくヒロまで……珍しいこともあるものだ……。
初めて知る酩酊の辛さに奥歯を噛み締め、嘔吐感と頭痛をやり過ごそうとする。どこからか上がった甲高い女の嬌声が、痛む頭にずきんと響いた。
僕もヒロもいるというのに、誰かがおっぱじめたらしい。まるで猿だ。堪え性がない性の傀儡たちを睨もうとした視線の先、数人の顔見知りに囲われて、裸で足を開かされている幼馴染の女の子の姿に脳が硬直した。
「なまえ……?」
股と股が寄せ合わされ、白い水で溢れかえった其処を、突き立てられた雄の根がかき混ぜている。手にも顔にもあちらこちらから性器を寄せられ、それの吐く白い濁りで汚されて。悪魔のように笑っている男達とは裏腹に彼女は大粒の涙で顔を濡らしており、それが非合意であることなど一目瞭然だ。一人では抱えきれない惨状に脳が爆ぜそうだ。
「なんだ、もう起きたのか、降谷。思ったより早かったな」
「意外と効き目弱いんじゃね」
気怠い躰に鞭を打ち、立ち上がったまではよかったが、握った拳はふわりと雲のように虚空を掠める。頭が回る。雲の絨毯の上を歩かされているように足が覚束ない。初恋の女性のために学んだボクシングも薬品か何かで体の状態を崩されたいまや紙屑も同然だ。
「はは、転ぶなよ」
「は……、糞、何をした? その子を離せ」
よろめいた先で、酒の空き缶や空き瓶の散乱しているテーブルを支えにしながら男達を睨む。
「見ての通り、輪姦だよ、輪姦」
なまえに腰を打ち付けながら男が答えた。飲みの席ではいつも声の大きな先輩だった。女子学生の尻や胸を舐め回すように見るせいで女子どころか男子からも煙たがられている。その癖、閉ざされた環境で同性に雄としての矜持を示すような真似をするせいで、似た思想の男子からは慕われているが。
僕はなまえに群がっている男どもをかき分けて、握らされたりしゃぶらされたりしている汚物を遠ざけた。
「……集団強姦って言うんだよ。ただの犯罪だ……。自分たちが何をしているのか分かってるのか?」
「お前こそ知らねえようだな、降谷。この国は性犯罪に甘ぇんだよ」
「全員に中出しさせてくれたらお前ら二人には手を出さねぇっつったら、この女、あっさりまわされてくれたぜ」
酒に掠れて烏のように濁った声でげらげらと笑う蛮族共に、ぞっと背筋が冷えていく。そんな卑怯な脅しで彼女に足枷をかけたのか。彼女は僕とヒロのために尊厳を自ら脱ぎ捨てたのか。
挿入している男が、がつん、と見ていて痛ましいほどに奥を突き刺し、直後にみっともない身震いをしたので、同性として奴が遂げたのだとわかった。白く濁って泡立っている彼女の脚の狭間から、さらに新しい白濁が溢れ出る。何人もの相手を努めさせられて自力では閉じられなくなった窪みが、はたはたと他人の欲を煮詰めた白色を零していた。
先輩が腰を引くや否や、僕はすぐさまその手を振り払い、彼女の力の抜けた躰を自分の腕の中に匿った。汚れも酷いが、傷や痣の数も夥しい量だ。赤く腫れた尻にはところどころ人の手の跡が浮き上がり、何度も叩かれたのだとわかる。似たような紅葉の形は内腿にもひとつあった。脾腹には蹴られたのか殴られたのか青黒い内出血が広がり、首には扼殺された死体のような締められた形跡と、それに抗った証である吉川線が刻まれていた。
「帰……して……。も、せんぱいで、おわり……」
僕の腕の中、か細く希うその声に戦慄する。本当にこの人数を相手にしたのか。
先端を腫らした胸に手を伸ばそうとしてくる、恐れ知らずな男達の手をはたき落とす。
「言わなっ……言わない、からぁ……帰してください……」
「まだしてねぇやつがいるだろ、二人」
「……っ?」
「降谷と諸伏だよ」
自分たちの名前が浮上したことに愕然としながら、僕は主犯の先輩を皿にした眼で射抜いた。
「嘘――……2人は解放してくれるって言ったのに……っ」
「するわけねえだろ、こいつらは大事な共犯者だ。降谷も諸伏も頭が切れるし正義感も強い。大事な幼馴染がレイプされたって知ったらまずことを荒立てる。その点こいつらも俺たち側として巻き込んじまえばみょうじがお仲間を庇って勝手に泣き寝入りしてくれるっつう寸法さ」
「……っ、するわけないだろう! お前たち、まとめて警察に突き出してやる!」
啖呵を切った僕だったが、主犯によって蟻の軍勢のように顎で使われる男達に二人がかりで両腕を抑えられれば逃げ場はなく、ベルトの金具をいじられる。人より余程ある筋力も腸に残る薬と数の暴力に白旗を振った。荒々しく下を脱がされると体温が籠もって蒸れているそこが外気に解放され、涼しげになった。
「うわ、でかっ。さすがハーフ」
「下まで金髪かよ。ほんとに地毛だったんだな」
「降谷は最後で正解だったかもな。こん中で一番でけぇじゃん。むしろ諸伏が緩くて困るんじゃね?」
「っるっさい!」
他人にじろじろ見られてこれ以上無いくらいに不快だ。
歯がゆいほどに手も足も出ないまま、地の底の地獄絵はその様相を時々刻々と変えていく。
「よせ、やめろ! こんなことしたくない!」
「こんなんじゃ突っ込めねえだろ。元気にしてやれ」
なまえの頭が蹴り飛ばされ、その顔が、僕の剥き出しの性器のすぐそばまで来た。口を噤んで抵抗を図る彼女だが、数十秒鼻を摘まれれば口を開けざるを得なくなり、強引に僕のものを口に含ませられる。無遠慮な男が手伝うせいで、咥えさせたことのない深さまで自身が滑り込んで恐ろしくなった。
呼吸の手段を見失って眼をかっ開くなまえだが、それでも歯を突き立てることを恐れて必死に閉口しないよう努めてくれる。しかしそれは男がさせようとしているイラマチオを手伝うことにもなった。首級でも持ち帰る武将さながらに、無骨な手によって髪を引っ掴まれて、頭を前後させられる。ほろほろとなまえの唇の隙間から流れ落ちる唾液が僕のそれに降りかかり、そのくすぐったさに頭をもたげ初め、無様の憂き目を見た。
最低だ、と自分で自分の性感帯を罵倒する。準備ができれば僕まで彼女を強姦させられることは目に見えている。なのに刺激に対する反射として、ペニスはわかりやすく欲を湛えた。
そろそろだろう、となまえの髪を引いて上肢を起こさせた男が、咳き込んでいる彼女を脇から抱えあげ、僕の膝を跨がせる。何人もの欲を受け止めて白くぬかるんでいるそこが、僕の上向きになってしまったものに吸いついてきて、ぎょっとした。
「やめろ、そんなすぐしたら……っ!!」
「俺らでがばがばにしといたからすぐ入るぜ」
なまえの背中が蹴飛ばされたことで一気に挿入が始まった。僕のペニスに掻き分けられた窪みから追い出されるようにして出てくるのは、精液と血液ばかりで、彼女自身の分泌液はほとんどない。
「さっきその瓶入ったんだし大丈夫だろ」
その瓶、と言われて床に転がっている酒瓶に意識が向いた。注ぎ口にも瓶底にも体液がこびりついている。先端ならまだ人間の性器と大差ない太さだが、もし逆さまにいれられたのだとしたら。
――……っ、酷いことしやがって……!
彼女の窪みに自身を埋める己も、酷い。
「あっ、く……! 痛いよな、ごめんな、ごめん、なまえ、すぐ、抜くから……っ」
「抜いても構わねぇが、これを見てから考えろ」
彼女の腰を持ち上げて挿入を浅く保つ僕は、これを見ろと横から突き出されたスマートフォンを苛立ち混じりに振り返った。流れるムービーには見知った顔の連中とこの部屋の景色が記録されている。此処に集っているのと同じ顔をした男に囲われ、手籠めにされる裸のなまえが映っていた。
「よく撮れてるだろ? 顔までくっきりだ。特定しようと思えばできる。お前らがみょうじに手を出さないなら、手始めに大学のグループメッセージ……そのあとはネットに流す。こいつを世界中の男のおかずにされたいなら別だがな」
端末を奪おうと手を伸ばすが、ひょいと躱されて嘲笑された。
「……おねがい、降谷君……。私と、してください……お願いします……」
らしくもなく苗字で呼んでくる幼馴染を一瞥し、舌を打つ。
「……最低だ」
軽蔑の声色で吐き捨てると、また笑い声が飛び交った。
観念した僕は、気を抜くと芯を失いそうになる自身を彼女の中に埋めていく。節々に白濁をかけられ、痣を作った体を見ているだけで萎びてしまいそうだ。瓶まで味わわされたという其処は、男の握り拳すら飲み込めるのではないかというほど緩んでいるのに、なまえは悲痛にしか喘がない。
「零君……っ、いた、いっ。ひっ、いたい……っ! なか、きれて、るの……」
「ごめん……優しく、してるつもりっ、なんだけど……、こんなに血が出てたら、痛いよな……。ごめん、すぐ終わらすから」
「零君だってさ。な、やっぱこっちと付き合ってただろ?」
「やべ、外したな。諸伏に賭けてたのに」
煩い。本当に煩い。
出さなければ。早く、出さなければ、なまえが……。焦れば焦るほどうまくいかないのは男も女も同じだ。痛みが緩和されることに賭けてせめてこの子の好きなところを突いてやるのだが、損傷があるのなら掻き回せば掻き回すだけ抉れて痛いだけで、痛ましい声と表情が都合よく快楽に揺らぐことはついぞなかった。
そんな折、部屋の隅の床の上で人影が揺らめく。
「う……、頭、痛……。どこだここ……」
額を抑えながら床から起き上がるヒロが、この地獄で僕達が是が非でも掴みたい蜘蛛の糸だった。弾かれたように僕は鋭く叫ぶ。
「ヒロ逃げろ!! 早く警察に――っ」
「ぜ、ろ……? は……? なまえちゃん……? 何やってるんだ……」
「逃げろ! 誰か呼んできてくれ!」
彼の、暗がりの猫のように開かれた瞳孔は状況を掴みあぐねている。下半身を露出した先輩たちに囲まれながら、僕と満身創痍のなまえとがセックスしているというこの世の異様だけを詰め込んだような光景に、戸惑うのも無理はない。
勘のいいヒロはただごとではないということだけかろうじて理解してくれ、机の上に放置されていた自分のスマートフォンを取ろうとする。しかし男達がそれを阻み、主犯の男はヒロに見せつけるように僕に跨るなまえの躰に体重をかけ、奥までねじこませた。
「いっ、あっ!」
「この子に触るな……! 抑えるだけなら……諸伏でも事足りるだろ。お前達は手荒すぎる」
彼女を押す手を突っぱねると、向こうに視線を投げてヒロを呼びつけた。人質も同然であるなまえに、男が数人。この状況下で表へ飛び出していくのは得策ではないと判断したのか、ヒロは僕のアイコンタクトに応えてこちらに歩を進める。そしてなまえのがら空きの背後を守るように、僕と挟むようにして床にしゃがむと、潜めた声で状況を問った。
「おい、ゼロ、これどういう……」
「見ての通り集団強姦だ。僕たちも共犯者にしてなまえに泣き寝入りさせる気だ」
「……降谷の言ってること、本当なんですか」
恐怖にか怒りにかわなわなと震えている声で、ヒロが問う。
「降谷も諸伏も幼馴染同士仲良く警察官志望なんだってな。警察官が過去に女をレイプしてたなんてありえねえだろ。幼馴染の経歴に泥を塗りたくねぇみょうじは、俺らが頼むまでもなく勝手に黙っててくれるだろうよ」
卑怯者――それ以上の言葉が出ない。痴漢や強姦などの性犯罪は、魅惑的な女性よりも泣き寝入りをしてくれそうな非力そうな女性が標的とされやすいとは聞くが、まさかその一要因として僕らまで利用されるとは思わなかった。短い半生だが、そのほとんどを賭けて彼女を過保護なまでに守護してきたというのに、このざまか。
「なんで泣き寝入りする必要があるんだ? 今すぐ此処を出よう。本気で抵抗すればまだ逃げられる……! 実際オレはしてない。ゼロだってなまえちゃんが証言すれば……!」
ひそひそと耳打ちしてくるヒロに、僕は歯噛みする。それは体調が万全である場合の演算だろう。服薬させられた睡眠薬らしきもので足元は不安定、おまけになまえなどほとんど手負いも同然だ。喧嘩を前提に立てられた突破の策は、無意味なのだ。
「知ってるか? こういうのは止めなかったやつも罪に問われるパターンもあるんだってよ。……安心しろ、生憎この国はレイプ犯に優しいんだ。降谷も諸伏もどうせ無罪さ」
ヒロの言葉が耳に入ったのか、男が話に割り込んできた。それに対してヒロは、いつも柔和な彼が初めて見せる鋭さを覗かせ、厳正な眼差しでこう答える。
「無罪になんてさせない。絶対に証拠を揃えて警察に突き出す。それで本当に悪い人間が裁かれるなら、オレは罪に問われても構わない」
「正義感の塊かよ。まぁ、みょうじは違うみたいだけどな。そうだろ、みょうじ? 友達の将来、奪いたくねぇもんな。それに自分の将来も。覚えてるだろ、動画の件」
わかったら、さっさとやれよ、と男の邪悪な双眸に射竦められ、なまえは泣きながら砂づいた。
「――してみろよ、幼馴染セックス」


無理やり取らされた騎乗位の体位だと、奥まで刺さりすぎて彼女を痛めつけることにしかならない。ヒロになまえを背後から抱え込んでその背を支えて貰い、僕は正面から改めて挿入した。
「ひろ、く……抱っこ、しないで……っ。汚い、から……」
そんな訴えを受けて、ヒロはなおのこと彼女を強く抱きしめた。
「なまえちゃん、大丈夫だから。すぐ終わるから。目、閉じてようか」
手術台の上の被検体を眺めでもするように、無作法にも視姦してくる男達。彼らを少しでも遠ざけるため、ヒロがなまえの目元を覆い隠す。
「やっ、こわい」
「うん、怖いよね。ごめんね。大丈夫。相手はオレとゼロだ。怖いことはもうないよ」
快楽とは無縁の震えを帯び続けるなまえの哀れさは、初めて結ばれた頃のことを想起させた。あれから二人がかりで慈しみ続けて、ようやくまともな恋人のように体を重ねることができるようになったのに、これでは退化も同然だ。
「降谷だけじゃなく諸伏とも仲良しだな。この淫乱女、幼馴染の男二人手懐けてよろしくやってんのか? 昔レイプされたとは聞いてたがそれもどうせこいつから誘ったんじゃね」
「お前……ッ!!」
「腰振りながら凄んでも間抜けなだけだぞ降谷
「よく見たら乳首もちょっとでけえ。風俗嬢や遊びまくってる尻軽はでかくなりやすいって聞くが、こいつのもセックスのしすぎなんじゃねえのか。降谷と諸伏セフレにして触られまくってこうなったんじゃねえの?」
脇から伸びてきた手がぎゅっとなまえの乳首をつねりあげる。敏感な箇所を乱暴に扱われ、「痛っ!」と悲鳴を漏らす彼女の中が締まった。不本意なことにそれが気持ちよくて、困る。
「てかお前らやけに3P手慣れてるじゃん。やっぱ日常的にやってんの?」
「うる、さい……っ」
擦れるだけでも痛むのであろうそこを何度も何度も突き上げるが、場にひしめく絶望感で麻痺したペニスでは決定的なものが得られない。まだ終わらないのかというヒロの視線が突き刺さる。気持ちはわかるが、お前だって……勃起すらしていないじゃないか。交代したところでヒロもヒロできっと上手くはやれない。それでも目先の苦痛を取り除いてやりたいというのは、僕も同じ。
「ゼロ、まだ終わらないのか」
なまえを挟んで距離を寄せてきたヒロが僕に耳打ちをする。
「諸伏が、降谷は遅漏だってよ〜」
拾われてしまったらしい声に誰かが答える。好きで遅いわけがあるか。心はすぐにでも終わらせたがっているのに。
「ごめん、終わらせたくても……っ、この状況じゃ出るものも出ない……。ただでさえ萎えそうなのに……っ、痛そうだから禄に動けないし、酒も、飲んでるし」
「れ、くん……うご、いて。好きにして……」
「っ、無理だ、できない」
「ずっと痛い、の……っ。も、ここまできたら、一緒、だから。おねが、わたし、ゆるい、から……っ、うぇっ、ふぐ……、たぶん、れいくんこのままじゃ、いけない……うごいて……」
伸びたゴムのように柔軟な彼女の中が締まるのは、先程のように胸や陰核に手を出してくる男達に気まぐれに痛めつけられたときか、僕のものが傷を抉ってしまったときくらいなものだ。彼女が痛みにひくつくとき、それまでの手緩い絡みつき方が嘘のように僕を善がらせるのだが、眼前で苦痛に歪む顔にさっと冷水をかけられたかの如く、射精感は引き潮になる。
「ううっ……はや、く……」
「あ、おい――」
ついには自ら腰を振り始めたなまえによって、僕は強制的に高められた。どぷ、と胎を穢した途端、脳が快楽の痺れ以上に、殴りつけんばかりの罪の意識を深刻に受け止める。白く泡立つ結合部を視線で舐めあげ、苦々しく歯噛みする。やっと終わった――と、途方もない罪悪感の反面で、僕は安堵していた。もうこの子を犯さなくて済むと。
熱を胎に放り投げて秋の草花のように萎びたそれを引き抜くと、栓を抜かれた窪みから赤黒い筋の混じった白濁がどぽりと流れ出る。もう誰の元も知れない精子の中に滲む彼女自身の鮮血に、ヒロが目に見えて青褪めた。僕としても見ていて気持ちのいいものではないが、ヒロは人より血に弱い。
「おい、これ、血……」
「ヒロ……その、この子、中、怪我してるから」
「痛かった、ね。頑張ったな、なまえちゃん。大丈夫、これで終わりだからね。後ろ向ける? 無駄かもしれないけど、負担は少ないって言うから……」
あやすように声をかけたヒロは、喘ぐというより泣き喘いでいる彼女を、そっと床に四つん這いにさせる。犬のように腰を突き出した彼女の背後で膝を立てたヒロは、下ろした下着から軟体動物のように力なく零れたそれを、何度も乱雑に扱いて勃たせ、充てがった。刺激と反射――光のある方へ植物が伸びていくようなもの。そこに愛も興奮もない。この場で唯一まともな神経をしている僕達は、狂えもせず、情緒をおいてけぼりに、本能に必死に巻きを焚べて、やり過ごそうとしていた。
「……いっ、あ……!」
「痛い? ごめんね――」
ごめん、ごめんね、と何度も繰り返しながら、ヒロは獣の交尾の真似事を初めた。恐ろしくすんなりと受け入れてくれるそこに早くもペニスを半分も沈め、せめて気遣って、男の快感には繋がらないような慈悲のある速度で揺する。バックから突くと腹部や首の痣が視界に入らないのが救いだが、今度は赤く腫れ上がった尻がヒロの目を焼いた。何度も叩かれたらしい臀部の双丘を彼の手がそっと撫であげていくが、また痛めつけられるのではと反射的に危惧した彼女は触れられた瞬間に肩を震わせる。
「つまらねえセックスしやがって。恋人のつもりか。共犯者って感じがしねえだろうが」
「知ってるか、こうすると締まりが良くなるんだ」
伸びてくる外野の手が、悪どくも彼女の首を締め上げるので、ぎょっとする。余計なことを。
「ひゅ……、ぐっ……!!」
「っ、おい!」
僕は彼女の首の骨を軋ませる骨ばった手を振り払う。間近に迫る生命の危機に顔を引き攣らせるその子はもう見ていられない。
「やめろ! 苦しがってる! 死んじゃうよ……! するから、ちゃんとするから、手出さないでくれ……っ」
僕以上に人の死の気配に過敏であるヒロはなまえの背中をかき抱くと、男の手から守ろうとした。愛のための抱擁ではなく、奪われないための防衛だった。しかし酸欠で意識の混濁したなまえは自らを庇うヒロの腕の中で暴れ始める。
「うぐっ、う、え、やめ、離してっ」
「なまえちゃん、落ち着いて、息して。わかる? オレだよ、景光」
「うぁ――っ、も、やだ、たすけっ、」
「すぐ、終わらす、から。これで終わりだから」
パニックに陥っている彼女を振り向かせると、体液にまみれたその唇に躊躇無くキスをするヒロ。事務的な交尾でしかなかったが、そのキスと亀頭への刺激でなんとか射精までは辿り着いたらしく、彼はまるで自分自身が犯されたかのような青い顔でペニスを抜いた。


事が終わって。暴君達が立ち去った室内は、水を打ったように静まり返っていた。痛いほどに平和な静寂に、何事もなかったかのように錯覚してしまいそうになるが、嵐が過ぎたあとである照明として、床には酒の缶や瓶、体液や服が散乱している。
終始手に取らせてもらえなかったスマートフォンを掴み、マップで現在地を確認すると、先輩の自宅とされて連れ込まれた此処がウィークリーマンションであったことが判明した。
悠長にしているとまたあの男達が戻って来る可能性がある。タクシーを呼ぶと、服を切り裂かれて、着て帰るものすら無くなった彼女にひとまず自分のジャケットを羽織らせた。洗面所からバスタオルを、机からティッシュを拾ってきたヒロが、押し黙ったままの彼女の前にしゃがみ込む。
「気持ち悪いだろ。綺麗にしようか」
「待て、ヒロ。警察に行くならそのままにしたほうが証拠になる」
「嗚呼……レイプキットっていうやつか。ごめんね、もう少し我慢な」
なるべく優しい口調で語りかけるヒロに、なまえは首を振った。
「……行かない。行ってどうするの。なんて説明するの。二人は脅されただけだってどうやって証明するの。性液残ってるのに。状況だけ見たら二人まで犯罪者だよ」
「それじゃああいつらの思う壺じゃないか!」
「っ……!」
「ゼロ、大きい声出すな」
ついつい声に熱が籠もってしまうと、自分を脅かす男の影が荒い語気に重なるのか、なまえが竦んだ。ヒロに宥められ、僕は行き場のなくなった怒りを拳に込める。
「……っ、糞……」
夢と保身のために一輪の花を手折るのか、みすみす枯らすのか。


2023/08/17
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