比翼のアルビノ

24.夢心地なバターを塗ってみて

24.夢心地なバターを塗ってみて
二日目――いや、互いの仕事の兼ね合いで数日ほど間が空きはしたのだが。ともあれ彼女の躰に触れる二度目の機会が訪れた。
雪崩込むような形となった前回とは違い、今日はローションや避妊具といった各種道具は予め揃えてある。まだきちんとふたりの躰を繋げる本来の意での“セックス”に至る心算はなく、この分だと随分先になるであろうことも承知していたが、礼儀のようなものだ。

「今日は私が触るんだよね?」

風呂を済ませた後、僕の部屋のベッドの上にて。なまえがもじもじと俯きながらそんなことを言うので、僕は首を傾げた。

「え? なんで?」
「零君、次してって……」

――手伝ってくれるのは今度でいい。僕のするところ見てて、大丈夫そうだったら、次、して。

嗚呼、なんだか朧気にだが覚えがある。僕の自慰を手伝おうと高ぶる股間に手を伸ばす彼女を諫めるため、そんなことも言ったかも知れない。

「あれは……するなら次にしてくれっていう意味であって、絶対しろってわけじゃ……」

君はそんな事しなくていい、と続けようとした僕だったが、路上の雨晒しの子犬を想起させる彼女の面持ちに言葉を打ち止めた。あの彼女がせっかく恥を忍んで提案してくれているのだ、それも二度も。それにこちらとしては配慮や遠慮で拒んでいるつもりでも、僕が彼女に触れられたくないのではなんて変な受け取り方をされたり、不穏な憶測を立てられるのも困る。

「わかった、今日は頼むよ。だからそんな顔するな。嫌とかじゃなくて、悪いかなって思っただけだから……」
「私にはしてくれたでしょ。だからお返しだよ」
「じゃあ早速にはなるけど、先に触って貰ってもいいか? 一回出しておいた方が多少冷静でいられるはずだ」

パジャマの袖で鼻先を隠しながらなまえはこっくりした。隠す手をそっとのけて現れた唇に吸い付きつつ、服の上から胸を揉むと驚かれる。

「な、なんでおっぱいさわるのっ」
「君のことをおざなりにするとは言っていない。二人で気持ちよくなれないなら僕はしない。それに、してもらうにしても、どっちにしろ勃たせなきゃ駄目だろう。だからなまえのかわいいところ見せて?」
「うぅっ」
「脱がすよ。裸見たい」

脱がせていいかと承諾を得るのではなく、一方的に断って、僕は釦に指をかける。隙間から覗く下着が、洗濯の機会に眼にする無地の黒いキャミソールではなく、淡い色彩のレースであることに気づくが、途中まではそれほど気には止めていなかった。しかし、はらり、と釦を全て外しきった前を広げた瞬間、眼に飛びつくそれを見てたじろいでしまう。

「なぁ、これ……」

どうしたんだ、と彼女の瞳に問いかけると、ふいと逸らされた。
彼女が纏っているのはベビードールだった――ブラのカップの下から垂れる、透け感のあるシフォンが胸下から腿に掛けてを隠しており、形状としてはチュニック丈のキャミソールワンピースに近い。しかしその心許ない薄さの生地の奥にくびれた腰の輪郭が伺える。ブラの後ろはホックではなく背中でリボンを結ばれているだけで、ショーツの横も同じく紐を蝶々結びにされただけ。解けばすぐにひん剥いてしまえる。

「なまえは下着に執着ないのかと思ってたんだけど……。もしかして僕のため?」
「み、見ちゃ駄目……っ」
「なんで隠すの。見せてくれ、僕のためなんだろう」
「ん……」

こちらの視線から逃れるべく躰を横に捻っていたなまえだが、僕の言葉にはすぐに従ってくれ、腰の後ろに手をつくと、その身を差し出すように見せてくれる。その様はさながら狼の前の無力な赤ずきんだ。僕はなまえの手を引いて、あぐらをかいた自分の膝の前に座らせる。
シフォンの下ですりすりと擦り合わされる腿や、寄せられて強調された胸に欲情を禁じえない。軽く絞られてフリルのようになっている裾から手を忍び込ませ、膝から腿の付け根まで撫であげていくと、よりきゅっと膝を閉じられた。彼女が守ろうとしている箇所に触れるのはあとだ。ショーツの横の、躰に結びつけてある紐をくるくると指で弄ぶと、なまえはきつく眼を瞑った。もったいぶるようにほどく素振りを演じた後、結局紐は引かずに腰や脇に手を這わす。まるでそこが性感帯であるかのようにぴくぴく震えるなまえは、ショーツの紐をほどかれなかったことに安堵する一方で、どこか物足りなさそうな眼をしていた。
体の中央で割れるよう切込みが入っているらしいシフォンは、臍の上で2つに分かたれて腹を曝け出す。直に見る腹部にも欲が募る。

「何着か買ったから……」
「楽しみにしてる。早く全部見たい」
「あのね、本当は買う前に聞きたかったんだけど、零君は何色好き?」
「忙しかったしな……でもお陰ですごいサプライズになったよ。色は、そうだな、自分で着るなら好きな色はないこともないけど、なまえが着てくれるなら何色でもいい――というか、全部見たい。色んなの着せたいな」

なまえが買ったというものを全部見て堪能したら、そのあとは僕から贈るのもいいだろう。夜のほんのいっときのためだけに、脱がせるだけの下着を贈るとは卑猥だ。彼女が好味に合致する、けれどもやや手を伸ばしづらい値段のものや、似合わないと言ってあまり選ばなそうな色のものを着せるのもいいだろうし、過激なデザインのものを着せて恥じらう顔や、不本意ながら恥ずかしい格好を迫られる姿を堪能するのも悪くはない。

「もっとえっちなのも買ったから、今度着るね。まだ恥ずかしくて」
「っ、そ、そうか」

熱風を正面から浴びたように顔が熱くなった。
ブラは乱さずにカップだけずらして胸を露出させる。揉みながら人差し指と中指の間に乳首を挟んで、すり、と二本の指の間で刺激を加えた。彼女がちいさく喉を震わせて悲鳴にもならない吐息を零す。
なだらかな膨らみにも、鎖骨にもキスをして、痕を残していると、震える細腕によって頭をかき抱かれた。図らずもその胸に顔を埋めることになり、彼女の心音の高鳴りを知る。すう、という息遣いから頭や首筋の匂いを嗅がれていることがわかって、深くにも僕は恥ずかしくなった。

「そろそろ触って欲しいんだけど、いい?」
「う、うん」

そうしてくれと頼む前になまえは僕のスウェットの腰に手を差し入れ、下にずらしてくれた。この前脱がせてほしいと言ったことを覚えていてくれたのだろう。

「今日は上も脱がせて欲しい」
「わかった。万歳して、零君」

彼女の手を借りて上裸になり、下も完全に脱ぎ捨てる。仄かに立ち上がりつつある自身にこんなサプライズを仕掛けられれば仕方がないと弁解しつつ、スキンを手元に用意する。

「入れないのに避妊するの?」

正方形の包みの中身は彼女も察するところだったらしく、どうして、と疑問を口にした。

「汚さないし拭かなくても済むから、自慰にも使う奴はいるよ」
「へぇ、色んな人がいるんだね」
「それにいきなり素手で触らせるのも悪いだろ」
「ちょっと助かるかも。気使ってくれたんだね」
「今度付け方教えてやるよ」
「あ、ありがとう?」

ことんと首を傾けてぎこちなく礼を言うなまえに笑ってしまった。
ぶっつけ本番には抵抗と不安があったため、一度試しに装着していたのだが、そのお陰か膜をそれに被せる上では苦労はしなかった。こういうときばかりは自分の器量の良さに感謝する。準備を整えると僕はなまえの方を見た。

「触って」
「……っ、うん」

どうしたって声にも眼差しにも期待という名の欲が滲んでしまう。
セックスのためだけに、男を煽るための格好をした彼女に、今から自分のいきり立つそれを握らせるのだ。彼女で興奮した自身を彼女に扱かせ、どれだけ自分が彼女に欲情しているかを見せつける……興奮しないわけがない。
なまえの人差し指が、膜の裏で先走りに濡れた先端にちょんと触れてから、すう、と幹を伝って下りていった。僕が吐息を漏らすのを彼女はまじまじと見ていた。根本までなぞった指が本数を増やして竿を包み込む。

「零君……痛くない……?」
「あ、あぁ……ちょっと、弱いな。もっと強くていいよ」

彼女のそれではもどかしさが雪のように降り積もるばかりで快感には満たない。もっと強く扱いて、亀頭に爪を立てて、裏筋をなぞってほしいのに、無垢で小さなその手は握る力加減をほんの少し強めるだけだ。それでも興奮が掻き立てられるのは、腰が重くなるのは、彼女に触れられているという事実が一番の劇薬であるからだった。

「わ、ぴくって」
「っ、言わなくていい。……ごめん、それじゃあいけない。触るよ」
「えっ」

彼女の手の甲に自分の掌を重ね、その手ごと自慰を始めた。彼女の撫で方よりもずっとはやく上下に扱いて、強弱を変えて、緩急もつけて、ひとりきりの折のように夢中で悦楽を追っていく。自分以外の手がそこに触れているだけで過敏になっていた。

「え、あっ、あ……い、痛くない、のっ? これ、ちから、強いんじゃっ」
「んっ……っ」
「れ、零君っ、ねぇ! 怖いよっ、握りつぶしそう……っ」
「きもちい、から、緩めなくていい」
「ほ、ほんとに? 大丈夫なの?」
「大丈夫って言ってるだろ。っていうか、さっきから言葉責めみたいだな。もしかして僕にえっちなこと言わせようとしてる?」
「そんなつもりじゃ!」
「わかってる。でもそう感じるなって話だ」

力任せになまえを抱き寄せて、自分によりかからせるとその首筋が放つ香りを肺いっぱいに取り込んだ。

「ひゃ、匂い嗅いじゃやだぁ……」
「それは聞けないな。さっき自分も嗅いでたんだから、お互い様だ」

それでも逃げずにされるがままでいてくれる彼女の香りに包まれながら、僕はなまえの掌にペニスを擦り当て、自身を高めていく。
矢庭に彼女の表情を伺うと、潤んだ双眸と紅潮した頬、極めつけの荒いだ呼吸が意に止まり、ぞくりと背筋に震えが走る。僕がなまえに欲情するように、彼女もまた僕の痴態に感じ入るものがあったということだ。
なまえが、あのなまえが、僕のものを握らせられながら、息を乱している。無意識なのだろうか、閉じた内腿を擦り合わせ、その奥の性器を刺激している。僕の自慰を見て、僕の性器に触れて……嫌悪どころかその逆の衝動に走っている。

「なまえ、キスして。えっちなやつ」
「んっ、れいくん……」

ねだれば彼女自ら唇を重ね、舌を絡めてきてくれた。ちゅぷ、とだらしのない唾液の音が奏でられる。キスは彼女に任せ、甘えてくる舌に受け答えをするにとどめながら、僕は自慰に励む手を急がせる。スパートをかけるように、彼女の手に重ねた手を激しく動かして、自分の快楽を追い求めていく。ぐり、と敏感な切っ先をその男を知らない指に押しつぶさせて――。
キスの合間に漏れる吐息がどちらのものなのかもわからないほどにとろけあう中、やがて限界を迎えた。膜の中でどくりと脈打ったことに、彼女も気づいただろうか。

「は、……っ」

僕は遊離させたくちびるで、大袈裟に溜息を漏らす。スキンの先を幽かに膨らませる白濁の液に、困惑とはにかみと恥じらいで瞳を染めたなまえが僕に抱きついてきた。
ベビードールのリボンが結ばれた背中を撫でながら、ああ、ほどきたい、などと漠然と思う。

「――いつもよりきもちよかった」

すぐそばにある可愛らしい耳朶に唇を寄せ、そんなことを囁く。

「ほんと? よかった……」

はにかみを残しながらもふにゃりと破顔する彼女の視界の外で、手早くスキンを取り外すと、僕は。

「じゃあ次はなまえの番だな」
「えっ……、ひゃっ……!」

しゅる、と無防備な背中の上の結び目を解いた。背中側のシフォンベールも真ん中で割れているらしく、リボンと一緒になってくたりと肌を滑り落ちていく。突然のことに驚いて躰を引き剥がしたなまえはマットレスの上で膝立ちなっており、それゆえに脱げかけたベビードールから見える胸を僕に見せることになった。肌から浮いた下着から零れた胸がありのままの形で曝け出される。
膝立ちのままこちらに進んできた彼女は、シフォンの裾を指で摘み、自らめくりあげてくれる。いっそ哀れなまでに紅色に染まった顔は泣いているにも等しいのに、見て、さわって、といじらしくも僕を誘うのだ。
カップの下部の隙間から手を滑り込ませて胸を触ると、掌の中央にぷっくりと存在を示す乳首の気配がある。ずりあげて着せたまま恥ずかしいところだけを晒させる手もあったけれど、はやくまたこの子の生まれたままの姿が見たかった。

「勿体ないけど脱がせていいかな」
「好きにしていいんだよ……? 零君のためのだから……」

――その言葉でまた勃ちそうだ……。反則だろう。
肩のストラップを外してやれば、背中のリボンを解かれてぶらさがっているだけだったベビードールはすとんと落ちる。残すところはショーツだけ。
恥ずかしそうに身を捩るなまえだが、露わの胸を隠そうとはしない。この前僕が隠さないでと言ったことをまだ覚えているのだ。
縮こまる肩と寄せられた腕によって双丘はその谷間を強調させられており、酷く扇状的な様相であることには気づいていないらしい。
僕はなまえを自分の膝の上に座らせると、胸のやわはだに顔を埋めた。苺飴でも舐めるように乳首の上にちろちろと舌を往復させる。ころりと飴玉のように硬さを持ち始めるそれを舌先で転がし、前歯の先を軽く当てて甘く噛んだ。
きゅんきゅん鳴く子犬のようにあまく息を詰まらせるなまえは、嫌がる素振りは見せず、むしろ僕の頭を抱きしめるようにして――自由になった両手をどうしたら良いのかわからない様子で、僕の旋毛に添えたのである――胸を押し付けてくる始末だ。
僕はなまえの両脚の間に割り込ませていた太腿で、ショーツの奥をぐっと押し上げてみる。

「ひゃあっ」

薄い生地で作られたクロッチは湿っており、彼女の悲鳴にぬち、という水音が重ねられる。反射的に力んだらしい彼女の腿が閉じるが、それによって僕の膝をより押し当てる結果となる。僕は貧乏ゆすりをするように軽く脚を揺らし、すりすりとそこをゆるく追い立ててみる。

「れーくん……」
「んー?」
「えっ、あ……それ、すき、かも……。わ……わかんない、けど、なんか……あっ」
「へえ、性器の中よりも外の方が気持ちいいのか。不思議だな。下着に擦れたり洗う時に触れる機会が多いから慣れているのか……? となると膣よりもクリトリスと周辺の方が感じやすい可能性もあるな……」
「は、恥ずかしいこと言わないで……やぁっ……」

なまえは雑踏の中で親を見つけた迷子の子供のように僕の首に縋りついてくる――今君がしがみついている男こそが、今まさに君を困らせている張本人なのだけれど。
しかしながら膝では力加減が乱暴になる。僕はなまえを抱き返す腕とは反対の手を彼女の腿の狭間に滑り込ませ、ショーツ越しに恥丘を何度もなぞった。すれば僕に縋る彼女の抱擁は強まるばかり。自分で彼女を追い詰めながら彼女に僕を求めさせ、縋らせた。
ショーツの薄い生地とはいえ、布の上からであるし、手つきだって先程自らのペニスをこすりあげていた折とは比べ物にならないほどに生易しい。こんな刺激とも呼べない触れ合いですらいっぱいいっぱいになっているなまえは、自分とは違う生息域の、得体のしれない繊細な生き物に見えた。キスだけで満ち足りた顔をする、こんな彼女を僕の硬いもので貫いたら、どうなってしまうのだろう。痛みと衝撃で殺めてしまいやしないだろうか……。
不慣れな彼女はこれで満足なのかもしれないが、こんな撫で擦るだけの刺激では絶頂に達せられるはずもない。

「ふ……ぅっ、ん……」
「よしよし、大丈夫だ。ほら、きもちいな」
「れいくっ……」

ぐっしょりと濡れたクロッチが次第に割れ目に食い込んでいき、押し出される左右の丘に直に指が擦れた。重点的に触れているところほど敏感でもないだろうに、なまえの腰がびくんっと跳ねるのは、性感ではなく肌と肌が触れたことへの驚きだろうか。
クロッチの淵に指先を第一関節ほどまで埋め、そのままつうっと布の淵をなぞり、腰の横の紐まで辿り着く。愛らしい結び目と肌の間を指で何度も行き来して、言外に解きたいという意図と告げた。ぎゅう、とより強く抱きついてくるなまえの背をぽふぽふとあやしつつ、僕はそのよるべとするにはあまりに脆い結び目を解いたのだった。
ぴら、と隠すものが滑り落ち、秘部が半分ほど露出する。間を置かずにもう一方もほどけば、しとどに濡れたショーツが彼女に跨がれている僕の腿に落ちた。愛液を吸ったクロッチが肌に張り付き、ひやりとした感覚。

「今日は最後までしてくれる……?」
「いや……まだ駄目だ。最低限なまえが気持ちよくなれるようになってからだとして。あとは、指が3本は入るようになってからが理想だな」
「今気持ちよかったよ?」
「オーガズムってわかるか?」
「わかるけど、なったことない」
「それができるか……、できなくても、中を触られて気持ち良くなれたら、だな」

ぽふりとなまえを枕に押し倒しながら言う。すると彼女の視線が下に向いた。ちょうど僕の下肢である――そこは収めたはずの熱をぶり返していた。

「ほんとに入るのか不安になっちゃう」
「嗚呼、それについてだが、僕は特別心配してないな。胎児の頭が通るわけだから、身体構造上入ることは入るはずだろう?」
「冷静なの怖い! 心配してよ! おっきいんだから!」
「してるからこんなに手間かけてるんだよ」
「うぅ、ありがとう」

おおよそ初夜は一晩で終えるもので、処女は朝日が登る前には散らされているものだろう。それに何日も時間を注ぐつもりでいるのだ、気の長いほうだ。
気にするな、と僕は笑ってなまえの瞼に一滴の雫のようにキスを落とす。そしてベッドサイドに立てておいた筒状の容器に手を伸ばした。くるくると蓋を開けているとなまえが不思議そうにこちらを見てくる。

「これ何?」
「ローション」
「使うと気持ちいいやつ?」
「そう。滑りが良くなるから多分痛みが減ると思う。あ、なぁ、これ、舐めてみて」

人差し指に水飴のようにとろりと垂らした液体を彼女の口に挿し込むと、舌先がぺろりと舐め取った。

「えっ。……あまい?」
「味ついてるんだよな」

舐めたり咥えたりすることに前向きになれるように施されている仕掛けなのだろう。
僕は利き手の親指以外の指の先にたっぷりとローションを纏わせて、それが人肌のぬるさを宿し始めた頃に、とろついた指で彼女の秘部を探った。本当は僕の手で濡らしてやりたかったが、彼女の苦痛と男の意地では天秤にもかけられない。尤も、触れたそこは先程愛でた甲斐もあってそれなりに潤んでいるようだったが……まあ保険というやつだ。

「つめたっ」
「ん、ごめん。まだ冷たかったか。ここ、熱いもんな……」

粘膜との温度差で余計にそう感じるのやもしれない。そういうつもりで言ったのだが、なまえは顔を赤らめてしまった。
なまえの秘裂はまさしく蜜の壺と称するに相応しいほどに濡れていた。ローションの人造のとろみが奥からとめどなく滲む愛液と馴染むことで、温度が近しくなっていく。僕が指を動かす度にくちゅ、と音が鳴り、気泡がぽつぽつと生まれていた。
ぬかるんでこそいるもののきつさは相変わらずで、第一関節が見えなくなるまで進めるだけでもきゅう、と締め上げられる。抜き差しを繰り返して、彼女の表情を伺いながら窪みの淵を広げるように撫でて、また奥へ進めてみる。痛ましい声や反応はないが、こわばった躰はとても快楽を得ているようには見えない。

「どう? 痛い?」
「いたくなっ、けど……っ、違和感? みたいなの、強くて、怖い……」
「また舐めていい?」
「うえっ? 零君がやじゃないならいいけど……な、なんでそんなに舐めたいの?」
「なんでって。なんでだろうな」

はぐらかしたかったわけではないのだが、内情を表すにしっくりくる言葉が見つからなかったため、適当に切り上げて指を引き抜いたばかりの其処に顔を寄せる。
れろ……、と舌だけで割れ目を裂いて、左右に広げたそこを指で固定する。

「ん、あま……」

シロップのようなローションの味が舌先を刺す。
窪んだ性器そのものではなく周辺を優しく舐めて蜜を飲み下し、閉じ合わされた唇のようになっているところのやや上にある核を舐めた。

「わっ……れ、れいくんっ」
「やっぱりここのほうがいい?」
「ふゃっ……んっ、いい……す、すき」

胸を舐めるのと同じようにこりこりとした突起を舌で弄ぶ。

「ひゃ――あっ! だめっ、それ……だめぇっ、零君っ!」

なまえが鼻にかかったあでやかな声をあげると同時に、とぷ、と核の下の口もまた悲鳴のように蜜を流していた。くねる腰の下でシーツに皺が寄せられる。そうじゃないだろう、と叱るようにちらと彼女の顔を仰げば、視線がかちあった直後には「だめ」を「すき」と訂正してくれた。

「零君……っ、すきっ! んぁっ、すき……っ」
「んっ……なまえ、今みたいになった時とか、なりそうな時は『気持ちいい』って言ってごらん。そうしたら多分、もっときもちよくなれる――僕の酔いみたいにね」
「で、でも」
「駄目かな? その方が僕も嬉しいんだ。痛くないんだなってわかるし、何より感じてるところ可愛い。えっちで興奮する」
「わ、わかった。言うね」
「恥ずかしかったらさっきみたいに『好き』でも僕の名前でもいいから」
「ん……」

ここまで前回の教えをほとんど忠実に守ってくれている彼女なら多分照れも飲み下して新しい語彙を使ってくれるのだと思う。僕は再び陰核に舌を這わせる傍ら、ひくひく物欲しそうに蠢いている窪みにも指を差し入れてみた。
彼女がクリトリスで快楽を拾えているのはまず間違いない。そこを愛でる合間に性器の方にも同時に刺激を加え、神経を混線させてしまおうという考えだ。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い――ならぬ、屋烏の愛。屋烏は鴉を指し、強く誰かに恋い焦がれると、その人の住む家屋の屋根に止まる鴉ですら愛らしく思えてくる。
快楽とそうではないものを同時に提示することで、どちらもやがて快楽と認識するように条件づけしていく――餌の合図である鈴を鳴らすだけで涎を垂らすパブロフの犬に変えていく。
それに加えてクリトリスが齎す快楽に意識を縛られ、性器への違和も和らぐはずだ。

「ふっ、んぁ……っ、それ、すき、かもっ」
「かも?」
「零君、すき、すきっ! くすぐった、くて……、あっ、れいくんっ、きもち、ぃ……きもちいっ……!」

なまえの快楽の回線が混濁していく。膣の違和を核の快楽で濁されるうち、前者も快楽に置き換えられていく。

「どうしよ、ぁっ……、きもちい、よぉ……っ。な、なっちゃうっ、なっちゃってるっ。さっきみたいに、なっちゃ……っ、ふあっ、あぁっ、れいくんっ……!」
「なっていいよ。これ、続けてやるから。そうだ、大きい気持ちよさみたいなのが来そうな時は『いく』って言おうか」
「え? いく……っ? れいくん、いくっ!」

会話をする時は流石にそこから口を離したが、指でくるくると核の相手を続けてやる。
人語を覚えたての鸚鵡のように繰り返すなまえに笑みが溢れた。

「うん、いって。なまえ……お前がいくとこ僕に見せて?」

僕は彼女の陰部を口に含んで舌全体をべったりと押し当てたまま動かし、ちゅうちゅうと甘い蜜を吸う。そして最後に、なまえが一番悦ぶ場所を甘噛みした。

「んっ、ひゃぁっ! いっ、ちゃ……あぁっ、あ――っ!」

なまえは一際高い声で喘ぎ、びくっ、びくっ、と大仰に腰をうねらせたかと思うと、脱力してベッドに沈み込む。
彼女は、達したのだろうか。ぐったりと四肢を投げ出し、はふはふと必死に眼の前の酸素にかぶりつくように息をしながら、重く沈んだ虚ろな瞳で天井を仰いでいた。甲高く声を上げた瞬間、反り返る背筋とともにきつく丸められていたつま先は、いまやシーツの上にてぴくぴくと可哀想なほど小刻みに痙攣している。余韻を残してひくついているのは秘部も同じで、とろとろと蜜を零していた。外から塗りたくったものではない、彼女の奥から生じた純粋な体液だ。
自分が達したわけでもあるまいに、僕の心臓まで喧しい。僕は、ぐい、と自身の口元を濡らしている愛液とローションを手の甲で拭い、彼女の顔を覗き込んだ。

「お疲れ様。上手にいけたな」
「零君……」

冷めやらぬ熱の中で呆然としている双眸が、数度まばたきを弾けさせるうちにその瞳孔に僕の象を結んでいく。焦点が僕の顔に合わされていく。
汚れていない方の手を振り乱されてしまった髪に差し、そっと撫でると、彼女は子猫のようにうっとりと目を細めた。半開きの唇にどうにも誘われているような気がしてならず、衝動のまま口づけると、その細い喉が甘えるような声を漏らす。

「ふぁ……くち、あまい……」
「ふふ、買ってよかったな」

シロップめいたローションの味になまえが色っぽく紅潮した顔を幼げに綻ばせた。僕も、つられて笑う。
僕の頬を両手で包んできたなまえのために顔を寄せてやると、彼女の方からキスをしてくれた。まどろむようにとろけている彼女の呼吸を奪うことは酷だと思い、好きにさせてやる。ちゅ、ちゅ、と短いついばみのキスを繰り返し、僕の濡れた口元をぺろぺろと犬猫のように舐める。やがてその舌は僕の唇を割り開き、中に差し込まれるけれど、やはりその舌使いは子犬や子猫のそれで。
とても足りないけれど、かわいくて、愛おしい。熱を帯びる芯に蓋をする。
なまえはきっと、性欲を伴う抱擁よりも、ひたすらに慈しむような愛の囁きに幸福を覚えるのだろう。

「ちゅう好き。きもちい。れいくんすき、すきなの」
「あぁ、僕も好きだ――」

はにかみ屋の彼女がこうなるとは。快楽は酒のように人を酔わせるのか。
なまえに覆いかぶさるのはやめにして、隣に寝転ぶとそのまま彼女を抱き締めた。快感が氷塊のような緊張も溶かしてしまったのか、彼女の躰は不安になるほどくたりと弛緩しきっていて、ぬいぐるみのように腕の中に閉じ込めることができてしまう。汗が冷えるほどの時間も経過してはいないから、互いの火照った躰はぴとりと肌を合わせるとぽかぽかとあたたかく、じんわりと境界も馴染んで消えてしまいそうだ。彼女の艶めく肌への欲情を奥歯の間で噛み潰し、僕は耳の後ろや首筋をなぞるように唇を落としていく。痕が残る強さではなく、ただ皮膚を啄んだだけのそれは、しかし確実に赤い花びらを散らした。

なまえののぼせた頭が冴えてくると、用意しておいた汗拭きシートで彼女の躰を拭いてやる。総身の汗腺が働いたらしい上に、太腿や臀部には体液やらローションやらが伝っておりべとついていて、このまま寝かせるには忍びなかった。半ば腰砕けになっている彼女には動くなと命じて寝転んでいてもらい、手足の汚れを丁寧に拭っていく。

「女性は男性と違って何回でもオーガズムを感じられる……一回いったあとも続けて触ると、敏感になってて気持ちいいんだそうだ……。今日はしないけど、今度試してみような。僕もいっぱいいかせられるように頑張るから」
「そんなにしたら疲れちゃうよ」
「介抱してやるから」
「零君の世話焼き。ありがとうね、拭いてくれて」
「いくらでも焼きますよ、お嬢様。嗚呼、それともお姫様の方がいいかい」

やだもう、ときゃらきゃらと笑うなまえは花のように可憐だった。


2023/07/19
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