比翼のアルビノ

32.抱きしめたら死んじゃうんだ、なんて幸せ

伊達さんの墓参りに出かけた日の夜。

「零君、これ、一緒に食べようよ。チョコ」

冷蔵庫から取り出したのは、重箱ほどもある大きさの有名ショコラブランドのボックスだった。バレンタインシーズンのプロモーションに心打たれ、奮発して買ったそれを私は毎日アドベントカレンダーに穴を開けるように少しずつ食べている。日々の褒美や、お茶のお供に、少しずつ。
ことん、とソファの前のローテーブルにチョコレートボックスを置き、淹れ立ての紅茶と、それに大人びた香りを纏わせるために垂らすバーボン・ウィスキーの瓶を並べていく。温かい紅茶で潤した舌の上に美しい装飾のチョコレートを一粒乗せ、歯を立てずにいると、ゆうるりと蕩けだすそれの甘みが味蕾に広がった。
夜のティーセットに一瞥をくれた零君だったけれど、ああ、と生返事をしたきり、手をつける気配はない。悲しみに暮れる彼はそんな気分にも慣れないのだろうか。けれど重たく胃に沈むしっかりとした食事と違って、この艶めく小さな一粒ならば塞ぎ込んでいたとしても喉を通る。それに嗜好品は時に万病に効くものだ。私は自分が食べたものと同じチョコレートをひとつ取ると、ソファの上で難しい表情を刻んでいる零君の口元に持っていき、ふにゅ、とその形の整った唇のトップに押し付けた。すると揺れ動いた青色の双眸が私と口元のそれとを見比べ、観念したように割り開いてくれる。

「……上手い」
「よかった。もっと食べていいよ。甘いもの食べたら少しは元気も出るかなって」
「気、使わせたな。ありがとう」

高価なチョコレートはしつこく喉に纏わりつかない。夢幻のように上品にとろけて消えていくから、本当なら紅茶で嚥下を手伝う必要性もない。けれど新鮮な気持ちで新しい一粒に舌鼓を打てるように、舌を白紙に戻す心算でティーカップに口をつけた。
隣から視線を感じ、どうしたの、食べて良いんだよ、と口にしようとしたとき。

「もっと食べさせてくれるか?」

なんて零君が言う。私はくすりと笑んでカップをソーサーにおいた。かちゃん、と陶器の擦れる軽快な音色。

「いいよ。甘えん坊さんだね。はい、あーん」

箱から今度はトリュフを摘み上げて、それをその口元まで運んでいくが、しかしちょんと触れさせても零君は口を開けてけくれず、私の指先の温度に当てられたそれが溶け始める。

「そうじゃなくて」
「え?」
「もっと……、わかるだろう?」

私をくすぐる熱い視線。はにかみながらこっくりと顎を引いて、私は自身の唇の間にトリュフを挟んだ。給餌をする鳥のように彼の唇にそれを運ぶと、口でそれを奪われる。かつん、と胡桃を割るような音を立ててそれを歯で真っ二つにした零君は、私の顎を掬って引き下がるという選択肢をもぎ取った。

「ん、美味い。一緒に食べようか――」

元気になるのが早すぎやしないか。言うが早いか、キスをしてきた零君は、甘ったるく染まった唾液を私の舌に乗せてくる。ぐちゅりと泡立ったそれを飲んだ傍から流されてきて、しまいにはトリュフの破片を押し付けられた。渡された破片が削れて輪郭を丸めた頃、またそれを奪われて、一緒に厭らしく味わう。
トリュフが消えてなくなると、キスを続ける口実も同じように失われ、私は胸が痛むくらいに名残惜しい私はまた箱へと指を伸ばしていた。

「えっと、もっと、食べる……?」
「食べたい……ちょうだい? 食わせてくれ」

また新たな一粒を咥え、零君に顔を寄せると、今度は舌ごと攫われる。ごろごろと互いの口腔でチョコレートを転がし合いながら、甘い唾液と舌を啜られ、粘膜を貪られる。ぐにゅ、と零君の舌が二人分の熱ですっかり軟化したチョコを潰し、私の喉に押し込んだ。

「ふ、ぁん……っ、れーくん、これ、きもちい……おいしい……っ」
「なぁ、ゼロって呼んで」
「ん……ゼロ君」

ぷは、と息を弾けさせながら唇が遊離されると、色の付いた唾液が互いの間に橋を架けた。銀糸は銀色を呈していない。
私の首筋に頭を埋めてきた零君がそこに吸い付くと、チョコの色が皮膚に移ってしまったらしく、舌がそれを舐め取った。ちゅう、ちゅう、と甘い唇で数多くのキスマークを残す彼は、どこか気を急いているように感じられる。私はそっとその背中を抱いて、よしよし、とさすってやった。

「ゼロ君、今日は甘えただね。いいよ、いっぱい甘やかしてあげる。辛かったね」
「なまえは死んでくれるなよ」
「死なない。ずっと一緒にいる」
「ありがとう」

零君の期待の眼差しに答えて、またチョコレートを溶かしながらキスをした。

「甘味は体温に近い35℃くらいで一番強く感じ、体温から離れるにしたがって弱く感じる。ちょうどこれが……んっ、一番うまい食べ方なのかもな」
「そうなんだ。だから美味しいのかな」
「かもな。ちなみに、例外的にフルーツの中に多く含まれている果糖は、温度が低い方が甘味を強く感じる。フルーツは冷蔵庫で冷やしてから食べる方が、美味しく食べられるそうだよ。逆に塩味は温度が低くなるほど強く感じられ、温度の影響を受けないのが酸味……って今する話でもないか」
「ううん、零君の声好きだからいっぱい喋って欲しい」
「なまえは優しいし聞き上手だから困るよ。僕は随分甘やかされてるな。幸せ者だ」

饒舌な零君の言葉に耳を傾けて、微笑む零君を間近で見られる特権を、婚姻というかたちで貰えた私の方こそ、果報者だ。
互いの唇の狭間、或いは舌の上でそれが溶けて無くなる度、新しく口に孕んで甘い唾液を絶やさない。舌や口腔の粘膜が酸化する前に、甘い味を足していく。

「けほっ。のど、かわく……っ」
「紅茶飲ませてやろうか」

上品とは言えない手つきでむんずとティーカップの取っ手を引っ掴んだ零君が、大きくそれを煽って頬の裏に紅茶を溜める。重なった唇から口移しで注がれて、喉に絡む甘すぎる彼の唾液の濃度が薄まった。バーボンを垂らして香りを乗せられた紅茶はそれだけで私を酔わせようとする。不安定に繋がったキスだから、私の唇の端からは紅茶の雫が零されていた。顎を滴り、喉を伝い、鎖骨の溝にて溜まったそれを、追いかけていった零君の舌が舐めあげる。
私はキスの再開を待ち望んでいたけれど、零君は私の服の裾とキャミソールを一緒くたに捲くりあげ、下着を露わにした。胸にも落ちていたらしい紅茶の粒を彼の舌が拾い上げていく。この期に及んで私はまだキスに期待していたけれど、背中を滑った手に下着のホックを弾かれた辺りで遅まきながらこのまましてしまうのだということに気がついた。

「汚れてしまうから脱ごうか」

私に万歳をさせ、服も下着も上下とも脱がせた彼の言葉の意味を知ったのは、その刹那。丸裸にされた私に両手で乳房を寄せさせ、態とらしく谷間を強調させると、零君はポットとカップの横に佇むバーボンの瓶に手をかけた。最初はまた口移しで飲ませてくれるのかとも思った。でもくるくると瓶の蓋を外した零君は、その注ぎ口を私の胸の上で傾ける。そして琥珀色のウィスキーを双丘の狭間に注ぎ、溜めさせた。

――汚れるってこういう……?

私の柔肌をグラスかなにかに見立てて、零君はそこからお酒を啜った。勿論平均的な大きさの膨らみでは零さずにいられるはずもなく、臍を超えて下へと流れるウィスキーが危うくソファを汚しそうになったので、腿を閉じて堰き止めた。
これって、あれだ。女の人のお股からお酒を飲む……。

「いいな、わかめ酒って言うのも……」

しみじみと呟く零君。そう、それだ。そんな名前だった。
ひとしきり胸を舐め終えた零君が、今度は頭を下げて私の腿の狭間に溜まる琥珀色を啜り始める。嫌だ、絶対汚いのに。色が色なので私が漏らしたみたいで恥ずかしい。
アルコール度数の高いウィスキーは少しずつ口を寄せていくお酒であるし、元々が胸に溜めさせられていたものなので、ちろちろと少し舐められるだけでそれは飲みきられた。零君の唇は満足そうに弧を描いており、締め括りとしてそこを汚す琥珀の雫をぺろりと舐め取る。
褐色の手は再びローテーブルに伸びて、今度はチョコレートを持ってくると、それを私の胸の飾りに押し付けた。

「えっ、あ……っ」

玩具のように振動することはないけれど、零君の指でチョコを上下に動かされるとそれは立派な愛撫になる。体温でクーベルチュールの表層が溶けてくると、彼の指にも似た色のとろついた液体が胸の先端に纏わりつくようになり、刺激がなめらかさに富み始めた。私のせいで溶けて、私はもっと気持ちよくなる。現象と現象の間の繋がりは、恥辱を煽って、脳をより痺れやすくさせる。
空いた左胸が寂しくてきゅっと目を瞑ると、もうひとつチョコレートを持ち出した零君がそちらもかわいがってくれた。くるくる、くりくり、円を描くようにチョコと乳首を押し合わされ、いつの間にか先端どころか乳輪までが溶けたそれに覆われていた。

「気持ちいいか? かわいい。おいしそう」
「零君、」
「ゼロ」
「ぜ、ぜろく……んっ、ひゃんっ」

べたべたとチョコの塗りたくられた右の乳頭を食まれた。先端の飾りと、ずいぶんちいさくなってしまったチョコを擦り合わせるように双方を舌で転がされ、まだ押し当てられて間もない左胸は相変わらず指でくりくりチョコを押し付けられている。美味しいセックスに夢中になっている零君の髪を撫でて、食べ物でこんな事するなんて、という野暮な正論は胃液で溶かした。
ちゅぱ、と音を立てて口を離した零君は、「ん、おいし」と呟いて、れろり、と乳輪を覆うチョコを舐めあげて、そのまま左胸にも舌を寄せる。

「顔赤いね。なまえも酔ってきたかな」
「私そんな飲んでないの、に……んっ、そこまでお酒、弱くな、ぁっ、ひゃっ! やぁっ、喋って、ゆっ、のに……っ!」

ころころと乳首の上でチョコの欠片を転がされて、合間にざらついた舌にもちろちろ嬲られて、嬌声に喉を割くせいで言葉を奪われた。

「嗚呼、知らないのか。エチルアルコールは肌からも吸収されるんだ。経口摂取とは違って消化もされない分、早く酔いが回る……。アメリカのシャンパンファイトや、野球選手のビールかけなんかもあのあとみんな酔っ払うのさ。でも、案外いいんじゃないか? 君、ウィスキーはストレートで飲めないだろう。こうやって飲めば一緒に酔える」
「ひうっ、つめたっ」

私をソファに押し倒した零君は、またバーボンの瓶を私の上に傾けて琥珀色を注いだ。薄く胸元に引き伸ばされる水面に舌を這わせる彼の姿は、ミルクの皿に鼻をつける子猫みたい。
私を受け皿にしている酒は冷たいのに、それを啜る彼の舌も、不本意にも吸収させられた自分の肌もあまりに熱すぎて、いつしか酒に対して熱冷ましのように心地良ささえ覚え始めた。それがもっと自分たちを燃やすものだとはわかっているはずなのに。
あらかた舐め終えた零君は上肢を起こし、今度は臍の下にバーボンを垂らす。注がれたそれは重力に従順に股の方まで流れていき……。

「ひっ! つめ、たいっ。や、やだ、そんなのっ。汚いよ……」
「今更だな」

洗ってないのに、という言葉は舌で象りかけたところで嬌声に替えられて出てこなかった。茂みを湿らせ、恥丘を濡らしたバーボン・ウィスキーを、零君が焦れったいほどねっとりと舌で攫う。閉じ合わされているひだの中には流石に流れてこなかったけれど、零君もそれをわかっているのかアルコールを乗せた舌でそこを割り開こうとしてきた。恥ずかしい蜜と酒を絡めるようにして、窪みに塗り込まれた瞬間、神経を違和が焼く。

「嫌っ! ね……もっ、やだぁっ。染みちゃうの、染みちゃうからっ、ほんとに、」
「ごめんごめん。デリケートゾーンには良くなかったか。消毒液みたいなものだしな。こっちでしよう」

眉を下げた零君だったけれどまたチョコレートを摘み上げているあたり反省の色は見えない。そして半泣きの癖して期待を禁じえない自分もいて、本当にどうかしている。泣きたいくらい恥ずかしくても、零君に辱められて心臓が壊れそうになるのは嫌いじゃない。今だって、大きく足を開かされて、だらしなく痙攣する性器に視線を突き刺されて、でも悦んで屈服している。好きにして欲しい。好きにされたい。彼に乱されるのも私を乱す彼も好き。

「うぁっ!」

チョコレートが私の陰核に触れた。人肌より温度の低いそれが、恥ずかしい肉の体温に溶かされて、愛液のようにぬるつき始める。軽く溶かして表層をぺっとりとさせてから、零君はチョコを上下に擦り始めた。

「んっ、あっ……、零君っ」
「気持ちいい? 食べ物で遊んで、いけないことしてるのにな。どうしようもないね、僕達。今更かな」
「ひぁ……っ、だめっ、だめなのにっ。こんなことっ! しちゃ、だめ……っ。うぇ……ん、ごめ、なひゃっ、きもちいっ」
「大人になってこんなことをするとはな……。大丈夫、僕も同罪だ」

すう、とチョコが陰核から縦線を描くように下へと滑り降り、窪みに辿り着いたところで、くん、と嵌め込まれた。瞬間、ひゅ、と妙に鋭い息が喉を駆け抜け、顔から熱が引く。

――う、嘘、入れられてる……? そんな、嘘……。

取れなくなったらどうしようという一心で足をばたつかせ、腹に力を込めて挿入されるそれを押し返そうと試みる。その甲斐もあって、ぽろ、と埋まりかけていたチョコが愛液の糸を引きながらソファに落下するけれど、零君はすぐにそれを拾ってまた押しこんだ。

「こら、落としちゃ駄目だろう。ここで食べるんだ」
「やっ、やだっ! それこわいっ。だめだめっ、だめだよ……! とれなくなるっ!」
「すぐに溶けるから大丈夫だよ。終わったら全部綺麗に吸い出してあげる。こんなに熱かったら固まることもないだろうしな。ちゃんともぐもぐして?」
「ひ、ぇ……」

震える膝から力を抜くと、「いい子」と微笑んで零君はキスしてくれた。その唇はまだどことなく甘い。
めそめそする私は、鼓動の勢いも愛液の分泌も収めない己の躰に当惑していた。零君のしかとした骨格の指に慣れている其処は、今更溶けかけの小さなチョコレートに痛むはずもないけれど、不安に苛まれた心が呼吸を浅くする。未だかつて挿入されたことのない異物に怯え、神経の尖った膣が、ありありと脳にその感触を伝達する。
一粒丸々受け入れて――彼に言わせれば食べさせられて、終わったと胸を撫でおろしたのも束の間。零君はすぐに2つ目を投入してきた。

「これ、何だと思う?」
「え……?」
「チョコの種類。当ててごらん。当てられたら2個で終わってあげる」

最低な遊びだと思いながらも下腹部の神経を研ぎ澄ませる。すると伴って胎の肉壁がそれの形状を確かめるようにうねり、締めた。その蠢きは2つ目に添えられている零君の指にも伝わったらしく、くつくつと笑われて恥ずかしい。

「え……っと、と、とりゅふ……?」
「残念、外れだ。これはプラリネ。人間の五感は実は不確実で、他の感覚に頼りながらものを知覚している。触覚も大部分を視覚に頼っていることが多いんだ。だからきちんと視認していないと膣に入れられた指の数も意外とわからないし、形状からチョコも当てられない。丸みからトリュフだと思ったんだろうけれど、トリュフはもう少し球状だ。底が平たくない。プラリネは……ドーム状っていうのかな。まあ、そういうこと。じゃあ、3個目な」
「そんなっ、あぁ……っ!」

ぐぷ、と3つ目が入って来た。ひとつ奥にある2つ目と1つ目を押し上げるので、それらも一段とまた深くなって、チョコ同士のかつんとぶつかる小さな衝撃すらも胎に響いて、脳がくすぐられる。
零君はチョコを挿入した指を引き抜かず、そのまま中をくるくるとかき回し始めた。くちゅくちゅ愛液と溶けたチョコがかき混ぜられて、泡立って、まだ固形のチョコはごろごろと中で転がされ、壁にぶつかり、指は指で粘膜を擦りあげて押し広げていく。

「やぁんっ、待っ……! ひうっ、いつ……もとっ、ちがぁっ!」
「違う? 中でごろごろするの、気持ちいい?」
「わかんないっ。わかんない……!!」

これも性感の一つの形態なのかもしれないけれど、こんなのは初めてのことで、従来の概念に当て嵌めて考えることができない。

「も、出してっ。こんなのやぁ……! れーくんのがいい……っ」

肌から酒を飲んで酩酊している私は酷い目眩に襲われていた。そのたくましい腕で抱き上げてベッドまで連れて行って欲しくて腕を広げるけれど、零君は頭を撫でてくれるだけ。
ちょっと待って、と言った彼が手を伸ばすのはテーブルの上にティッシュボックスなんかに紛れて置かれていた小箱で、驚くべきことにそこから取り出されたのは避妊具の包みで。清楚なインテリアです、みたいな顔をして卑猥なものを仕込んでいたのだ。きっと今日みたいにリビングでしたくなってしまったときのために。ベッドまでの道のりすら途方もなく焦れったく感じるくらい、焦燥しているときのために。
背中も腰も痛めてしまいそうだから断りたいのに、私が一番彼を欲している。いますぐお腹の寂しさを埋めて欲しくて拒めない。あまつさえ「はやく……っ」なんて零君を急かす始末で、スキンを着けたペニスを寄せてくる彼の腰に自ら足を絡めた。
あれだけ取り出してほしかった膣の中のチョコももうどうでもいい。蓋をして貰えるのならそれでいい。
てっきり先に挿入されているチョコレートの体積を加味して浅く突いてくれるのだと信じていたのに――とちゅん、と。膣の温度で軟化しつつあるチョコを亀頭で押し潰し、それは遠慮知らずに奥まで至った。潰れたチョコをすりすりと行き止まりに塗りたくるように腰を揺さぶられて、私は何度も首をのけ反らせてはかぶりをふり、ソファの座面に頬を押し付けた。

「んんっ、あ……! んあぁっ! ふっ、く……、ひ、〜〜っ!」
「んっ、たしかに、いつもと違う、な……っ。はは、駄目だ、これ、癖になるかも。なぁ、今度、僕のと一緒に入れられるおもちゃとか買ってみるか?」
「……っ!」
「く、うっ……締まった、ね。わかった、探しておくよ」

声にならない悲鳴しか紡げなくなった、役立たずの口元を抑えながら、ぶんばぶんばと首を振る。すぐに溶けて無くなる食べ物ですらこんなになってしまっているのに、彼が使い終わるまで外してくれない玩具なんて使われた日には死んでしまいそうで、怖い。
臍の裏に先端をこすりつけられ、ぬちゃ、とまたチョコが粘膜と粘膜のあいだで潰れた。律動に伴って下の口からは甘く味付けられた愛液が滲み出て、肛門の方へ回り、ぽたぽたと座面に染みを作っていく。また零君に躰の裏側から臍を探られたとき、私が大きくのけぞったせいで、ソファの骨組みがぎしぎしと軋んだ。

「や、だめ、いっちゃ……あんっ!」
「いいよ。いって」

子供のようにいやいやをする私に零君は困ったように首を傾げた。

「だめぇ……だめ、なのっ……!」
「駄目?」
「まだ零君の、おくっ、入ってな……ぜんぶ、入ってない、から……、ぁ……っ。れーくん、んあっ、いけない、から……ひう、だから、まだ……きもちくしたい……の……」
「僕のため?」

こくこくと必死に頷くと、その口元が緩んでいくのが見える。
浅いところに存在する気持ちのいい場所を的確に責められて、食べ物への罪悪感を媚薬に鳴かされている私と違って、彼が勝手にしたこととはいえど、チョコが障害物になってしまっていることで、零君のそれは根本を大幅に窪みの外に残していた。

「僕はなまえが気持ち良くなってるところ見せてくれた方が興奮するんだ。君がいって、しまるのも、んっ……きもちいい。ほら、我慢しなくていいから。それに一回で終わる必要もないだろう?」
「ひっ、やっ! そんな、できなっ」
「いやいやばっかりだなぁ。でも……そろそろ、あらかた溶けたから……全部入るかも――なっ」
「ふあっ!?」

あたってる。チョコレートじゃない、生きた彼の熱――。押し込まれて、突き刺さってる。
どこか苛立ったような手つきで乱雑に机のチョコレートボックスを引き寄せた零君は、チョコを一つ咥えた唇で私に口づけた。口移しにされたものを頬張っていると、私の口の中で溶けたものを零君がぺろりと舐め取っていく。
深く挿入されながら甘くて美味しいキスまでされて、ときめく心臓と同じくらい中もきゅんきゅんさせてしまうと、射精感が込み上げてきたのか零君が端正な顔を顰めた。仕返しの如くチョコ味の舌を思いっきり零君に吸われ、ずちゅ、と深奥を緩やかに圧迫されたとき、火花が迸る。躰の全部が私の指揮下から外れた。快楽に打ちひしがれて何もできなくなっている私に、もう一度だけペニスを叩きつけて、零君も後追いをする。

「くっ……、ぁ……! ふーっ…………」

耳殻に吹き付けられる零君の吐息にすら感じてしまう。私の上で無防備に息を整えている彼がかわいくて頭がおかしくなりそうだ。汗に濡れて朝露に煌めく麦畑みたいになっている彼の金の髪を梳いていると、口に舌を差し込まれてぐちゅぐちゅ甘い唾液を泡立てられた。ひとしきり私の口を堪能したのち、顔を離した零君は上からこう告げる。

「さて――中のやつ、吸い出さないとな。綺麗にしてあげる」

彼が腰を引くと空っぽにされた胎から蜜や融解したチョコレートやらが決壊した川のようにどろんと溢れる。中から流れてくるものと同じ濁った液体を被ったスキンを縛って床に捨て、私の腿を開いたままで固定すると、零君はその鼻先を肉薄させた。ふうっ、と悪戯に息を吹きかけられるとそれだけで潤んでしまい、また外に蜜を滲ませる。
零君は甘いと言って恥丘の隙間を舐め上げた。性器の周辺を汚す液を丁寧に舐め取り、窪みに浅く舌を挿し込む。這わせた舌先で壁をなぞるように円を描き、取り切れないものはぢゅうっと強めに吸引した。

「あぁっんっ! 零君っ、つよ、い……!」
「んんっ。ふ、う……逃げるなよ……」

ただの女にされてしまう己を否定するために腰を浮かせて逃走を試みるも、ずっしりと体重をかけられたうえに、引いた傍から腰を引きずり戻される。叱るようにクリトリスをくにゅと指で潰されて私はまた果ててしまった。絶頂に震える躰は逃げることもできなくて、無常にも続けられる口淫に乱され続ける。
犬のように恥ずかしいところを舐めている零君から差し向けられる視線は、背中が冷えるほど鋭く逃げるなと告げていた。よくもこんな淫らな遊びに興じながら眼力を発揮できるものだ。
ちゅるちゅる啜る愛液からチョコレートの甘い味が失せてきた頃、ようやく彼は顔を上げた。

「ん……、こんなところかな」
「ひゃ、ひゃい……」
「うまかった」

私の味のする唇がキスをしてくる。

「待ってろ。今水持ってきてやる」

そのあと酔い醒ましと水分補給を兼ねた水を飲まされて、ウィスキーとチョコレートでべとべとの躰を拭いて貰った。
酔いが回っているからと風呂は明日の朝まで禁じられる。
酩酊と、ソファでもつれたために痛んだ腰とで千鳥足になった私は、ベッドまで姫抱きで運ばれて、ご満悦な零君の腕の中で囚われの身となった。
なまじ体力があり、面倒見のいい性分であるために、行為の後はこうやってお姫様か何かと錯覚するくらいに労ってくれるけれど、それによって多少の無茶もなあなあにされている節もある。

「してないと、思い出しそうなんだ……」

腕枕をされながらぼうっと天井を眺めていた私を、寂しそうな眼で射止める零君は、甘えるようにまた私を求めた。清めてもらったばかりの肌をまた汗で湿らせて、ショコラよりもゆったりと熱にとろけていく。求められる限りあげられるものは何でもあげたい私は、差し出せるもの全て――夜の時間も、熱も、唾液も、体力も、全部を捧げて彼を受け止め、尽くした。

「好き。ずっと一緒にいるからね」

それが果たして安堵を齎す呪文になれるかはわからないけれど、そんな言葉を何度も抱き合った零君の肩口に乗せていく。

「ずっと、離れずに傍にいてくれよ。置いて行かないでくれ、君だけは」


2023/08/03
2023/08/20 修正
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