短編

スニーカーでワルツを踊れ


若草に擬態した枝が踏み砕かれる。その音の音源へ視線を投げやれば、淡い空の髪色。渚の二つ結びに勿忘草の花を思い起こしたのは、校舎を隠す豊かな自然の中で私が何とは無しにサボタージュと洒落込んでいたからだ。

「嗚呼、よかった。ここにいてくれて。違ったら、見つけられていなかったかも」

微笑む渚もまた五時間目の授業を放り出してやって来たのだろうか。真面目な彼なら、私といつも通り出血のカルマ君の捜索を仰せつかりでもしたのかも知れない。丁度予鈴が鳴り終えた頃であろうし、その線だろう、なんて。解放感を求めて席を空けて来た癖に、意識は腹の器官の蠢き具合と時刻を照らし合わせたりと今尚時計の針に囚われ続けているのだから可笑しなものである。大した心得も無しに慣れない逃避を悪ぶってやってみるからだ。私には心底向いてはいない。

「……カルマ君ならここにはいないよ」
「みたいだね」
「行かなくていいの?」
「僕はなまえを迎えにきたんだよ」

差し出された手を取るけれど、私以上に華奢で蒼白な腕に全体重を引き上げて貰う気など毛頭無く、もう片方の手を地面に突いて自らも身体を押し上げた。
「行こう?」と手を引かれて導かれると、くるぶしを封じていた草の足枷が手品のようにぱかりと外れた。悪ぶってのさぼりでは、後ろ髪を引く惜しさも無く、するり、といつもの授業に戻れそうで。しかしそうなると気掛かりなのは彼の評価だ。

「ごめんね、渚もさぼり扱いになっちゃったかも」
「心当たりがあるから探して来ます、って断って来たから大丈夫。それになまえの評価が落ちるよりは全然いいよ」

そっか、と私は地面から浮かせた自分の爪先と、付着する泥を見つめて。

「本当を言うとね、そこまでさぼりたかったわけじゃなかったの。迎えにきてくれたらなぁって思っていたの。嬉しかった」

欲しかったのは優しさ。感じたかったのは優しさを構成し、また裏付けてもくれる手間と時間と歩行で消費されるカロリー。

「大丈夫。偶の神隠しなら僕が必ず見つけてあげる。でもあんまり遠くまでは攫われないでね」

大丈夫、の範囲からは出ないようにと自戒して。


2018/03/31

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