比翼のアルビノ

34.夜の底を撫でるアンバーグリス

視界が悪い中、鍵の先端をうまく鍵穴に差し込めずにもたついている彼女を背後から抱きしめる。目の色素が薄いこともあり、この国の人間らしい黒い瞳の彼女よりはずっと夜目の利く僕は、その焦れったい手からそっと鍵を奪って代わりに開けてやった。

「あ、ありが……」

眉を下げて笑うなまえだったが、振り返った瞬間、僕の欲に塗れた眼光を認めて肩を竦ませる。
彼女の手を握って玄関の中に引き込んで、扉が閉まるのも持たずに唇を奪った。ばたん、と背後で扉が閉まる音と、ちゃりん、ぼすっ、と彼女が鍵と仕事用のバッグを取り落とす音が連続して響いた。
歯列を舌先でなぞって僕を受け入れさせ、その口腔を貪ると、健気にも彼女は僕の紺色の服の裾を握りしめてくる。可愛い仕草だと思ったけれど、それを口には出さず、僕はさらに深いところまで彼女を求めた。苦しそうな息遣いを感じながらようやく口を離すと、彼女はぼうっと潤んだ瞳を向けてくる。そこに映るのは間違いなく情欲の色で、戸惑いはあっても悲壮感はない。

「ここでしていいか」
「えっ……」
「駄目?」

彼女は僕が甘えて見せることに弱いと知っていて、敢えて実行してみせるとこくんと頷いてくれる。単純で、すぐに騙されてしまうから、やはり僕が大切に囲っておかなければならないと思った。

「あ、あの、どうしたの、疲れてる、よね? 何かあったの?」
「少し、な……。色々……あったんだ」
「零君……」
「大丈夫だから。少し甘えさせてくれ――」

顔中にキスを降らせてブラウスの裾をスカートの中から引っ張り出す。額からはファンデーションの、吸いついた喉からは濃い汗の香りと味する。

「これ持って、捲ってて」

ブラウスとキャミソールの裾を彼女に握らせ、捲りあげさせる。ブラは外さないまま胸上にずりあげて、乳房を零させた。泣きそうになりながらも言いつけを守って服を捲りあげるなまえは、先端の尖りつつある胸を僕に見せてくれる。僕は軽く屈んで、期待に上を向くそこをぱくりと食べてしまう。

「ひうっ」

と、なまえが悲鳴の混じった息を漏らした刹那、扉一枚隔てただけの外からハイヒールを踏み鳴らす音が響き渡った。帰宅した他の住人の足音だろう。

「零君……」
「聞かれちゃまずい、よな。これ、噛んでろ」

手に握らせていたブラウスの裾をなまえの口元まで持っていく。唇に触れる裾と僕とを交互に見比べ、おずおずと開かれたその口に猿轡としてそれをねじ込んだ。
再び胸に顔を寄せ、舌先で先端を弾いて刺激したり、ちゅっと音を立てて口づけたりすると、布に濾過されてくぐもった声が鼓膜に落ちてくる。乳輪ごと口に収めるように吸い付いて、くまなく舐めた。片方を甘噛し、手を添えたもう片方の胸に爪の先を柔らかく立ててやると、甘い吐息が僕の髪に降り注ぐ。

「んっ! ふ、んん……」
「かわいい。反対も舐めような」

れろ、と見せつけるようにあまり触れていなかったほうの乳首に舌を寄せる。顎や歯の裏に舌で擦りつけてやると、びくびくと腰が震え、なまえは壁に凭れかかった。寄りかかる場所を得て安心している彼女は、余計追い込まれていることにも気づいていない。
胸を舐めながら腰から抜き取ったスカートを床へ落とす。反射的に閉じ合わされようとする腿の間に自分の膝を挟み、阻止するついでに彼女を壁に押し付けた。僕となまえの脚が互い違いになる。クロッチの上から割れ目をなぞると、ブラウスと一緒に噛み殺された吐息があふれた。
ぐちゅり、と音を立て、指先を濡らす液体を押し込むようにして布ごと中へと挿入した。奥に至る途中でも彼女の内壁は僕の指をきゅうっと締めつけてくるけれど、ショーツの薄い壁が僕らの密着を邪魔している。

「んっ……! ふ、うぅ……っ」

布があることで刺激は弱くなっているはずだが、そんなもどかしささえも気持ちがいいのか、筋の往復を重ねる都度漏れる声が可愛い。声を絞り出させるようにわざとゆっくりと動かすと、いいところを掠めたのか彼女は、僕のベージュのベストを握り込んだ。クロッチを右へずらして濡れた窪みの浅瀬を直接指で撫でる。焦れるような刺激から直接的な刺激への移行に耐えられなくなったらしい彼女は噛んでいたブラウスを口から落としてしまった。唾液まみれの裾がはらりと胸と腹を隠し、反対に栓を失した口からは悲鳴が零れゆく。

「んあっ……! ひゃ、ふぁ……、れいくっ、聞こえちゃ、あぁっ!」

ついに漏れ出してしまったその艶めく声が僕の鼓膜を濡らす。
外に自分の声が漏れることに怯える彼女が僕に助けを乞う。その情けない姿にぞくぞくと腰を駆け巡るものもあったが、他の住人に聞かせるにはその声音はあまりにかわいらしすぎたので、キスで蓋をした。聞こえちゃうよ、と意地悪く彼女を煽るのも好きだが、それは予め人払いを徹底しておき、その事実を伏せて彼女を困らせる場合にのみ限る。僕は宝物は鍵をかけて大切に仕舞っておきたい質なのだ。
彼女の身長に合わせてするキスは腰に来る。屈むのが辛くなってくると、僕はなまえをきつく抱き込んで胸板に顔を埋めさせた。意図を察したらしい彼女は腕の中で大人しくなったので、股も良いようにできる。臍の裏を指三本使って満遍なく広く圧してやれば、がくがくと膝が震え、悲鳴は僕の胸へと吸い込まれた。

「――〜〜っ!」

紺のシャツにしがみついてくる彼女を抱き締めて、快楽の波に攫われたその体を支える。ぜえはあと熱病に浮かされるように息を乱す彼女の、赤らんだ首に歯を立てた。

「ゴム持ってるよな。鞄漁るけどいい?」

うん、と力なく肯んずるなまえを支えたまま、片手で鞄を拾い上げた。がさがさ中を掻き回すと硬めの材質のポーチが指に触れたので、これかとそれを引っ張り出す。鞄を玄関マットの上に捨てて、一枚包装紙を抜き取るとポーチもその上に投げた。寝室のものをそのまま抜き取ったのか、入っていたのは全て馴染みのあるパッケージのものだった。
ふにゃふにゃのなまえの体を壁に磔にし、また腿の隙間に膝を差し入れて勝手に閉ざされないように固定する。下を脱ぐ時間も惜しかったので、ベルトを緩めて性器だけを露出させ、膜を被せた。透明なラテックスを着せたそれを、ぺとり、としとどに濡れた彼女の脚の狭間に触れさせる。

「ちゃんと言いつけ守って持ち歩いてて偉いな。したくてしたくてしょうがないみたいで、かわいい」
「私も会えたらしたい、から……外、でも……」

てっきり、零君が持てって言うから、とでも返してくると思っていたのに。責任転嫁してくれてもよかったのに。

「なまえはかわいいな。素直だとなおさら……なっ」
「あっ――」

ぐにゅ、と彼女の中に入り込む。やわく反り返るせいで、彼女の後頭部がかつんと壁にぶつかり、髪がこすれて砂利のような音がなる。突き出された喉元に誘われるように唇を寄せ、喉仏という突起のないそこを淡く食む。食いちぎってやりたい衝動を抑え込みながら、首筋に強く吸い付き跡を残した。それにすら感じるのかなまえが身を捩る。その手にはやはり僕の服の裾が握られていた。
痛くないように壁と彼女の頭の間に手を差し込み、けれどもしっかりと掴んでキスをする。
挿入を浅いまま保つためにつま先立ちをしている彼女の腰を追い、少しずつ下から胎を侵食していく。

「っ、はふ……おっぱいみせて」
「んっ」

そろりと釦すら乱していないブラウスの裾を改めて捲くり、臍まで出すと、続きは震える彼女の手が引き受けてくれた。ずりあげられたブラから落ちる胸が見えるように捲ると、自分から裾を口元に持っていき、先程のようにそれを噛んでくれる。少しだけ背中を弓なりに変え、さわって、とふるりと双丘を揺らす扇状的な姿にペニスにより熱が集った。
汗の雫を散らした胸は、脂肪なだけあって僕の手よりも幾らか温度が低いが、触れているうちに表面から僕の熱を移され、内側からも彼女の熱に焼かれ、他と大差ない温度に変わっていく。むに、と揉んで、戯れに先端に触れると、反応が彼女の顔にも胎の中にも表れた。
セックスのときに僕に従順ななまえが好きだ。恥ずかしい事も酷い事も試してみたくなるし、こうやってすぐに僕を悪い男にさせるから、こちらがしっかり自制しなければと慈しんで抱いてあげたくもなる。交わるだけで人を葛藤させるこの子が好きだ。僕だけの魔性。ずっと僕だけを惑わせて欲しいと願う。

「んうっ……! ふ、ぅっ……」

噛み殺された嬌声がじんわりと耳に浸透していく。
股下の長さの差からつま先立ちを余儀なくされて、唯でさえ不安定なところに与えられる快楽にがくがくと膝を震わせて、それでも賢明に壁に背を預け、僕の服に縋って立っている。もっと困らせたくなり、そして縋らせたくなり、片足の膝裏を掴むとY字に上げさせた。

「えっ、む、無理だよっ」

ぽろり、と口からまたブラウスの裾を落として、眉を寄せたなまえが新しい体勢に抗議する。

「抑えててやるから。それに、こうした方が当たる場所が変わって――」
「ひゃぁ!」
「気持ち良くなれる……」

結合の角度と深さが幽かに変動し、うねる中も悦んでいた。お互いの弱点が触れ合って、彼女の締めつけに火花が散って、それによりまた少し膨れる自身による圧迫が、膣を狭く壊れやすいものに感じさせる。
片足で立たされて、快楽を受け取るだけでいっぱいいっぱいになっている彼女の痴態に、僕は舌なめずりをした。
ぱたぱたと床に汗が水溜りを作っていく。

「いっちゃ、ぁあっ……! だめ、いっちゃう、から、とまってぇ……」
「いっていいんだよ」
「たてなくなうっ、から、いったら、だめぇ……! 落ちちゃっ! 落ちちゃうのっ」
「僕を舐めないで貰いたいね……っ。ちゃんと抱き止めてやるから、安心して、くれっ」

それを聞くと安心したのか、ぎゅうとなまえは僕の首に腕を回してきた。

「んっ……、ふあっ、いきたい……! 零君、いきたいっ。おねがい、いかせて……っ」
「いい子。ここ、ぎゅうーってしようか」

これから内側から亀頭をくっつける場所を、お腹の肌の上からそうっと手で撫でて告げると、それだけで中が締まる。持っていかれそうだと甘苦い笑みを口元に引きながら、僕は予告通り、彼女の好きなところにきゅうーっと先端を吸い付かせ、突くのではなくゆっくりと圧迫した。ゆるやかな長めの刺激で登り詰めた彼女は、自ら懸念していた通り、腰砕けとなってずるりと崩れ落ちる。脇から差し込んだ腕を背中に回して抱き止めてやり、そのまま僕の胸に招く――だが、腕以外は、ほとんど僕の聳え立つペニスに体重を支えられることになり、それも企てのうちかはたまた想定以上か、達したばかりの其処により深く突き刺さる結果となってしまう。

「やあぁぁ――っ!? いやぁっ! あぁっ!」

絶叫に近い喘ぎ声を上げ、ずぶずぶと、ほぐさなければ入らないような奥まで僕を咥え込まされるなまえには、正直なところ愉悦を覚えた。重力が勝手に二人を深く繋げてくれるお陰で何をせずとも僕も気持ちがいいし、強すぎする波に目を白黒させて僕にしがみつく彼女は可哀想でかわいい。中は収縮を絶え間なく続け、ずっと絶頂し続けていることがわかる。

「やっ! いや……っ、い、やぁ……!! やだぁっ、やだよ……っ」

嬌声が甘さよりも悲痛さを帯びてきた頃、その体を抱き上げて、挿入を浅くしてやる。

「うぇ……ひう……零君、いまの……怖かった……」
「すまんすまん。少し奥まで入りすぎたな」

一房掬った艷やかな髪に口づけると、なまえは瞳をとろんとさせた。こんな児戯のようなことが一番涙に効くのだからかわいらしい。

「零君、気持ち良くなかった?」
「どうして? よかったけど」
「だってまだいってない……」
「ああ、それは……」

良いには良かったのだけれど、多分、先に達した彼女を支えるのに意識が向いて、機会を逃したためだ。

「ちゃんと気持ちよかったよ。もう少しでいけそうだから、付き合ってくれるか?」
「うん。頑張る」
「大丈夫。次は動かなくていいから。ちょっと僕のこと抱き締めて……そう、そのまま、脚でもしがみついてくれるかい」

回された腕に、ありがとう、と述べたあと、よいしょとその腰を抱き上げる。対面で繋がったまま、駅弁と呼ばれる体位を取ると、いつもは体重をかけることを嫌がるなまえも、絶頂で恥じらいが吹き飛んだのか、嫌に素直に身を任せてくれた。コアラの子供みたいにひしりと抱きつかれ、腹部が密着すると、彼女の中で僕自身も緩く加圧されて気持ちがいい。

「んあっ、すき、すきぃっ、れーくん、すきっ、すきなの」

声を潜めなければという使命感も絶頂によって忘却したのか、彼女は甘えた声で僕を呼ぶ。

「っ……、どうしたの、突然」
「今日、言えてな、いっ、から……っ」
「え? あぁ、口塞いじゃってたもんな」
「さっき、すなおだと……っ、ひあっ! かわいって……! れーくん、すき。きもちい。すき。これ、んっ……、だっこ、おくまできて、だめっ」
「駄目?」
「だめじゃなっ、んぁうっ、けどっ、きもちよすぎて……っ、や、はうっ! ずっとはっ、やだぁ……。わかんなく、なっちゃ……」

彼女自身の重みで深く繋がれることが利点だが、奥を突くのはスパイス程度に止め、ゆるいピストンを繰り返す。日頃の鍛錬の甲斐もあり、腕力と体力に自信のある僕にはこの無理の多い体位もそれほど苦ではない。どうせながら長く抱いていたかったのだ。

「んっ、はぁ……ね、なまえは、ミステリーは好きか?」
「ふっ、う、え……?」

――ミステリーはお好きですか?
数刻前、工藤家にて沖矢昴――暫定だが――と退治した折、投げかけたのと同じ問いである。しかし亀裂の原因となった諸伏景光と縁のある彼女にするのは、沖矢とはまた別の視点から語る、信頼と憎悪の話。

「まあこれはとあるミステリーの舞台裏なのだけれど。数年前……或る男は、同僚の男に拳銃自殺を強いたんだ。そしてそのことについて、男は共通の知り合いに『彼のことは今でも悪かったと思っている』と言った。でもね、そんなことを言った男はその言葉を放つつい数ヶ月前に、自分の死を偽装するため、好都合にも手に入った拳銃自殺した死体に自分の服を着せ、燃やした。男は頭部を撃たれて死んだのだと悪い連中に信じさせるため、拳銃自殺した他人の死体を使ったのさ。悪びれるそぶりさえなく、それどころか名案とばかりに――。
この死体のすり替えと偽装のトリック……発案者が男の共犯者だった少年という線もあるけれど、まともな大人なら止めるはずさ。少年にはそれを発案できるだけの頭脳があることは僕も承知の上だけれど、まともな警察官に書面だけで判断させるなら、それは男の責任だと判断されるだろう。
トリックを見破られ、生存を看破された男は、あろうことか偽装に使った遺体の遺品である拳銃で発砲した。この僕の日本で、だ。管轄が違うと言われればまだ納得もできるが、死体損壊罪と銃刀法違反を行った人間を取り締まるのは僕らの仕事。それを狩るべき相手を見誤るなとは――一体どういう了見なんだろう、なッ」

堪らずピストンに力が籠もった。強めに奥に挿し込まれた彼女は恋猫の如く切なそうに鳴いて、丸っこい尻を浮かせて快楽を逃がそうとする。

「なぁ、なまえは……ん、ふ、どう思う? もしも男に拳銃自殺を強いられた同僚というのが……君にとっての友人や僕やヒロだったとして……そのあとの男の行動について、思うところはないか?」
「んっ、や、やだ」
「そうだ、嫌悪の一つも持つはずだ。恨んでいる相手が、あろうことかその後他者の拳銃自殺をまたしても見過ごした上、あまつさえその遺体を利用するために火を点けたなんて……到底承服できる話じゃあない……。複数の罪を犯してこの国の秩序を乱しておきながら、僕に狩るべき相手を見誤るなと説教をしてきたこともね……」

バーボンにもスコッチにもウィスキー以上の心当たりはない光の世界の住人のなまえだが、かけがえのない友人の最期に就いて、彼女がそれを知ろうと知るまいと、切っても切り離せない。

「なんのはなしか、わかんな……あっ、ん……! なにか、あった、の……っ?」
「……ベッドでしか愛してるって言わない男がいるように、僕にとってはまともなときにはできない話なんだ。ごめんね。動こうか、……っ」

掴みどころのない言葉をその首筋に吐きつけて、瞬間、僕はまた腰の動きを大仰にした。今度はしっかりと僕も彼女も快いところを見据えて。

「あっ、ふあぁっ、あぁぁ……!」

彼女は僕の背中に爪を立てながら、甘い声を上げた。紛れもなくこの子が善がっているときの声である。途切れ途切れに、甘えて縋る子猫さながらに鳴きながら、またひときわ強く僕に僕の首裏に抱きついてくるなまえに脳が焦げ落ちそうなほど興奮していた。
可愛い。本当に可愛い。もっと聞きたい。聞かせてほしい。そう思って僕は彼女の弱いところを突くように何度も強く打ち付ける。
まるで獣のような荒々しい吐息と、汚らしいくらいの水音が玄関に響いた。
いつの間にかお互い汗だくになっていた。体を動かすたびに開く汗腺から迸る汗で、なまえのブラウスも、僕の殆ど手を付けていない服も、すでに湿っている。きっと衣類だけでなく僕ら自身もひどい有様だろうと思ったけれど、もうそんなことを考える余裕もないくらいに、取り返しがつかないくらいに熱中していた。

「はっ……、そろそろっ、いきそうだ……っ、出すよ」
「んゃっ、れいくんっ」

だして……だして……、すき、すき……、と掠れた声で囁いたなまえが胎に力を込めてくれた。僕を包むように蠢く肉壁に堪らず眉を顰める、汗を滴らせる。限界を迎え、快楽の天井に触れた僕は吸いついてくる奥に精を放った。
びゅくびゅく、と長いこと、先端からそれを迸らせていた。眉間に皺を刻み、息を詰まらせたまま射精に勤しんでいると、僕の頬や米神を流れる汗を払ってくれる彼女。濡れた睫毛をしばたかせ、彼女の熱い瞳と視線を結び、徐ろに吐き終えた先端を、ぐ、ぐ、となまえの胎に押し付ける。

「……〜〜っ!」

直接撒いたわけでもない精子だが、孕めと言わんばかりに、こすりつけ、塗りたくるかのようなねっとりとした動きをすれば、彼女はまたそれに追いやられてしまったようだった。海老反りになる彼女の躰を前に倒させ、僕に品垂れかからせると、少しずつ正気に戻りつつある彼女はじきに僕の首に腕を回してくれた。
互いの息が整った頃、僕は駅弁の体位を保ったまま寝室へ続く廊下を歩き出す。

「え……、だ、めっ、れーくん……っ! 擦れちゃ……! ひあぁっ!」

歩行に伴う幽かな振動が繋げた性器に響いて、なまえは身悶える。それでもなお僕にしがみつくほかない彼女に口元を緩ませながら、僕は極めてゆっくりとベッドを目指した。

「おろっ、してぇ……っ。ひう! きもちいの、むり……、んっ、あっ」
「下ろしたところで自分じゃ歩けないだろう。おとなしく掴まってて」

さみしげに僕にゆるりと絡みつく彼女の窪みのお陰で僕もいつまた高められてもおかしくはない状態だった。性器同士が擦れるのなら片方だけが無事だなんてそんなはずがないのだ。
ぽふ、となまえをベッドに寝かせて、あいも変わらず繋がったままその上に乗り上げる。玄関で立位や駅弁で抱いたときよりはのろりとした律動だが、その一つ一つを重たく打ち付けた。

「んっ、はふ、何か……っ、あった、の……?」

僕に溺れながらも必死にこちらへ手を伸ばしてくる彼女に胸が痛む。その面持ちがあまりに悲痛な色を帯びているのものだから、その瞳を深くまで覗き込むと、眼球の水の膜の鏡に反射する僕も、似たような顔をしていた。心配させてしまったらしい。

「だい、じょうぶ? かな、しー、の……? 言えないこと……なら、んっ、言わなくていいからっ、きもちだけ……おし、えて」
「大丈夫だよ。少し、悔しいことが……あってっ」
「ひゃんっ!」

言葉を続けながら、しかし彼女を抱く手も休めない。

「嫌いな男に出し抜かれた。それから煽られるようなことも。八つ当たりみたいなことしてごめんな」
「いい。好きに、して。零君のこと、元気にしたい。元気……なって、くれるならっ、なんでもするっ、からぁ……」
「――っ」

溢れるいとおしさの本流に胸をかき乱されて、僕はがばりと彼女をかき抱いた。閉じる貝のように躰をぴとりと密着させて、ぱちゅ、ぱちゅ、と突き刺すように腰を落とす。
ごめん、とは言えない言葉。友の仇。僕達の仇。あいつに一杯食わされた今夜の僕は負け犬さながらに不甲斐ない。


2023/08/06
2023/08/22 修正
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