比翼のアルビノ

23.うまく傘を閉じられなくてごめんね

23.うまく傘を閉じられなくてごめんね
冷静とは言い難い頭を冷やすが如くシャワーを済ませ、リビングに戻ると、彼女はソファの上で膝を抱えて座っていた。折り曲げられて三角形を成した膝の上にちょこんと顎を乗せ、携帯端末をいじるでもなくテレビを見るでもなく、ぽうっとして僕を待っていてくれたらしい。
テーブルには先程飲みきらずに置いていったウィスキーがやや水嵩を増し、代わりに色を薄めて佇んでいる。緩やかに溶けた氷から、先刻彼女を抱くと宣言したことと今自分のいる現実とに連続性があることが確かめられ、少し安堵した。あまりにも夢のようなことだったから、真夜中に白昼夢を見ただの狐に化かされただのと言われても納得できてしまいそうだった。

「おまたせ」

僕はなまえの隣に腰を下した。

「零君……」
「好きだよ、なまえ」

口から零した言葉を辿るように、彼女の不安そうな瞳が僕を仰ぐ。頭を撫でてやるとその強張った面持ちが幽かに和らぐので、頬骨にキスを落とした。
続け様にその唇を指でなぞり、次はここを奪うと予告する。聡明な彼女は僕の意を汲んでこちらを見つめ、恥ずかしそうに唇を少し尖らせた。閉じていく貝殻のようにゆっくりと唇を合わせ、互いの表層的な温度を知ったところで離れる。そして、なんとはなしに、見つめあう。

「口、開けられるか」
「ん」

またもや――しかし今度は幾らかねっとりとした仕草で唇の端をなぞってやれば、なまえは小ぶりなそこを割り開いてくれた。隙間を作った自分の唇を押し当てると、舌を忍び込ませていく……。

「……っ」

咄嗟に身を引く彼女を抱き止めて、引っ込んだ舌を追いかけたくなったが、彼女が決心してくれることを信じて待つことを選ぶ。深追いはせずに唇を合わせたまま様子をうかがっていると、なまえの方からおずおずと舌を差し出してきた。待っていましたとばかりにそれを絡め取れば、瞼も肩も固く力ませていた彼女だったけれど、やがて受け入れるように身を委ねてくれる。
縋るように僕の服を握っていた拳から徐々に力が抜けてきたので、僕の首の後ろへ回すように促した。
盗み見たなまえの顔は仄かに朱を帯びて、眉は悩ましげに寄せられている。
抱き締めあってするキスは恐ろしく気持ちがいい。華奢な体躯をすっかり自分の腕の中に独占してしまうと、粘膜をすりあげられる都度、びく、びく、と跳ねたり震えたりしていることがよくわかる。
敢えて息継ぎをする隙間を与えながら、埋める余地などまだまだ幾らでもある不完全なキスを続けた。
そして僕は右手を彼女の服の中に入れていく。びくっと身体を震わせる彼女を落ち着かせるために、その背中に残していた左手でさすってやった。大人の営みに片足を突っ込みながら、まるで迷子の子供をあやすように優しい手つきだというのが滑稽だ。
ぷつぷつと釦を弾いてパジャマを脱がせ、キャミソールを捲りあげると、飾り気のない下着が現れる。わぁ、と胸の前で腕を組んで簡素なデザインのブラジャーを隠したなまえがぽそりと呟いた。

「み、見ちゃ駄目。下着かわいいの着てないから……」
「まぁ、急にこんな事になったし。大事なのは何着てるかじゃなくてなまえ本人だから」
「れいくんのえっち」
「はいはい。手、どけて?」

戦々恐々腕の防御を解いていく彼女に笑みが零れた。
下着の上からその膨らみを確かめるように乳房全体を撫で、谷間の近くにくちづける。口からも手からも柔らかな感触が伝わってきて、首をもたげ始めるもっと触りたいという衝動をかき消すように柔肌に強めに吸い付いた。

「んっ……」

キスマークを残すための吸い方をすると彼女は小さく声を上げ、顎を反らした。それが愛おしくてたまらない。
下着の留め具を探して白い肌に浮いた背骨を指で撫であげていくが、僕にしがみついている彼女の拳に皮膚が白くなるほど力が込められていることに気づき、一旦進めるのを中断する。
ちゅ、と目尻にキスをすると睫毛が奥に巻き込まれて見えなくなるほどきつく閉じられていた瞼が震え、情欲どころか緊張と不安だけを湛えた瞳が現れた。

「がちがちだな。君も、少し飲もうか」
「え?」

言うが早いか僕はテーブルに放置されていたグラスに手を伸ばす。琥珀色のウィスキーを軽く煽るときょとんとしているなまえの顎を掬い、酒を含んだ口でキスを仕掛けた。座高の違いにより作られた高低差は口移しで酒を飲ませるのに最適だった。

「か……っらいっ!」
「はは、大人の味ってやつさ」

なまえの胸に零れた琥珀色の雫を舌で舐め取りながら僕は笑った。
子供の拳ほどはあった氷塊は熱に削られ、ウィスキーを薄めていたが、不慣れな舌には十二分に強いのだろう。

「酔えば気にならなくなるよ、全部」
「顔真っ赤になるからやなのに」
「それがかわいいのに」

まず間違いなく彼女が飲まないロックのウィスキーはさぞや刺激的だったことだろう。ひいひいと音を上げる唇を連続で奪い、バーボンに染まった口腔を舌ですりあげてつまみ食いのように味を確かめる。とめどなく分泌される唾液をチェイサーに、歯を濡らしている琥珀色の一滴を楽しんだ。
なまえには苦く、僕だけが美味なキスを楽しんでから、いよいよ行為の本筋へと戻っていく。パジャマの下とキャミソールを脱がせ、ブラの留め具も爪の先で弾いてしまう。それらを全てソファの下へ捨てると、ショーツだけを残して半裸となったなまえが眼前に居た。なまえの裸はどこもかしこも真昼の月のように白く、色黒の自分には目が痛むほどに眩しい。
そこまで剥いてしまってからようやく明るすぎる部屋の照明に気が向いて、自分の不調法さに気づく。一般論だが女性は裸を明るみに晒したくはないものだろう、初夜や躰を重ねた回数が乏しいうちなら尚更。
――そういえば高校のときも電気消し忘れてたな……。なんなら風呂も……。馬鹿だろ、僕。
時を超えて反省する。

「電気、消そうか?」
「ううん。恥ずかしいけど顔見えない方が怖いから、いい」

担保された視野の元、彼女の躰を隅々まで堪能できるのは約得だが、理由が理由だけに少し怖気づきそうにもなっていた。
あの過ちのとき、僕を「先生」と呼び間違えた泣き声が耳の奥に蘇る。過去の幻影を呼び覚まさないように、僕自身が彼女の恐怖の象徴にならないようにうまく立ち回らなければならない。

「大丈夫、君に触れてるのは僕だから。怖くなったら誰にされているのか、確かめて」
「うん……」

睫毛を伏せたなまえが唇を引き結び、手で隠していた胸を僕の視線の先に晒していく。先程僕が隠そうとする彼女に手を避けてと言ったのを、律儀に守ってくれているのだ。
まろやかな輪郭を描く膨らみが双子の果実のように並んでそこに実っていて、彼女の身じろぎに瀕してふるりと揺れる。鎖骨の下は先程僕が残した赤い痕に彩られており、それが熱を滾らせる。

「優しく触ってね……?」
「勿論」

誰にも穢されていない新雪ほど踏み荒らしたくなるものだろうが、極めて行儀よく触れた。自分の中での無垢の象徴だった彼女が、僕のために半裸で眼前に居て、気圧されそうな弱気と、早く暴きたいという雄のさがが交互に顔を出している。
ソファの上、腰よりもやや後ろに手をついた彼女は赤い顔を伏せて視線がかち合わないように努めていたが、少しだけ背筋を反り返らせるような座り方は触ってほしそうに胸を突き出すことになるので、表情と態度がそぐわない。
両手で双丘を包み込んだ瞬間、なまえが顔を背けた。羽のように触れただけで、性感帯にも手を伸ばしていないというのに、いっぱいいっぱいになって肩を震わせている。まじないのように横顔や首筋にキスを施しつつ、自分にない柔らかさを求めるように揉んでみると、指の動きに合わせて形を変えていく。脂質の中に僕の浅黒い指が沈むことで彼女の色の白さがより際立った。
そんな折、ソファにつかれた腕がぷるぷると震えているのが見える。

「悪い、気が利かなかったな。ベッド、行こうか……横になった方が楽だろ?」
「う、うん」

ようやく僕のことを見てくれたその瞳にふっと微笑むと、そのまま彼女を抱き上げた。

「わっ、下ろして!」
「もっとしがみついてくれ」

2人同時にちぐはぐな欲求をぶつけ合った結果、折れたなまえが僕の首にぎゅっと腕を回す。
僕の部屋までやってくると、明かりを灯して、彼女の部屋のものよりも大きなベッドになまえを座らせる。
僕らは一般的な恋愛結婚と呼べる形では結ばれておらず、子を成す行為に及ぶ覚悟も、今日こんなことにならなければ一生固まらなかったかもしれない妙な夫婦だ。ゆえにこの家の寝室は別々で、一緒に寝たいときには僕の部屋に彼女が尋ねてくる、というのが二人の間の決まり事だった。話の流れで彼女の方から私の部屋で一緒に寝ようと誘われることがあっても、ベッドの狭さを理由に断っている。彼女の城には不可侵でありたかったのだ――配慮の意味も込めて。彼女が厭う男の香りを、例え自分のものでも、そこに残したくはなかったから。

マットレスに膝を沈めて自分もベッドに乗り上げる。裸でちょこんと座っている彼女の肩を、とんっ、と軽く押し、枕に寝転ぶように促した。
ひとりで、時にふたりで眠るベッドに、裸の彼女を転がしている。生活感の強い家具に、扇状的な姿のなまえという非日常が乗っかって、ますます欲情を募らせる。この先ただ眠るだけで思い出してしまうのだろうか。
なまえの乳房全体を下から掬い上げるようにして揉んでみる。柔らかな脂質に指先が沈み込む感覚が、眼前の光景が夢ではなく真であることを実感させてくれた。
途中で揉むよりも触れるか触れないかの力加減で撫でてやる方が、そしてキスを沢山してやる方が彼女の吐息が甘くなることに気付いて、動きを指の腹で撫でるものに変えた。ちゅ、ちゅ、と唇を押し当てながら乳輪のうえに指で円を描いていくと、次第に中心が隆起してくるのでそちらにも触れてみる。

「乳首、どう?」
「わ、わかんないけどくすぐったい、かも」
「まぁ最初から感じるわけもないか……。痛くない?」
「それは大丈夫」
「そういえば高校の時も裸見て胸触るだけならあまり嫌がってはいなかったな……。これだけなら平気なのかな? 怖くないか?」
「ん、っ……こわく、ないっ、けどっ……恥ずかしい……っ」

すりすりと指先を擦り付けると、弾かれた突起が頭を揺らしている。乳首すらかわいいと思えてきていよいよ自分は馬鹿になったのではないかと頭の片隅で考えた。
擦るだけでなく指と指で弱く挟んだりもしていると、恥ずかしいよ、と呟いてなまえは顔を手で覆ってしまう。

「なまえ、顔隠すな。僕のことを見て。その方が怖くないよ」
「ん、れいくん……」
「ほら、ここにいる」

見て――、とひとこと言い置いて、僕は胸の先端に舌を這わせた。手の目隠しをやめてくれた彼女の視線をこちらへと呼んで、見せつけるように乳首を舌先で弄ぶ。

「ぁ……っ」

ぺろぺろと親愛を示す犬みたいにそれを舐めて、唇で甘噛をする。舌先でつつきながら軽く吸うと、彼女は蕩けかけていた目を僅かに開いて艶やかな悲鳴を漏らした。自分のもとでびくびくと揺れる肢体に、甘苦い支配欲を覚えてしまう。僕はこの欲を飼い殺せるのだろうか。
もう片方の胸も寂しくないように指でくすぐってやり、恥じらう余裕も潰していく。しばらく胸への愛撫を続けていると、彼女のちからの抜けた手が僕の髪をそろりと撫ぜてきたのがわかった。目線を上げると、物欲しそうな眼で見られたので勢い任せにその唇を奪った。片胸を指でくすぐり回しながら、彼女の舌をねぶる。同時にしているせいでどちらも疎かになり、少し乱雑なキスになってしまった。
ゆっくりと顔を離すと、僕の唾液か彼女の唾液かわからないものが糸を引いた。それが切れる前にもう一度小鳥のようなキスをする。

「零君絶対慣れてる……」
「なに、妬いてるのか? 慣れてるわけないだろ。なまえ以外に興味なかったんだから」

君に負けず劣らず、僕だっていっぱいいっぱいだよ――今この瞬間も。
僕の下半身はじんじんと痛いくらいに熱を持て余していて、スウェットの中で窮屈そうに首をもたげていたが、生憎このあと己で密やかに慰めることは決まっている。唾液とともに欲を呑み込んで、抑えて。必死に噛み殺して凌いでいるのだから。
そんな僕になまえは眼を丸くした。

「えっ……れ、零君、初めてなの?」
「え? そうだけど」
「嘘、彼女、とか……」
「居たこと無かったろ。知ってるくせに」
「でも隠れて付き合ったりとか……!」
「ない」
「えっ、童貞!? その顔とスペックで!?」
「……。そうだけど? 何か? 問題でも?」
「ご、ごめん」

っていうかそこなのか。童貞で悪いのか。少なからず気にしていたことにずけずけと口を挟まれて、苛立ちから語気が強まってしまう。

「ヒロや君と遊んでれば楽しかったし、女の子は君にしか興味なかったし」
「でも……」
「恥ずかしいからあんまり何度も言わないでくれるか?」
「ご、ごめんね」

大学時代に淫靡な女に馬乗りになられたことはあったが突き飛ばして結果的に操を貫いてしまった。
というか高校の時、途中までとはいえ彼女の中に挿入したわけで。あの失敗を一回に数えるのなら彼女でとうに捨てていることになる。まあ、あれはあれで取り消したい出来事なので、妻となった彼女にこれから童貞を奪ってもらえるのならそれが一番の幸いなのだが……。

「下、触っていいかな」
「う、うん」
「大丈夫、最後まではしないから……」

くるくると臍の周囲に指で円を描いて、つう、とそのまま下へとなぞっていく。
一応彼女の様子を窺っていると、潤んだ瞳には怯えの色が滲んでいた。無理もない。
昔一度だけ彼女と身体を重ねたはずなのに、未だに緊張している自分がいる。むしろあの一件が最低な失態として自分の中で魚の小骨みたいに引っかかってしまっているから、今夜に緊張を持ち越しているのだろう。でもそれくらいでちょうどいいのかもしれない。硝子細工を愛でるような心持ちで触れるくらいが、きっとちょうどいい。

ショーツのクロッチの上から其処に触れると、彼女が膝を震わせる。クロッチが恥丘に貼り付いて、くっきりと縦の筋を浮かび上がらせていたので、そこが蜜を零していることがわかった。
隔てるものがあったほうが刺激も淡くなるだろうと、脱がせないまま宛てがった爪の先で、薄い布の上から割れ目をなぞっていく。と、彼女が腹に力を込めたために今まさに触れているそこがひくついた。なめかましい一瞬の痙攣に、ぶわ、と首の裏から汗が吹き出す。
ショーツを脱がせると、なまえは心許ないとばかりに腿を閉じようとするので、その間に手をついて阻んだ。先程クロッチの上から行ったことを繰り返すように、何にも守られていない割れ目に指を這わせる。
唇を噛み締めて耐え忍んでいたなまえだったが、愛液を流している口に指を触れさせた途端……。

「きゃぁ……っ!」

聞いたことないような上擦った声を上げたので、僕は驚いてそこから手を離した。するとそれに気付いたなまえが慌てて僕に視線を寄越す。

「やっ、ちがっ……零君、まだ平気、だから。大丈夫」
「いや、無理そうなら今日はここまでにしようか」
「そ、そんなとこ普通触らないから声出ちゃっただけ! 変な感じしたけど、痛くはなかったから」

恥ずかしい申告をさせてしまった。
慎重になりすぎていた自分がなんだか笑える。

「なまえ、紛らわしいから大丈夫な時は大丈夫って言うようにしようか。そうだな、“嫌”とか“駄目”の代わりに、“好き”とか……あとは僕の名前呼んでくれないか。気持ち良くなくても、僕の酔いみたいに言い聞かせているうちに本当になる――」

こくんと頷いたなまえが少し考える素振りをしたのち、口を開く。

「零君、好き。もっとして……」

飲み込みが早くて素直なのも考えものだ。いじらしさという名の、アッパーカットを受けるよりも重い衝撃に耐える。

「嗚呼、もっとしよう。優しくする」

今夜はどこまでいけるかもわからないが、なるべく快楽に近いところまで。
背中を屈めて臍の真下にキスをしてから、僕は改めて性器の入り口に指を近づけた。

「入れるよ」

恥丘までぺっとりと濡らしている愛液を指に纏い、窪みに沈める。指すらきつく絞り上げて締め出さんとするそこに、自分のものが入るとは到底思えない。第一関節を呑み込んで、第二関節が納まるまであとどれほどか、というところでゆったりとしたストロークではあるが抜き差しをしてみる。

「ひっ、い……っ」
「痛いか?」

指一本の質量などたかが知れている。それでも痛むとすれば、深く切り込んでやすりまでかけたはずの爪にまだ尖った箇所があったか、動く指による摩擦だろうが……。
僕の問いになまえはふるふると首を振って。

「わかんなっ……。痛くない、けど、怖い……っ」

消え入りそうな声でそう答えた。悲痛な顔は可哀想でならないが、そうやって発露してくれるだけでも成長だ。恐怖に染まった本心を隠して行為を推し進めようとされるよりはずっといい。
僕は前戯を中断してなまえを抱き締める。肩口にすり寄ってくれる頭をよしよしと撫でた。

「怖いのが消えるまでこうしてよう」
「ん……れいくん、すき」

洗われたばかりだというのにすっかり汗をかいた彼女の髪を撫でながら、今日はもうしまいだろうなどと考えていたが、意外にも彼女は続きを望む。もう平気だと言うので再び指を挿入すると、意気込みに躰と本能がついてこないのかやはり辛そうな顔をされてしまった。

「まだ続ける気はある?」
「う、うん。したい」
「なら口でした方が痛くないかもな……」
「え、くち? え? やだうそ何やってるの零君っ!?」

呟くや否や僕はなまえの脚の間に鼻先を寄せた。なまえの驚愕がありありと感じられる悲鳴が聞こえてくる。構わずぺろりと恥丘の谷間に舌を這わせ、愛液を舐め取った。

「なんでそんなとこっ、んぁっ!? やらぁっ! 汚っ、から……っ」
「痛かったら……いや、指より痛くはないと思うけど、強かったら言えよ」

暴れる脚はくるぶしをやわく掴んで封じてしまう。

「れいくんっ、れいく……っ、ほんと、きたない、から……」
「僕がしたいんだ……なまえは嫌?」
「……はずかしい、だけ」

ならいいよね、と。れろり、割れ目を上下に往復させるように舌を動かすと、彼女の腰がくねる。逃げようとする腰を押さえつけながら目立たない陰核を知識と勘だけで探し当てると、今度は優しく吸い上げるように刺激していく。それはどれだけ触れても顔を出してくれないが、指の腹の下に確かにしこりめいたものが認められた。核を唇だけで挟み込むようにして甘噛みすると、彼女は一層大きな反応を見せる。

「ひゃ……っ! あっ、びりっ、て……! れい、くん……す、き……っ、んぁっ!」

こんなにも呼吸を乱しながらも僕との約束を果たしてくれるなまえが愛おしい。恥ずかしくてたまらなくて、未知の感覚に右も左もわからないだろうに、僕の名前を呼んで、好きだ好きだと繰り返してくれる。
何度も繰り返すうちに彼女の呼吸が荒くなり、秘裂からはどろりと粘っこい蜜が溢れてくるのでそちらも掬ってやらなければならない。唾液を纏った小さな肉の芽を指で愛でつつ、狭い窪みの入り口を舌で象った。挿入に拒否感があるのなら浅いところを丁寧に触れてやるのが一番だろう。ぴちゃ……とわざとらしく卑猥な水音を立てて、性器の浅瀬を舐め続ける。
気づけば彼女の脚は力をなくして暴れることも無くなっており、拘束も不要になっていた。淫らに開いたまま震える腿を腕に抱き込んでやりやすい格好にし、口淫を続けていると、膣のやや上に、小さな穴を認めた。

――嗚呼、これ尿道か。女性のってこんな風になってるんだ。

クリトリスの裏側に位置するそれを、尖らせた舌先で優しくノックするように刺激を与えると、「ひゃあっ!」と短くなまえが喘ぐ。
なまえ自身は恥ずかしくてたまらないはずなのに、浮き上がる腰はもっともっとと快楽に従順になって僕に続きをせがんでいた。制止の言葉が投げかけられない限りはより本能的な躰の声に耳を貸すこととして、陰核を中心にして円を描くようにして舐め回す。舌に載せた唾液と愛液の混じり合ったものをこくりと嚥下し、もっとこれで喉を潤してみたくなって、小ぶりな核ごと吸い上げる。

「きゃあっ!? つよっ、強いよぉ……っ!!」
「ん、ごめっ。かわいくてつい」
「うそばっか! 気持ち悪いでしょそんなとこ!」
「はは、なんでかなぁ、なまえだと思うとかわいく見える。俺、馬鹿になっちゃったのかな」

最後に一度だけ零れる愛液を舌で掬って、喉を通した。唇どころかその周辺の笑窪や鼻頭にまで着いた愛液を指先で拭い、ちゅぱ、とついでに指を濡らすそれも舐め取ってみると、なまえが泣きそうな声でやめてよ……と言った。

「今日はこれくらいでやめておこうか」
「……本当に最後までしないの?」

子鹿のように首を傾げて科を作る仕草はもっとしたいとも言っているように取れる。果たして打算があるのかないのか。せっかくこちらは耐えようとしているのだから男を誘うようなかわいらしい所作は慎んでほしいところだが。
汚れていない方の手で枕に埋もれている彼女の頭を撫でると、子猫のように目を細める。

「今日最後までしても気持ちよくなるのは僕だけだよ」
「それでいいのに」

――またこいつは。
平気でお互いの古傷を抉るようなことをのたまう。

「よくない。僕だけいい思いして、君は痛いのも怖いのも我慢してって……僕が一番君にしたくないことだ。僕はあの男みたいになりたくない。好きだ、なまえ。大事にさせて欲しい。だからなまえもちゃんと自分のこと大事にしてくれ」

シーツの上に落っこちていた彼女の手を取ると、そのたった一つの祈りを希うように彼女の薬指にくちづける。

「高校の時、君、自分がなんて言ったか覚えてるか? 『降谷君なら、いいよ。これ以上のことしても』『えっちしてもいいよ』って言ったんだぞ。一言一句覚えてる。あれを信じたこと、すごく後悔した」
「ごめんね……迷惑かけたよね」
「そこじゃない。強がりだって見抜いて止めるべきだった。君の怖がることをした自分が本当に許せない。ごめんね、あの時の僕は最低だったよ……自分の信じたい言葉を選んで信じた。君の本質なんて見てなかったんだ」
「……私、零君になら何されてもいいけどな」
「だからそういうのをやめろと言ってるんですがー?」

しおきとして、また深刻になりすぎた空気を中和するため、彼女の脇や脾腹をこしょこしょとくすぐり回すと、きゃあきゃあ言って躰をくねらせた。

「約束しよう。あの時みたいなのはなしだ。嫌な時は嫌って言うこと。僕を酷い男にしないでくれ」

頷く彼女が、約束を交わしたからといって明日から己を大切にしてくれるとは思えない。彼女が我が身を全て僕に捧げようとしてくれるのは、きっと必ずしも僕への信愛からだけではない。どれくらいの比率かは不明瞭だが、後遺症の文脈も多かれ少なかれ含まれるだろう。
――“再演”……リエナクトメント。
自分のからだの支配権を他者に剥奪された経験を紛らわせるために、そしてそれを塗り替えるために、敢えて自分で自分を痛めつけようと似たようなことを反復する。被災した児童が地震ごっこや津波ごっこといった不謹慎な遊びを始めてしまうのと同じ心理だ。

「思い出すなら僕を見て。怖いならちゃんと言って。辛いのならやめよう。僕は中断されたくらいで怒りはしないし嫌いにもならない。辛かったことを誤魔化すために余計自分に辛く当たっても根本的な解決にはならない。僕はお前にセックスを介して自傷行為をさせる気も、それを手伝う気もないんだから」

高校時代のように彼女の自傷行為や自己破壊に加担したくない。
恐怖で濁っていない、愛に富んだことをしたい。

「このままここで寝るか?」
「ん、一緒寝たい」
「わかった。トイレ行ってからシーツ変えるから、少し待ってて。あー……、その前に着替えと汗拭くやつもか。持ってくるからそこにいてくれ」

裸のなまえをベッドにおいて、ほとんど着衣を乱していない自分はそのまま必要なものを取りに自室をあとにしようとした。しかし、彼女がつま先でシーツを引っ掻く音が鳴り響いた次の瞬間、ベッドから浮かせかけた僕の腰を後ろから抱き止められている。マットレスの上に膝立ちをした彼女が背後から僕を抱擁し、この場に縫い止めてしまった。その気になれば振り切れるのに、柔らかな肌が持つ魔力がそれを許さない。背中に押し付けられた胸の膨らみがきゅうと二人の間で潰れている。高められるだけ高められておいて禄に触れることもしなかった性器が、一滴涎を垂らした。

「離してくれないか? 色々持って来ないと」

澄ました声を取り繕って頼んでみるが、彼女はそれには答えず問いかけてくる。

「ねぇ、間違ってたらごめんなんだけど、トイレ行くのって、それ、するため?」

それ。とぼけて押し通せるほどお互い子供ではない。彼女の言う「それ」は内側からズボンの布を突き上げて、先刻から存在を主張し続けている。隠すまでもなく、もう彼女の眼を誤魔化すことはできないだろう。

「そうだよ。すぐ収めてくるから……いい子で待っててくれ」
「あの、手伝お……っか……? わたしにしてくれたみたいに」
「……っ」

判断ができない。甘すぎる誘惑。初日にそこまでやるべきじゃないとわかっているのに、決めていたのに、振り解けるものではなくて、傾いてしまいたくなる。

「れ、零君。うまくできるかわかんないけど、頑張るから」

腰を抱く腕がきゅうと力んだ。右手が腹の上を滑って降りていき、スウェットの上から怒張したそれを撫でられた。
――今触られるのはやばい。多分、すぐに出る。

「待っ……!」

ばっ、と勢いよくその手を奪ってやめさせると、なまえは今にも謝罪を口にしそうな驚いた顔をしたが、多分僕の燃えるような顔色に気付いたのだろう、すぐに彼女も伝染したように照れてしまった。

「は、恥ずかしかった……?」
「あ、当たり前だろう……」
「そっか、一緒だね」

くすりと微笑んではにかむなまえを見ていられなくなり、かきあげた前髪をくしゃりと握り潰しながら視線を反らす。

「手伝ってくれるのは今度でいい。僕のするところ見てて……? 大丈夫そうだったら、次、してくれたらいいから」

今ここに触れられてもキスをされても一瞬で達してしまいそうで、そんなみっともない様は見られたくない。男の矜持だ。それに触れる折の力加減を教えてやる余力もなく、本当に彼女の手を借りて短い自慰をするだけで終わってしまう。

「今日はしなくていいの?」
「今君に触られたら、それだけでいきそうなんだ。それはさすがに恥ずかしいだろう」
「それって射精しちゃうってこと?」
「そうなる、な」

直接的な語句に置き換えられて確認され、まるで言葉責めみたいだと思った。

「なんで射精するのが恥ずかしいの? それするためにするんだから気にしなくていいんじゃない?」
「お前わざとやってる?」
「わざとって?」
「……。射精するのは一つの目的だし、目処だとは思うけど、それ以外にもセックスってコミュニケーションの一環でもあると思うから、好き同士でするのに早々に切り上げたらなんか違うだろ。あと今断ったのは、せっかく触ってもらってるのにすぐに終わったら勿体無いし、格好もつかないって思ったから。あまりにすぐに射精する男は早漏と揶揄されて少し馬鹿にされる風潮があるんだよ。女性にも満足してもらえないだろう? 今の僕の心境はこんなところ。この説明でご満足頂けたかな?」

達者な口を生まれ持ったことに救われた。一般論と内情をないまぜにしたものをつらつらと雄弁に語り、恥を吹き飛ばす。話し手が堂々と語ってしまえば尻込みするのは聞き手の方で、なまえは「変なこと聞いてごめん」と項垂れた。

「ひとつ頼んでいいかな」
「いいよ」
「そうやって君はまたすぐ即答する。変なこと言うわけじゃないからいいけれど。……脱がせてほしいんだ」
「上も脱ぐ?」
「いや、下だけでいいよ」

トップスの上に一度だけ掛けられた手がボトムスの腰に差し込まれる。引き下ろしてくれる手に合わせて腰を浮かせれば、丸まったスウェットが腿に絡みつくので、膝を曲げてつまさきを抜いた。
晒されたボクサーパンツには一点の染みが滲んでいる。欲に先走って垂らした汚い涎だ。下着の奥に秘められた性の熱が股間をさりげなく膨らませ、布を張り詰めさせていた。布を突き上げている屹立に彼女がはっと息を呑んだのが僕の眼からもわかる。
彼女に対する欲情がかたちとなって可視化されている其処……心苦しさと羞恥と、その手で暴かれることへの卑猥な期待がアンビバレントに脳を交錯した。

極寒の地でかじかんでしまったかのように角ばった動きをする指は、可哀想なくらいに震えていた。覚束ない手つきで僕の下着を脱がそうとする彼女の髪をそっと撫でてやると、きつく眼を瞑った彼女は人思いにそれを下ろしてしまうのだった。
彼女としては不可抗力だろうが、ぼろ、と勢いよく取り出されてしまった屹立した肉は、酸素に触れて生き物のように弾む。
腿の付け根まで下着を下ろしたきり、物言わぬ彫刻になってしまっているなまえはきっと怯んでいる。

「平気か?」

成人男性の勃起したペニスなんて色魔でもなければ見ていて楽しいものではない。他の男のものを見かける機会もあるにはあるが同性でも直視は憚られる。赤黒く血管の浮いたあくどい見てくれは不快感を煽るものだし、天を向いてそそり立つ様は今まさにあなたに興奮していますと物語っているわけで。確かに面と向かって気持ち悪いと罵られでもすれば傷つくが、事実でしか無い。

「無理しなくてもいいんだぞ」
「でも、零君のだから」

頑張ってみたい、と尻すぼみになっていく声。へにゃり、とちからなく笑ういじらしさに酩酊した。正直――すごく来るものがある。そこにもうひとつ余分に心臓を宿しているかの如く、ペニスが波打つのがわかった。
中途半端に絡まっていたボクサーパンツを脱ぎ捨てると、つま先でシーツを引っ掻きながらその場で胡座をかく。
脚の間で存在感を強めている自身に手を添える折こそ胸に躊躇いを残していたが、いざ握り込んでしまえばずっと欲してやまなかった刺激にありつけた悦びでぶわりと血管が開いていく。眼前の彼女の存在は罪の意識として頭にあるのに次第にそこにも神経を避けなくなっていって、根元から先端にかけてを往復する都度、次第に勢いづいていく手と、伴ってあがる息と心拍。
見せつけるように自慰に耽る僕を前に、なまえは膝を抱えて縮こまり、わあっと顔を手で覆い隠す。指の隙間から覗く濡れた瞳は逸らされたり、こちらに向けられたり、忙しなく彷徨っており、それすら興奮材料になった。

「は、恥ずかしい……」
「だよな。僕もだ。けど、すごい興奮してるっ」

零君、と僕を呼ぶ蚊の鳴くような声が手の中それにより熱を持たせた。
かわいい。犯したい。抱き潰したい。本能に準じた断片的な欲求が頭に浮上しては、砕けて消える。
僕のものを全部入れて滅茶苦茶にかき回したい。自分の掌に彼女の胎の中を投影し、先走りで濡れたペニスを擦り付けるように腰をひねる。あの泣き声との区別の付かない嬌声をまた聞きたい。

「はぁっ……、やばい、でる……。なまえ、呼んで、僕のことっ」
「えっ? れ、零君?」
「んんっ!」

耳朶に吸い付くような彼女の声で限界に引き上げられた僕は、どぷ、と精子を噴いた。彼女の視線のある中で。
健やかな男である以上、それなりの頻度でしている一人遊びのはずなのに、酷く興奮していたためか、ティッシュを取るという発想すらすっぽりと頭から抜け落ちていた。手では受け止めきれなかった精液がシーツに垂れている。拭かなければと思う反面、倦怠感で呆然としてしまっていると、なまえがおずおずとティッシュペーパーを差し出してくれる。ありがとう、とばつの悪さの滲む声で述べて、掌とペニスを拭いた。
頭が冷えてくると、自分はどんな顔をして達したのだろう、とか、見られていたんだよな、とか、そもそもこんなところを見せてよかったのか、とか、様々な懸念が頭を駆け巡り始めた。

「……なまえは嫌じゃないのか。その、僕におかずにされて」
「び、びっくりはしてる」
「あはは、だろうな」

本当はずっと君を空想の中で犯して抜いていたと言ったらどんな顔をするのだろう。時効だとも思うが、念には念を押して口を噤むが。

「まだするの?」
「一回じゃ足りない」

再びペニスを握る僕に、なまえは肩身の狭そうな面持ちになる。
射精したことで硬さは和らいではいたが、中央にはまだ芯を残していた。軽く扱けば再び隆起する。

「なまえ。ここ、座って」

ぽんぽん、と胡座をかいた膝を叩けば、足取りこそ重いものの素直に彼女はそこに乗り上げてくれる。僕に寄りかからせる形で膝に座らせ、裸の彼女と密着し、熱も香りも神経を尖らせなくても感じられた。

「そう。で、腕、首に回して。何もしなくていいからそうしててくれ」
「なにも……?」
「今日のところは。あとこれ、持っててくれ。汚れるから」

着たままのトップスの裾を軽く捲り、それを彼女に握らせる。ペニスが上向きになる都合上、体液で汚れそうだし、今から脱ぐのも焦れったかった。
首に抱きつかせた腕の重みと、耳元で奏でられる息遣い、少し瞳を転がせば認められてしまう剥き出しの臍や乳房が、早くもペニスを剛直させる。左腕でなまえの腰を抱いたまま、右手を熱の主張に這わせた。

「……!」

間近では性器をいじるところを見ていられないのか、なまえが僕の首筋に顔を埋めてくる。それがより熱を膨張させるとも知らずに。
互いの呼吸を至近距離で聞いて、聞かせて。顔を隠してしまう彼女の耳を責め立てるように敢えてぐちゅぐちゅと水音を響かせ、手を速めていく。握ったまま、亀頭を親指でぐりぐり押し潰した。先走りでぬめる鈴口を擦り上げると、腰が跳ね上がるほどの快感に襲われる。どちらかが身をよじれば触れ合っている彼女と僕の上肢が擦れて、皮膚の上に甘い雷が走った。
しかしせっかく彼女を近くに呼びつけたのに、その彼女が顔も見せてくれないのでは寂しいというものだ。

「なまえ、なんか喋って」
「えっ……な、なにを?」
「なんでも。今日あったことでも、今の気持ちでも。声、聞かせてくれ」
「うう。い、いま、すっごい恥ずかしくて……」
「うん」
「みて、られなくて……。なんかもう、わかんない……。零君が私でそういうことするの意外で、なんか、わかんないけど、平気じゃないけど、すっごいばくばくして……困る」
「は、かわい……っ」

蜻蛉のように首を回すとすぐそこにあったなまえの耳たぶをはむりと食んだ。ひゃん、という掠れた悲鳴が僕のペニスを刺激する。
薄く目を開けたなまえが、ねえ、と僕に呼びかけた。

「……っ、なんかおっきくなってない?」
「そりゃあそういう状態だからな」
「そうだけど、じゃなくて。高校の時よりってこと」
「あー……そうだな……そうかも? 成長期だったし」
「零君としたいとは思うけど……そんな大きかったら入らない、かも」
「……――っ!」

やばい、出た。
ぶる、と寒気にも酷似したぞくぞくとしたものが背筋を這い上がって、それに打ちひしがれていると、握ったそれの先端で白が迸る。気づけば手の中に欲を吐き出していて、自分も単純な雄に過ぎないことを知らしめられる。
――い……まのは、やばかった。
なまえに煽る気が少しもないのは重々承知の上だが、だとしても危険な女だと思った。

「で、出た? 拭こっか?」
「あ、あぁ……」

どうやら恥ずかしがっているのは僕だけらしい――彼女の恥は行為そのものにしか向いておらず、早すぎた射精には疑問も抱いていないらしい――。それどころか僕が何に対して堪えきれなくなったのかもわかっていないようだ。
褐色の肌のうえに粘りのある白濁を広げた手を、ティッシュペーパーを持った彼女の手がそっと清めてくれる。その手がペニスにも伸ばされたとき、自分でやると言ってティッシュを奪った。

「あっ、嫌だった? ごめんね」
「いや、僕こそごめん。嫌なわけがないんだけど、今なまえに触られるのは……ちょっとまずい。また勃ちそうで」

なまえは言葉を飲んで黙りこくってしまった。
使い終えたティッシュを丸め、1度目の時に使ったものと一緒にベッド脇の屑籠に投げ入れる。その折、ティッシュの塊をしっかりとゴールに届かせるために体を捻ったのだが。

「あ……っ!」

膝に乗せたままにしていたなまえが色めいた声を上げた。
先程から腿、つまり彼女に乗られている箇所に濡れた感触を覚えていたが、やはりそうか。

「へえ?」
「……っ」

腰を引こうとする彼女を左腕だけでなく両の腕で捕縛し、うつむく顔を覗き込む。

「僕の自慰見て濡らしちゃったのか?」
「ご、ごめんなさ……ひゃっ」

膝を揺すって、ぐり、と今この瞬間も蜜を零している場所を刺激する。

「ごめんじゃないだろう。こういうときはなんて言うんだっけな」
「れ、零君、すき」
「そう、いい子だ」
「好きだけど、今日はしないって」
「そうだったな。撤回したいくらいだけど、言ったからには約束は守るよ。安心して」

代わりにその唇は貰うことにする。
優しいだけのいたいけなキスをして、腰を抱く手も束縛ではなく抱擁する力加減へと変えた。そうすると彼女の方から僕に身を寄せてくれる。

「なまえのこと気持ちよくしてやれなくてごめんな。本当は今日いかせてやりたかったんだけど」
「ん……いいの。ちゅうきもちいから好き」

おっとりとした口調で言ったなまえがねだるように唇を近づけてくるので、またキスをする。
多かれ少なかれ女性への加害性を含むセックスなんかよりも、きっと彼女はキスのほうが気持ちがいいのだろう。わかっていたはずのことなのに、今になってこの一歩が果たして進む価値のあったものだったのか、不安に苛まれてしまう。
この先一生こどもっぽい愛のやりとりだけして、そのまま同じ墓に入る道だってあったのに、枝葉のようにそれを手折ったからには戻れない。
なまえの額にキスを落とすと、「続きはまた次」と言ってその日はそのまま眠りに就いた。


2023/07/08
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