比翼のアルビノ

19.朝露に透ける創世

卒業後、僕となまえは入籍し、同居を始めた。
独身の男性警察官は、一部の例外を除いてそのほとんどが卒業後には赴任先の警察署の独身寮に入寮することとされているが、晴れて既婚者となった僕はそれを免除された。
そして間もなくして、僕がそこに在学していたという記録は綺麗さっぱり漂白された。在学時の成績もトップは伊達が常に独走していたという噂がどこからか流布され、物分りの良い連中が口に戸を立ててくれたことからそれもすぐに浸透する。

挙式の予定がないことを彼女側の両親は酷く残念がっていたが、お互い若い身空で少ないお金はなるべく生活費に当てたい、となんとか説き伏せて納得してもらう。
代わりにソロのフォトウェディングは少し奮発し、「僕は着れないから君が二人分着てくれ」と言って彼女のドレス姿と白無垢姿の両方を拝んだ。実のところ僕が見たかっただけなのだが。

「かわいい。綺麗だった。写真、肌身離さず持ち歩きたいくらいだ」
「それくらいいいのに」
「紛失して困るものは持ち歩けないさ」
「私も零君の儀礼服姿、また見たかったな」
「君、本当にあれ好きだな」
「かっこいいじゃない」

そして――くたびれた教会で白百合色の清楚なワンピースを着た彼女と、おろしたてのスーツを着た僕で密やかな結婚式に興じた。神父役は景光に頼んだ。
生涯の友人と、あとはきっと神様しか見ていない中、永遠を誓う。

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助っ……ごめん、舌噛んだ……」
「あはは、ヒロ君頑張れ〜」

スマートフォンで調べた誓いの言葉を大っぴらに視線でなぞっていたヒロだが、慣れない長台詞についに舌を縺れさせた。ただでさえカンニングしていて締まりが無いのに、大事な局面でこれとは。でもどうしてか破顔してしまう。
こほん、とヒロが咳払いする。

「続き行くよ? えー……これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
「ふふ、誓います」
「それじゃあ次は指輪の交換を……」

控えめな花の刺繍があしらわれたベールで顔を隠したなまえに、一歩歩み寄る。花嫁と言ったらこれでしょ、と気を利かせてヒロが用意してくれていたものだった。
お互いに懐から正方形のリングケースを取り出して、その蓋をぱかりと開ける。大きさの一回り違う、お揃いの指輪を持って向かい合う。
ペアで持つために男の僕でも持てるような装飾の控えめなデザインを選んだという意図もあるにはあるが、それにしたって一生の記念にするには安価な指輪だ。早くもっといいものを買ってやれるくらいの地位にならなければ、と。極めて出世欲があるわけでもなかったのに、自らの尻叩きをする。
なまえの左手を取り、その自分とは比べ物にならないくらいに華奢な骨の薬指に、指輪を通す。そして今度は僕自身の左手を彼女に預け、同じく薬指にきらやかなそれを嵌めさせた……。

「つ、次は誓いのキスだな……」

彼女のベールに手を伸ばしながら、どもりながら言ったヒロを見遣れば、震える声に見合うくらいに顔を赤らめている。

「こらこら神父さん。なんでお前が緊張してるんだよ、ヒロ」
「それはしょうがないだろ。緊張ぐらいするよ。もうオレのことはじゃがいもとでも思って。ほら、やっちゃって」
「全く、急にぐだついたなぁ……」

でもお陰で僕の緊張は埃を着込んだステンドグラスの遥か上まで吹き飛ばされた。
ままごとのような儀式だ、多少ぐだぐだな方が僕ららしいだろう。
再び血の通い始めた指で、中の彼女の表情を透かせる純白のベールを捲りあげる。隔てるものがなくなって初めて視線が結ばれると、なまえは可憐にはにかんだ。軽く顎を持ち上げてこちらを見つめる彼女の、その蜜を湛えたつつじの花のような唇に僕は引き寄せられていく。
触れるだけの一瞬のキスでも、脳の奥で幸せが弾けるようだった。

「結婚おめでとう!」

景光の声で我に返り、僕はなまえの肩に乗せていた手を離す。その手にも、彼女の手にも煌めく銀色。
吹き抜ける一陣の風が、外に生い茂る木々を揺らして、新緑の若葉を僕らの頭上に降り注がせた。花や米を降らせてくれる参列者もいない、閉じた秘密の結婚式の真似事だったけれど、それは祝福のように僕らの頭上を彩った。


2023/07/04
- ナノ -