短編

甘ったるい砂糖菓子のベッドに沈んでしまいたい


今日初めてではない口付けが何回目であるかまで数えてしまうような妙な几帳面さは、残念ながら俺は持たない。2桁には届かない数を浅く重ねて行く中で、俺はキスをする際のマナーだという彼女からの教わりを破って薄く目を開き、閉じられた睫毛を伺った。後頭部に軽く宛がった指に絡む髪を撫ぜ、目立たない髪色を羨みながらに再び瞼を下ろした。

衝動、と云えば確かにそうなのかもしれないが、どうだろうか。
彼女の身体に覆い被さる格好でいる俺の、肩越しに天井を捉えたその瞳は数回程しばたき、ふうわり、湛えられた微笑みの形に柔らかく曲げられる。

「どうしたの?」

問う声音は凪いでいた。真っ直ぐに見下ろす双眸から視線を外すことはないが、しかし返答を紡ぐこともしない。たった二人しか存在しない空間で、男にベッドに押し倒されているという状況で。微塵も焦る様子を見せないみょうじに、俺の中で頭をもたげた妙な闘争心からの子供染みた反抗だった。構わず利き手を伸ばしてくるみょうじにはどんな武力を持ってしても俺では敵わないと知りながら。

「疲れた? 寝ちゃおっか、このまま……」

赤い髪を梳く手も、彼女自身も全部、穢せない。
染め付けたい、鮮烈に焼き付けてしまいたいと思う自分という存在の色は確かにあって、消し飛んだというのは誤りだ。ただ、純白を汚してまで押し付けるべきではない、鼻先が触れ合いそうな距離にいる彼女を辛くさせてまで得る一時の快楽に意味はないと、そう思ったのが九割。残り一割は身にのしかかり、しつこく誘惑をしてくるこのどうしようもない睡魔だ。
重心をどちらか片方に傾ければ、彼女の隣に寝転ぶなんて簡単なもので。ごろん、と横たわる俺を受け止め皺を寄せたシーツ。俺の頭を抱き締め、赤と白の髪が入り乱れているのであろう頭にみょうじが頬擦りをした。甘やかされているのだと悟と同時に、それは恐らく男の俺の役目だと喚く自分も睡魔によってどこか彼方へと攫われた。
真下に床の存在している布団とは遥かにかけ離れた柔らかさの、慣れない他人のベッドの感触が不思議と安らぎを齎してくれる。


2017/05/07

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