比翼のアルビノ

45.きれいな頂きに情愛を

あれよあれよと連れ込まれたラブホテルの一室。値段を見て固まる私の手を引く零君が、安全には替えられないから、とかなり高額な部屋を選んだだけあって、ベッドは広くて内装も清潔感に溢れていた。

「あんまり来たことないよね」
「卒業してすぐに同居したからな。24までセックスもしてなかったし」

交際期間零日にして入籍した私達は、こういったところに殆ど訪れたことがなく、今日みたいに出かけた先でそういう雰囲気になって何度か利用したことがある程度だ。新鮮で、性のためだけに誂えられた空間に気が高揚していた。
どうしていいかわからずに呆然と立ち尽くしている私を他所に、零君は広々としたベッドにとすんと腰を下す。手招きをするようにこちらを眼差してくる碧眼に、緊張の現れた歩幅と速度で歩み寄ると、そっと手を取られた。立ったまま見下ろす金色の旋毛さえかわいいのだから、世話ない。

「僕の不安を消してくれる?」
「不安を消すって?」
「安心させて欲しいんだ。なまえがちゃんと僕のものだって、僕に理解させて欲しい」
「どうしたら安心してくれるの?」
「それは君が自分で考えて行動して」

やわく握られていた手を引かれ、目線の高さが同じ位置になるくらいにまで屈まされた。

「――僕の可愛い奥さんは、僕に何をしてくれるんだい」

鼻先がキスをするほどに詰められた距離で、蜂蜜よりも甘くとろける声色を以て彼は告げる。眼窩にブルートパーズを嵌め込んだような、透いた碧色の双眸に、妖しい色香が揺らめいていて、青の魔力に魅惑された私は熱くなる眼球を迷子のように震わせてしまった。泣きたいくらいに恥ずかしいけれど、素敵な視線と声に焦がされた脳が壊れた蓄音機みたいに彼を好きだと繰り返している。

――零君が好き。何でもしてあげたい。

喜んでくれるなら、癒せるのなら、娼婦や淫乱のような遊びにだって興じられる。幾らでも道化師になってあげられる。
シャワーも浴びさせて貰っていない私は、みっともないくらい今日1日の汗の匂いを放っている。でも車で事に及ぼうとした零君が今更入浴を許してくれるはずも、汗を気にすることもないと予想ができたので、恥は飲み込んで腹の奥底に沈めた。
私はそろそろ辛くなってきた腰をぴんと伸ばすと、スカートの腰を緩めた。すとん、とそれを床に落とすと、剥き出しになった素足をマットレスに突いて、零君の膝の上に座る。
こくりと喉仏を上下させる零君にきゅんとしながら、震える指先で、焦れったい速度で、ブラウスの釦を弾いた。下着姿になった私は、腰を抱いてくれる以外、不埒な触れ方など微塵もしてこない零君の唇を稚拙に奪う。いつも零君に手綱を握られるがままに舌を差し出すせいで、禄に技術が育っていない。私はもたもたと薄のろな動作で舌を蠢かせ、せめて感じてもらおうと上顎を舐めたりしてみるけれど、本当に今日の彼は私に任せっきりにするせいで、互いの舌を結ぶことにすら苦労する。非協力的な零君の舌を一方的につついて、必至に絡めようとご機嫌伺いをする私は、なんだかその気のない男に尻尾を振って迫る色魔のようだった。それでも喜んで欲しくて、厭らしくなろうとして、ぴちゃぴちゃと水音を響かせる。
すぐに息を上げて呼吸のいとまを挟んでみると、全く息を乱していない零君が私の真っ赤な顔を見て微笑んだ。

「ふふ、一生懸命でかわいい」
「どうせ下手だよ……」
「下手じゃないよ。ちゃんと僕の気持ちいいところは覚えてくれているだろう。それで? 次は何をしてくれるんだ? またキスする?」

私の次の手を待つ零君は、新しい玩具を得た幼子のように本当に楽しそうである。
キスはもっとしたかったけれど、求めているのは彼に呼吸を奪われることだ。尽くすのも好きだけれど応じてくれないのは寂しい。
私は背中のホックを外し、ブラをスカートとブラウスの山の上に投げ捨てる。ショーツだけを残して裸になると、肩から流れていた髪を背中の裏に払い、鳩胸になって見せつけた。

「え、えっと、じ、じゃあ、おっぱい、さわる?」
「さわる」

即答した零君が私の胸に顔を埋めた。すん、と匂いを嗅がれながら、やわい肉に顔を押し当てられる。包むように添えられた手はやわやわと乳房の感触を堪能するばかりで、核心的な性感帯には触れてこない。愛撫というよりも純粋に柔らかさを楽しんでいるらしい。

「零君可愛い。赤ちゃんみたい」

谷間に顔を埋めながらこちらを仰いだ零君が、不服そうな顔をした。垂れがちな大きな瞳が印象的な甘いマスクでそんなことをしてもかわいいだけなのに、と思う。高身長と鍛えた筋力、怜悧な物腰で忘れがちだが、零君はなかなかかわいい。

「不安にさせた分、甘やかしてあげるね……? ごめんね。大丈夫だよ。私が近くにいて安心できる男の人は零君だけ。好きなのも零君だけだよ。よしよし、不安だったね、大丈夫、大丈夫」

かわいい、かわいい、よしよし、と私の胸で和んでいる彼をあやすように撫でて、抱きしめる。母性的な出方が意外だったのか、はたまた琴線に触れたのか、零君の首の裏や耳が朱色の熱を帯びていく。
――意外。零君ってこういうのに弱いんだ。
表沙汰にならず、誰からも目撃も賛美もされない、まさに暗躍と呼ぶに相応しい過酷な仕事に従事する反動だろうか。友人の死去を1年越しに知った日にも私を求めてきたし、好きなのかも。

「不安、消えた?」

先程とは打って変わって恥ずかしそうにしている零君に問いかける。

「……っ、まだ足りない」
「でもここ、もうなってるよ……?」

刺激を所望している屹立をそっと撫でると、零君はいつもは自在に操ってみせる表情筋をぴくりと引くつかせた。

「性的な興奮と心の満足感は別物だよ。君だってわかるだろう」
「じゃあもっと甘やかそっか。……ねぇ、一応言うけど、口実なんかなくても、零君がしたいなら私はなんでも叶えてあげたいと思ってるよ。普通に言ってくれたらいいんだよ」

多分、零君がいつも私のために色んなことを我慢してくれるから、尚の事そう思うのだと思う。誰だって愛しい人が自分を優先して働きかけてくれたら、同じだけ目をかけて返還してやりたくなるものだろう。親切心というのは親から子、恋人から恋人に循環して、愛を深める助けになっていく。
仕事の中で、対象に気づかれぬうちに舞台装置を点々と配備し、最適な機会にそれを発動させて、自分の目論見通りに人を踊らせる事に慣れたせいで、私の事まで遠回しにコントロールしようとしてくるけれど――いや、元々こんな人だった。会いたい人に会うためだけに敢えて傷を拵えるような男の子だった。

「俺を聖人君子かなにかだと思っているからそんなことを言えるんじゃないのか?」
「好きだと思ってるから言えるんだよ」

金色の髪を撫でて、小麦色の頬を撫でて。私は先程彼がしてくれたみたいに零君の首筋にキスマークを散らした。割れた腹筋の溝を指でなぞって、くすぐって。ストイックな性格を反映する鍛え抜かれた肉体に愛を刻む。それは自分がこんな風にして彼に愛でられることを好み、満たされていることの裏返しでもあった。

「まぁ、そうだね、態々口実を立ててまでこんなことを頼むのは、実際あの大学院生の件で不安だったからというのもあるけれど……君がどんなことをえっちなことだと思っているのかに興味があったからだ。あと恥ずかしがってはいても僕のお願いを一生懸命に聞いてくれるところがかわいくて」

必ずしも過激な前戯を望まれているわけではないのだろう。私の思う“えっちなこと”を精一杯表現させて、その反応を楽しもうとしている。そんなことを君はえろいと思うんだね、と楽しそうに口元を歪める彼の顔が目に浮かぶ。
口実に頼るという幼い頃の癖は変わらないのに、年々あざとく聡くなっていく零君は私の掌の上で踊らせていた。転がされなくたって、幾らでも踊ってあげるのに、やっぱり糸を引いてダンスを強いるほうが愉悦できるのだろうか。

「くち、使っていいよ。零君、いつも我慢してくれてるよね。今日はいつも入れないところまでいれて、ぐりぐりしていいよ。我慢しないで」

あ、と私は唇を割り開き、これから彼のものを愛でるのに使おうとしている歯と舌を覗かせた。またボトムスの中で苦しそうに閉じ込められている、彼の熱の主張を一度撫でて、そのままファスナーを下ろす。
私の過去のことで彼が手酷いセックスを憎んでいるのは本心なのだろうけれど、やはり情緒と肉欲は時に全くの別物に数えられる。私と過ごせるだけでも満足だと言って憚らない彼の甘い声や瞳を疑うわけではないけれど、その実肉体的にはいつも欠けているのであろうこともひとつの真実。体力があり、多忙ゆえに頻繁には躰を重ねられない。一晩に優しく何度も抱いてくるからには性欲もきっと強い。足りていないはずなのだ。
零君の膝の上から下りて、その足の間にしゃがみ込むと硬化しつつあるそれに手を伸ばす。ベッドサイドからアメニティの避妊具をひとつ取った彼が封を切る前に、包装紙を奪って握り込んだ。

「なまえがつけてくれるのか?」
「ううん、いらない。零君の、綺麗にしてあげるね」

私は上向きになっているそれの先端に唾液を絡めた舌を這わせた。眼球を転がしてちらりと零君を仰ぎ見ると、嗚呼、なんて顔をしているのだろう――期待と欲でぐちゃぐちゃに濡れた碧眼が熱っぽく私を刺し穿っている。
青い雄の匂いに鼻腔がきゅんとした。この人もちゃんと汚いところのある人間なのだと。汚れに対して愚鈍ではないので苦にならないとは言わないけれど、彼の為なら頑張れる。肉の皺の隙間にこびりついている恥垢を舌で掬って、喉へと隠す。

「ぅ、は……なまえ、もういい……汚いからっ……」
「んっ、ごめん……よくなかった?」
「そういうことじゃないけど、悪い、だろ」
「じゃあ、喉でしてみる……?」

零君の返答をまたずして、触れ始めたときよりもずっと膨張と硬化を進めている芯を口腔に招いた。摩擦の痛みへの潤滑油にするため、舌の裏の錠剤を入れたりしておくところに溜めた唾液を舌先で塗ってあげて、つるりとした上顎や、反対にざらついている舌の中腹から付け根にかけてを使ってこすりつける。口いっぱいに広がる雄臭さと苦々しさや、膜を隔てていないことで鮮明に伝わる肉の柔らかさ、膨らんでぴんと伸ばされた皺、浮いた血管の凹凸、どれもが生々しい。私がやりなれていないのだから無論零君も不慣れというのが道理で、開かれたその太腿はびくびくと震えている。内腿をそっと撫でて、付け根まで指を向かわせると、溜息が降ってきた。
包み込んだ粘膜でゆうるりとピストンを再現するように務め、徐々に喉の奥に詰め込んでいく。

「あ……、おい。っ……なまえ、抜いて、んっ、く……」

息を吸う隙間が潰れていく。酸欠で脳味噌が凝り固まって、ぽうっとする。まだ奥があるのに、行き止まりにぐりぐりして貰って気持ちよくなって欲しいのに、警鐘を鳴らす本能が拒絶してもう押し込めない。零君、手伝って、と訴えるつもりで彼を見上げると、深く咥えこまれて喜ぶどころか焦っている。

「っ、奥、入れすぎだ……! 抜けったら!」

私が生理的な涙が流した瞬間、いい加減まずいと思ったのか旋毛を鷲掴みにされ、乱暴に中断される。ひとおもいに引き抜かれて空っぽにされた寂しい口腔が、すぐさま空気で溢れ返った。先走りか唾液かわからないものたちで濡れそぼり、やや泡立っているそれでてらてらと光る怒張は、目の毒だ。

「確かに安心させて欲しいとは言ったがな……」
「やめちゃ嫌。零君に苦しくされたい。お願い、続きしよう?」

頭を抱える零君の膝に擦り寄り、甘えてみる。

「……苦しくなったら僕の脚、叩くんだぞ。あと僕が無理そうだと判断したらやめにするから。いいな」
「中に出してね。口なら妊娠しないよ」
「っ、馬鹿」

開ききった瞳孔を爛々とさせる零君になぜか罵られた。
性器の根本に手を添えて唇まで運ぶと、先に見せつけるようなキスを落とす。瞬間、じゅわ、と滲んだ液は歓喜と捉えて良いのだろうか。幹の中ほどまで自分で咥え、目配せで合図するとその先は零君に任せた。
私の前髪と鬢を耳裏に流してくれた零君は、その手を首の裏に差し込み、ぐっと頭部を抱き寄せる――はいって、くる。息が跳ねて、詰まる。私にそうさせているのは零君だ、どうしよう。

「ちゃんとっ、ん……、息、しろよ……っ」

降り注ぐ余裕のない声が頭骨を震わせた。亀頭らしきものが、ちょん、と喉に遠慮がちに触れて、でもすぐに引き下がってしまう。その刹那的なノックが愚かしくなるくらいに気持ち良くて、飛びそうで、もっと奪って欲しくなる。咀嚼した食べ物を流す際にしか触れられることのない喉の奥に、もっとずっと大きな熱の塊をぶつけて欲しい。多分私は喘いでいたけど、くぐもった吐息しか漏れ出ることはなかった。
いつもは零君を安心させるために彼の名前を沢山口にしたり、「好き」とか「気持ちいい」とか、なるべく伝えているけれど、口が塞がっていると自分がどきどきしていることを伝える術を失うことになる。それは少し不便だ、だって見上げると零君は自分の快楽を否定したがっているような難しい顔をしている。

「ごめん、すぐ、いくから……っ、もうちょっと、」

謝らなくていいのに。好きな人に支配されるのは恐ろしく気持ちがいい。私は貴方に隷属していたい。
ぐりぐりと上顎でそれを扱かれると深いキスで貪られる折と似た快感が走る。
最後だけ頑張ってみようと思って、自分で彼のものを狭い喉に受け入れ、何かを飲み下す時と似たように肉を動かし、それを締めた。

「――っ! ぁっ、く……なまえ……ふ、は、ごめん、出た……」

ずるりと栓が引き抜かれるとせっかく舌の上をたゆたっている精液までもが表に流れてしまう。掌で口元を覆ってそれ以上逃げないように蓋をし、痰のように喉に重たく纏わりつくそれを、こく、こく、と何度かに分けて飲み込んだ。零す懸念がなくなると、ようやく私は口を開けて酸素にありつく。

「ふ、ぁ……くるしいの、れいくんだと、すき……」

顎や胸に流れた数滴の白濁も指で掬い、ぺろりと余すところなく舐め取る。

「僕はあんまり苦しそうだと可哀想になるよ……」

はは、と浅く苦々しく笑った零君は私の脇に手を差し込むと、ひょいと抱き上げてベッドに乗せてしまった。

「次はちゃんと、なまえも気持ちいいこと、しようか」



繋がってからも、零君は私の肌を点々と赤く染め上げ、時には狼のように牙を向いてくっきりと歯型を残した。彼自身の存在そのものを押し付けてくるかのように唇もペニスの先も胸板もぐりぐりと押し付けられて、手などはシーツや枕に添えることを許さず、きつく握られる。

「はぁ、ん……、君は、なまえは……っ、は……、僕のものだ。そうだろう……?」
「んぅっ、あっ……そ、だよ、れーくんの、だよ……。だい、じょーぶ……っ、どこも、行かない……っ」

私の頬に手を添えた零君の仕草は深い慈愛に染められていて、まるで壊れ物を扱うみたいだった。その手が顎に触れて顔を上げさせられ、宙で視線が交錯する。彼の色素の薄い瞳には私しか映っていなかった。
しゃくりあげるように喘いで、つま先を丸めたり伸ばしたりして、快感を逃がす。少々余裕を欠いた揺らされ方をされると、迸る彼の汗が私を胸や腹を濡らした。

「零君は……、いい子、だね……。よしよし……いいこ、いいこ。大好き」

おなかの中、そして膜の中で果てた零君を抱き締めて、耳元に落ちる息遣いに耳を澄ませる。零君は、こどもに言って聞かせるような私の甘ったるい語調にはにかんでいたけれど、やはりまんざらでもなさそうだ。事実、やめろとも言ってこない。
二人して重なったまま、少しの間息をついて、スキンを付け替えた零君をまた受け入れる。抱き起こされて零君の膝を跨がされると、対面座位で抱き合ったまま繋げられた。はじまった二度目は先程よりもずっと円熟していて、刺激よりも安寧を重んじ、ふわふわに広がった私の中を味わうように進んでいく。

「疲れただろ。ゆっくりしようか」
「ふ、あっ……零君、これ……きもちい……」
「嗚呼、気持ちいいな……。1回したあとだと、なまえの中、やわらかい」

もともと荒っぽい抱き方をしないように気を配ってくれる人だけれど、いつにもまして牙と爪を隠したメロウなセックスはキスもしやすい。身体が摩擦する中、重ねた唇がはぐれてしまうのを憂いずに済むのは安心する。快さで脳機能が故障した今、恥も外聞もなくくちゅりと水音を響かせ、キスに勤しんだ。

「ゼロ君――」

嗚呼、言ってないな、コナン君にばれちゃったかもしれないっていうこと。なんて考えていたら、自然と渾名が口から滑り落ちた。途端、零君のものが胎のうちがわで質量を増し、私の子宮を脅かす。

「ひゃっ……あぅ、んっ! ぜろ、ぜろくんっ」
「っ、いまのは、お前が悪い……っ」
「な、なんでっ、あっ……! わたし、よんだだけ、ぇ……っ。だめ……! だめっ、いまおっきくしたら……っ、あたっちゃ、あ、あぁっ! おっきく、しなぃ、れ……あ、やっ、やぁ……」

逃げるために腰を浮かせるけれど、追いかけるようにとちゅん、と奥に先を寄せられて私は彼の膝の上にへたりこんだ。口元に折り曲げた指を持っていきながら、眼前の胸板に寄りかかって背中を丸める。下肢が震えて膝立ちもままならないから深さの調節もできず、そのうえ自重で意志に反して迎え入れてしまう悪循環。

「やぁ……! つよいっ、ゆっく……りっ、んぁっ! れーくんっ、奥来ちゃだめ……おっきいっ、おっきいよぉ……っ、それ、やぁ〜っ!」
「じゃあ、煽るようなことっ、言わないで、貰えるかな……っ。僕の事……、んっ、はぁ、甘やかしてくれるんじゃなかったのか……っ?」
「ふ、ぅえっ、ごめんなさっ……、あうっ。して……、いっぱい、すきにしてっ」
「この、なかでっ、僕の事……たくさんよしよしってしてくれるか?」
「するっ。すゆ、からぁ……」

震える膝を必死に立て、快楽をできる限り浅く保とうとしていたけれど、零君のために彼の熱い芯の上に腰を沈めた。自分で自分の弱点を差し出して、そこへ迎え入れて、怖いくらいの最奥を突き刺され、目眩に苛まれながらもなんとか腰を揺すって奉仕を行う。亀頭を奥で潰してあげながら、幹の側面を肉の壁でこすりあげ、時に締めて、息が上がるからそれも上手くは行かないけれど。

「う、あっ……れーくん、ひぁっ……、ちゃんと、きもちい?」
「ん、きもちい。ありがとう、いい子だな」

子宮が潰され、いっそ怖くなるくらい気持ち良くてぽろぽろ涙を零すと、見兼ねた零君が私を抱き上げて助けてくれた。突き刺されていたものが奥から距離を置くと、痛覚に叩きつけられるような快感が引いていく。

「なん……、甘やかすの、私……」
「でも君もこうされるの好きだろう? いつも中、ぎゅうってしてくる……今だって。よしよし、いい子いい子」
「れいく、……っ!」

頭を撫でられると嬉しさを体現した中が畝ってしまう。甘く声帯を震わせて、ほろ酔いのように総身にまったりと回る快に感じ入った。
零君がそっと私をベッドに押し倒したので、また正常位に帰結する。性器が触れる箇所に変化が起こり、また種別の異なる痺れが胎をせり上がった。
零君とならもみくちゃにかき抱かれて交尾するのもやぶさかではないけれど、今みたいな思考の余裕を残した甘い交わりの安心感には替えられない。
ふと思い至った私は、ぺとり、と眼の前の彼の頬を包み、皮膚の下の筋が作り出す百も二百もある豊富な表情の秘密を探ろうとした。

――安室さんはどんな顔をして女の人を抱くんだろう。

形式張った、マニュアル通りの、女性の理想を叶える触れ方をするの? それとも服を脱いだら降谷零に戻ってしまうの?
コナン君や沖矢さんにしか見せない、本物じゃない顔。百面相をする男の仮面にすら興味をそそられるのは、やはり零君が織りなすものだからか。

「零君のこと、全部知れたらいいのに。外でどんな嘘ついてるのかとか」

つくづく思う。
それに彼は、切なそうに笑って答えた。

「本当の僕を知っているのはもう君だけかも知れないよ」
「私は本当じゃない零君も見たいんだよ。安室さんも優しくて可愛くて好き」
「ひょっとして僕よりも安室の時の方が好きだったりする?」

零君が拗ねているのだと、妬いているのだと理解するまでに一拍の間を要した。だってあまりにも珍しいから。しかも自分自身に嫉妬だなんておかしな話である。

「好きだよ。零君ににこにこ優しくされたら嬉しいに決まってる」
「はぁ……君な……僕の機嫌を取るの、少しうますぎるんじゃ、ないのかっ」
「ひゃんっ」

叱りつけるように奥をとんっと小突かれて、気持ちよくなってしまう。

「んぁ……! 零君が、好きだからっ、安室さんもすきなのっ。零君がにこにこしてるから、きゅんきゅんって……するっ。あぁ、んっ」

私の腿を担ぎ上げてくる不埒な手に、どきり、と一度だけ鳴る心臓の警鐘。零君が私の両腿を持ち上げると、シーツから腰が遊離して、繋がっているところが彼の視線の先に恥ずかしいくらい大っぴらに晒される。

「えっ……、あっ!」
「なんとなくわかってしまう自分が、っ……、はっ、嫌だ……っ。あれだろう、なまえが……っ、本当は不本意なのに、僕のために頑張ってえっちなことをしてくれてるっていう……、その事実にぐっとくるのとっ、同じってことだろう……っ?」

じゃあさっきのも、興奮してくれていたんだ。散々淫乱ぶろうとしていた私に、欲情してくれたんだ。
彼は私達の触れ合う性器をまじまじと観察し、満足気にぺろりと唇を舐めた後、とつ、と急激に動きを速めた腰で刺し穿つ。戯れのような律動に慣れきっていた躰はめりはりのありすぎる大きな刺激の波にすぐには切り替えられない。あっけなく果てた私は、まだ胎に残留する絶頂の余韻と、零君から今まさに与えられているものの間で板挟みになり、困り果てた。

「はは、もしかしていってる? かわい」

眉を下げて屈託なく笑った零君だけれど、手を緩めてくれる気配はない。地に足をつけたいのに登らされたまま、ずっと水面をかき乱し、波紋を広げられ続けている。

「きゃっ、あっ! んっ、んぁ……っ、れー、くんっ……!」
「っ、ごめん、もうちょっとだから。ほら……っ、掴まって」
「あぁ……っ、ひぃ、う……、零君……っ」

左の手首を彼の首の裏に持っていかれて、思い出したように私は零君にしがみつく。腕だけでは飽き足らず、脹脛をその腰に絡め、ピストンのために腰を引こうとする彼にいやいやをしながら自らの元へ引き止めた。はやく解放されたいのに手の届くところにはあって欲しいなんて矛盾している。

「ちょ、それ反則――だろっ! んっ……!」

声色に滲む焦燥の色彩を濃くした零君が、息を弾ませると同時に精を迸らせた。
生を得たように脈打つペニスの蠢きに当てられ、続け様に再び絶頂に引き上げられてしまった私は、湯に書けた飴のようにゆるゆるに蕩けていくような感覚を下肢に覚えた。達すると同時に張り詰め、その後脱力した脚はもう彼の腰から外れてしまっている。
私のおうとつを埋めてくれていたものを、ずる、と引きずり出されると、空白と化した子宮が強調されて切なくなった。言い知れぬ虚無感に打ち拉がれていると、小鳥のキスに唇を奪われる。

「あれは反則だ……。なんだっけ、だいしゅきホールドとか言った?」
「機嫌、直してくれた……?」
「おかげさまで」


2023/07/31
- ナノ -