短編

ありふれた絆に殺される


「でも、私、渚のこと好きなんだよ」

それは果たして自ら振った相手への適切な言葉であっただろうか。否、誰がどう受け取っても適切であるはずがない。
じゃあなんで振ったの、と問うて、それに応えられて、そうして言葉を重ねれば弥が上にも愛おしさは積もってしまう。満たされるのは刹那の事で、永遠とすら感じられる空虚がやがては襲い来るのだ。だけれど愚かな――彼女によって愚かな身にされた僕は、望んでしまう。刹那の快楽を求めてしまう。

「じゃあ、どうして。みょうじさん。どうして僕を振ったの」

悪魔と交える契約の如き愚行であり愚考である――永遠を代償とし、一瞬の何かを得るそれ、さながら。

「どうして――なんだろう。わからないよ。でも好きなの。それもどうしてか、わからない」

彼女の言い様からして僕に何か決定的な落ち度があったかのようだが、と僕は予想を立てていた。なのであれば、落ち度や欠点は塗り潰す覚悟である。それが不可能だと云うのなら、せめて彼女の好いた部分だけでも秀でたものになるように努めるだけ。……って、嗚呼、馬鹿らしさ全開じゃないか、我ながら。いけない。そんな期待は、いけないよ。だめなんだよ。本当に。こういうところが僕は駄目なのだ。彼女が僕を酷く苦しめるのも、そういうところだ。
彼女の言葉に散らばる、彼女の思考の破片を拾い集めて一喜一憂する僕が愚かなのか、はたまた思わせぶりな仕草を組み込み、言葉を選び、一挙一動に勘違を生む要素を濃く滲ませる彼女が魔性なのか。

「わからないけど、わからないなりにわかるところもあるんだよ。渚にはあんまり警戒しなくて済むところ、とか」

振った当人の眼前で、どうして振ったのかという考察を始める、生まれながらにして悪魔であったとしか考えられないみょうじさん。
例えば、女子に好かれる女子の多くはさばさばとした、イケメンな女子や、リーダーシップ漲るキャリアウーマン的女性だとみょうじさんは考えるらしい。それこそ、片岡さんみたいな。では男子に好かれる男子は、となれば……それは彼女自身が男子ではないから難しいところだそうだが、女子の時とは逆の女性的な男子というのも、まあ対とか小洒落た話なわけだが、でもあながち間違ってはいないと思うのだと云う。だって、見るからに華奢で非力そうな男の子には誰も敵視も警戒もしないでしょう? と首を傾げられ、僕は納得をした。実際見てくれだけで判断しなければならない状況に置いてはその通りであるし、自分もまたこの外見をコンプレックスとしながらも利用せざるを得ない局面では存分に利用している節がある。
敵意は無い、しかし――そんな彼女の言い分から僕が耳を塞ぎたくなることまで感じ取れる――特別意識を止めたこともまた無い。

「あのね、へんなこと言うけれど、ね」とみょうじさんは云う。

「どれだけ愛しているかは、自信が無くってわからないけど、それこそいつまでかわからないくらいいつまでも、こうして愛していられると思うの」

言葉選びのセンスが絶妙に毒々しい。ぐさぐさと心に突き刺さり、外傷を残して行く言葉を見舞われながら、必死に喰らい付いて咀嚼する。
好きではあっても異性としては絶対に見れない、と理屈を交えて宣告されて、僕はどんな顔も出来なかった。

「みょうじさん――」

ありがとう以外になんと言えば良かったのか。感謝以外に何を表明すればよかったのか。かろうじて口角を操ることくらいしかできない僕に、笑顔以外のどんな表情が作れただろうか。

「ありがとう」

なんて、乾いた声音だろう。


2017/11/06

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