短編

メリーゴーラウンドは卒業しました


ついに堪えの限界が訪れ、「ふ、ぅ」と微かながら緩み切った悲鳴が溢れてしまう。嗚呼、もう本格的にだめです、これは。

「ふっ、ふふ、ぅ、……やめてっ、ルビー! くすぐったい」

ちょい、ちょちょい、とちょっかいをかけてくるルビーの悪戯指は、制止を聞き入れず、首や顎周辺を行ったり来たり。伸び始めの爪の先は傷を作れるほどの尖りを持たないものだから、時折肌に当たるとくすぐったさに拍車をかける。おまけに触れられている箇所が箇所。骨を覆う皮膚には余計な脂質が少し、僅かに、やや、載っている。顎周りの緩みという形ある失態を、私以上に私の躰の状態や、状態を保つ為のカロリーコントロールにうるさいルビーに嗅ぎつけられては大変厄介だ。耽美主義、そして完璧主義、それ故の管理したがり支配したがりという、危なげなルビーの思考を前にすればプライバシーもパーソナルスペースも有って無いようなもの。
先ほどより顎を反らしたり、背けたりをしながら必死に逃れようとは試みてはいるものの、形の良い指はどこまでも追いかけてくる。琴線に触れる事柄には一直線な、指の持ち主の人柄をよく反映した指だと思った。

「前は今ほど反応しなかったよね」
「そう、ね。平気だったから」

今度は顎をなぞるのではなく、掴まれた。ぐい、と随分と強引に視線の行く先を変えられて、紅瞳とかち合う。

「こういうところってさ、血管が集中していたり、太い血管が通っていたりするでしょう? だから急所でもあるんだ。くすぐったく感じてしまうのは、親しい間柄の人に急所を狙われて、混乱しているからなんだって」
「やだ、それで試してたの? そんなこと確かめなくったって、私、ちゃんと信頼してるわ」
「悪かったよ。でも確かめたかったのはそれじゃ無いんだ」

綺麗なお洋服を私に与えて、繊細なアクセサリーで私を飾って、肌の調子も胎内の状態までも整えて。普通ここまで支配下に置かれて仕舞えば逃げ出す気すら起きないもので、実際私もそうである。
それでもルビーに疑念が晴れ切らないのは、彼の思考の仕方に基づいているからどうしようもない。完全無欠と保証されなければ信用を置けない、零か百かの極端オール・オア・ナッシング脳。少しでも私が信用を欠けば途端に全てを疑いだす。
以前は反応しなかった、と。会話の初めに彼は言った。そうである。急所を無遠慮に触られても、狙われても、以前は何も感じなかった。

「ボクは昔のキミと再び会うのが何よりも怖い」

殺伐とした、自暴自棄な勇ましさだった、とルビーは喉から押し出したような声で語る。紅の双眸を通して出逢った私は彼が見た通り、そんな人間だったに違いない。他人に尽くしたがらなかったルビーでも瞬時に違和を覚えられたくらいの、正しく欠落人間。

「あんな死兵みたいな君は見たくは無いよ」

歩けば閃くレースとフリルの甘い服。鼈甲飴みたいに煌めいているハイヒールと、お揃いのルージュ。後ろ髪を引くのはそれら。戦わないで、立ち向かわないで、ボクに守られていて、って身に纏う物の全部が悲痛に訴えてくるのだもの。死ぬ気で戦うなんて事、華麗にドレスアップを遂げた私にはもう無理だ。やいばは尖りを亡くしている。


2017/12/13

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