短編

その痣に著作権はありますか


■R18
■モブによるレイプ表現を含みます。強姦されてしまったヒロインを介抱するバーボン



錆びた鉄のドアを開けた刹那、眼球に飛びつく室内の光景に理性が火花を立てて焼き切れるような憤怒を覚えた――裸の女を汚らしい床の上に引き倒し、二人の男がそれを取り囲んでいる。男らは自らも下肢を露出しており、ここで何が行われていたのかは彼女を取り巻く状況の全てが物語っている。
この廃れたビルディング全体から漂うかびや埃の不衛生な匂いを切り裂いて、その瞬間に下劣な精の悪臭が鼻孔を刺し、僕は顔を顰める。

一丁の拳銃の銃口を彼女の額に宛てがい、脅しとしたうえで、二丁目の銃口を彼女の強引に開かせた脚の間から胎に挿入し、セックスを真似るように銃の先端は出這入を繰り返していた。かっぴらいた僕の瞳孔には男の指がご丁寧にも拳銃の引き金に添えられている様が明瞭に飛び込んできた。セーフティも外された銃。卑賤な。
性器に突っ込まれた拳銃をいつ気まぐれに暴発させられるともしれない恐怖に、床の彼女は碌な束縛も施されていないというのに抵抗さえできずにいる。――否、違う。彼女の痩身に押された判さながらに残された痣の数々と、脚の間を中心に顔や胸、腹、それに周辺の床を白濁と汚している液体は、長らく痛めつけられ、犯されていたという何よりの証左だ。慰み者として乱暴を繰り返され、とうに意気銷沈しているだけなのでは、ないのか。

「どういうつもりですか? 随分、悪趣味みたいですが」

点から降り注ぐ雷に焼かれるよりも熱い怒りを僕は体に宿していた。
組織から支給されている拳銃を片手で構え、かつかつと薄汚れた床の上を歩み寄っていく。

「そっちこそ早いご到着だな。もっと楽しめると思ったのに」
「あなたが送ってきたこの動画……幽かに入っていた電車の音と駅のアナウンスから駅名を特定し、捜索範囲を電車の音が聞こえる範囲内に絞り……、窓枠のメーカーを特定、さらにこのメーカーのものを使用している建築物がないか、該当範囲から調べさせました。窓の位置や外の住宅のシルエットなんかも大変参考になりましたよ」

――ことの発端はなまえからの連絡が途絶えたことだ。組織の探り屋、バーボンの手足として、僕とは別口から情報収集の仕事に就いていた彼女が約束の時間になっても姿を見せなかった。
彼女の携帯端末に仕込んでいた盗聴機と発信機を確かめるも機能しておらず、風見に連絡して街の監視カメラから足跡を辿るしかないか、と首都の郊外に寂しく佇む電話ボックスに硬貨を投入しようとしたときだ。一通のメールが届いたのは。差出人のメールアドレスはなまえだったが、様子がおかしい。
『取引だ』と綴られたメールに添付されていた動画ファイルを開くと、薄暗い建物内と見られる映像が再生され、女の甲高い悲鳴があがった。聞き間違えるはずがない。なまえの声だ。
続けざまに、男の怒号がスピーカーから響く。
鈍い音と共に画面に映り込んだ脚がなまえの腹に沈み、さらに頭を踏みつける。撮影者とは別の男がなまえに馬乗りになり、ブラウスの前を半ば破るように開く。抵抗しようともがく彼女の顔を何度も殴り、おとなしくなった彼女の胸を晒す。脚を開かせると禄に慣らしてもいないそこに自身の卑しい高ぶりをぶつけ……。

僕は思わず動画を一時停止した。
深呼吸をし、眉間を指で摘む。息を整え、焦燥感に呑まれそうな素の自分の首を絞めて、仕事の顔を取り戻すと、再び動画を再生する。
悲鳴を上げて、暴れて、殴られて、おとなしく暴力を甘受するしかない彼女の姿に、血が滲むほど拳を強く握る。目を逸らすな、情報を見逃すな、見つけろ、なんとしてでも。地獄を垣間見るようなこの動画の中に彼女の居場所を解き明かすための情報が眠っているはずなのだ。

――こいつはコードネームもない組織の末端の男だったな。他の構成員のスキャンダルを売り、他を蹴落とすことでのし上がっているという……。

僕が好んでそばにおいている彼女を人質に取ることで僕を揺さぶり、ネームドの“バーボン”に代わって組織内で立場を獲得しようという企みか。

――動画のバックで幽かに聞こえた音楽……。これは確かd駅でしか使われていない発車メロディだったな。となると撮影場所は駅の近辺、半径xメートル以内に絞られる。すぐに動画を風見に……。

ファイルを転送しようと画面をスワイプさせた指が、一瞬躊躇う。
捨てた気になっていた良心がこの期に及んで痛むだなんて笑えない。痴態より、名誉より、なにより、人命が優先されるべきであろうに。
ふっ、と鋭く息吹くのはある種の覚悟を決めるため。また冷静ではない己への自戒だ。
風見に忌まわしい動画ファイルとd駅周辺のマップ情報を送ると、すぐに彼自身に電話をかける。

「風見か。今転送した動画ファイルの撮影された場所を至急特定してほしい。おおよその場所はd駅の半径xメートル以内。窓が映り込んでいるから、窓枠のメーカーの特定、指定した範囲内でそれが使われている建築物の特定を急いでくれ」
「場所、ですか? 廃ビルのようですが……」

バックグラウンドで通話を続けながらファイルを開いたらしい風見が、息をつまらせたことが受話器越しでもわかった。当然だろう、自分の部下が乱暴されている様など見せつけられれば。

「――っこれは……」
「見ての通りだ。みょうじが危ない。頼んだぞ」
「降谷さん、大丈夫ですか」
「僕を心配してどうする」

頼んだぞ、と短く言いおいて通話を終わらせた。
白い愛車のエンジンを威嚇の唸りのように低く響かせ、d駅へと向かう――。

話は冒頭へと戻る。

「取引……でしたよね? 残念ながら僕はそれに応じるために来たわけではないんです……あなたがたを制圧しに来ました」

手から血を流す男を床に押さえつけ、そいつが取り落とした拳銃を明後日の方向へと蹴り飛ばす。僕自身の拳銃でこいつの手を狙い撃ちにし、手放させたところをそのまま武力で制圧した。……一人目。
平常心を失して闇雲に引き金を引く二人目の銃撃を躱し、背後に回り込むと首の後ろに手刀を叩き込んで気絶に追い遣る。
廃ビルに舞い降りる静寂の中、部屋の隅で躰を横たえているなまえにつま先を差し向けた。

「なまえ……」

脈はある。息もある。返事はない。応答のかわりに向けられた目は虚ろで、最後に相見えたときの輝きは失われていた。

「僕です。よく、頑張りましたね……」

正解がわからない。かけるべき言葉がこんなものであっているのか、わからない。それでも言う。完璧だなんだと散々賛美を浴びてきておいて、情けない。
制圧した二人の懐から奪った鍵で、なまえの手首に嵌められていた手錠を外す。拘束された手首を必死に揺らして抗ったのだろう、何度も逃げようとしたのだろう、輪状の痣があり、ところどころ擦れたのか血が流れたあとが細やかに走っていた。
彼女の顔に付着した粘性のある体液を拭うべく、白さは見る影もないほど腫れた頬に手の甲を寄せると、きつく目を閉じて顔を背けた。怖いのだ、奴らと同じ男の僕が。手ずから傷を抉る勇気はなく、顔や胸や腹や脚を汚している他人の体液を拭ってやることは諦めた。
代わりにもならないが、着ていたジャケットを脱ぐと、それをなまえの裸の肩にかける。

「少し、待っていてくださいね」

なまえに対してはなるたけ優しく微笑んだつもりだったが、次に視線を差し向けた先の構成員二人を憎しみの滲む目で睨んでしまった。車から持ち出していたガムテープで二人の男の手足をぐるぐると巻いて縛り、それを終えるとなまえのもとまで戻る。

「早くここを出ましょう」

横抱きにした途端、彼女の足の間からどぽりと白く濁った液体が溢れ出、僕の靴を汚した。
彼女を抱えている手の指がぴくりと震える。おさめたはずの怒りが再び燃え上がっていることは彼女に気取られただろうか。糞、と胸中で零すと、僕はビルをあとにした。

静寂と夜闇だけを積み上げた無人の裏道。人の気配がないのをいいことに道の端に駐車した純白のRX-7は、青みのある暗がりの中で月のようにぼうっと光っていた。両腕が塞がっている中、脚も駆使してどうにかこうにか愛車のドアを開け、助手席になまえを座らせる。
車体の反対側に回ると、八つ当たりのように運転席に荒々しく腰を下した。

「汚して、すみません。服と車……」

嵐の中で散りゆく桜のようなか細い声で彼女が言う。
そんな第一声は求めてなんていないのに。

「謝らなければならないのは僕の方でしょう。あなたの危機も察知できず、酷い目に合わせた……酷い上司です。……傷を見たい。触れても?」

裸の胸を覆い隠すようにかけてあったジャケットに手をかけると、「すみません」と一言述べると、それを一度取り上げた。
なまえの裸体を汚す白濁のうち幾らかは皮膚の上でそのまま乾いてこびりついていたが、液状の状態を保っているものもあった。吐いた精が乾くほどの長い時間、なまえは耐え、彼らは彼女を甚振ったのだと思うと腸が煮えくり返る。

車内のライトを点ければ調べやすいのだろうが、後部座席とは違い、運転席の窓ガラスは車外からの視線を遮ることのできるものではない。人通りなど皆無に等しいが、それでも行きずりの目を経過して明かりは謹んだ。
なるべく肌に触れないように気を配りながら、痣の数と出血の有無、四肢の骨が折れていないかを確かめていく。

もし昨日の延長線上にあるような他愛もない幸福な今日を綴れていたのなら、と思わずにはいられない。ありえざる幸福な日を歩んでいたのなら、仕事終わりのハイな頭で余るほど分泌したアドレナリンを持て余し、夜の愛車で恋人の生白い肌に指を這わせていたのだろうか。
僕は彼女の剥き出しの肌の上に後悔を見ることしかできない。

「あ、あの……なんの情報も、渡してません……。聞かれたのは、バーボンの情報源、毛利探偵事務所に居座る意図、ラムとの連絡手段と、どうやって彼に取り入ったかです」
「ええ、ありがとう、僕を守ってくれて――」

いじらしさに胸が痛む。同時に女に身を粉にさせてまで守られた己の不甲斐なさが無様で、笑える。
くちづけのひとつでもその額か鼻先に落とせればよかったのに。今の僕では彼女にあの男達の影を想起させるきっかけにしかならない。
腹から胸に掛けてをそっと撫であげるように触れ、肋骨が全て繋がっていることを確かめると、一度助手席の彼女から躰を話した。抱えていたジャケットの裏表を確認し、「背中、浮かせて」と言ってなまえがそれに袖を通すのを手伝う。ボタンを止めて前を閉じれば、体格差もあってチュニックのように彼女の腿のあたりまでを隠すことができた。

「念の為掻き出しますよ。いいですね?」
「……っ」

彼女は頷いてくれたが震える肩も瞳も恐怖の色彩を帯びている。僕の影が彼女のうえに落ちるたび、びくびくと肩が跳ねることにも気づいていた。

「……手持ちの避妊薬がありません。これから取りに行くことになりますが、早いに越したことはない……応急処置と言うには原始的なやり方になりますが、可能性の芽はなるべく潰したほうが安心できるでしょう」

僕はやけに雄弁に言い訳じみた言葉を重ねていく。

「わかって、ます。やってください……っ」

瞬間、なまえの声が濡れた。涙ぐんでいる顔を誤魔化すためか、視線は助手席側の窓の外へ向けられている。
そんなふうに催促のような言葉を引き出して、固めたくもない決意を固めさせたいわけではなかった。――駄目だ、僕も滅入っている。

「楽にして」

座席同士の間にあるシフトレバーに影を落としながら助手席のほうに身を乗り出し、なまえの腿の間に手を這わせる。ジャケットの裾で隠されている秘部に人差し指を差し込むと、直前まで行為の渦中にあったせいかなめらかに僕を受け入れた。

「――ひっ……!?」
「ごめん、大丈夫だから。落ち着いて。息して。できるか、なまえ」
「あ……は、い……」

胎に埋めた指の第一関節をくいと折り曲げ、愛液と混ざり合って中にこびりついているものを掻き出す。
精とは異なる彼女自身の蜜で濡れているのは、反射、そして防衛本能によって液が分泌されたためだろう。性器と性器が合わさったとき、摩擦による痛みを和らげるために潤滑油として分泌されるのが女性の愛液だ。強姦事件ではよく濡れていたから合意だ、などという弁護を耳にするが、液の分泌は単なる反射に過ぎず、また女性器の中というのは最近やウイルスの侵入を予防するためにたいてい少し濡れているものなので――というか人体なのだから乾いているわけがない――そこに繋がりはない。

ふっ、ふっ、と浅く息を吸っては吐く彼女が、ぎゅ、と僕の服の裾に縋ってきた。信頼関係が壊れていないことに柄にもなく安堵した僕は、そっと彼女の肩を抱き寄せた。まだ彼女が僕をよるべとして認識してくれているのなら、体温や鼓動、香りを感じられたほうが幾らか安心できるかもしれない。

「こうするのは嫌ですか?」
「だい、じょうぶ……」
「よかった。怖くなったら言ってくださいね、すぐに離れますから」

こくこくと必死になって何度も頷き、なまえは僕の胸に持たれてくる。
折り曲げた指を熊手のように使い、肉壁を引っ掛けながら出し入れを続けていると、液状のものが僕の手首を伝い始める。「あ、漏れちゃっ、」なまえの蚊の鳴くような悲鳴は僕の胸の中に吸い込まれた。ぼたぼたとシートに垂れていく他人の染色体が踊る白い穢れを積んでいたウェットティッシュで拭き取り、ついでに自身の手指も清める。
僕の胸の中で整わない呼吸に悪戦苦闘している彼女の肩を抱いて、そっと撫でるけれど、「汚れます」と告げて彼女は僕の腕を離れてしまった。僕の香りを嗅がないための、僕の生々しい温度に怯えるがための、離れる口実だったのだろうかとよくない空想を忙しなくした。

あれからひとりとして通行人の現れなかった夜道に、車を出す。
本当は助手席の彼女の手を握っていたかった。カーブの極めて少ない緩やかな夜道は片手をハンドルに添えておくだけで事足りる。
自分が彼女を救い出したのは真夜半のゆめまぼろしなんぞではなく、あの画面の中で最愛の人が犯される悪夢にはこの手で終止符を打ったのだという確証が欲しかったのだ。

だが触れても彼女の傷が開くだけ。僕が汚れを拭おうとした折も、傷を確かめた折も、怯えて震えていたこの子に、僕自身を安心させるためだけに我慢を強いるような真似はできない。僕の影は彼女に無体を働いた男の影とぴたりと重なり、その張り詰めた眼の奥に光景を呼び覚ますことだろう。
今一番必要なのは心理的なケアだろうが、一般の心療内科に連れて行けばいつ足がつくともしれない。警察病院はもってのほか。組織の闇医者の精神科医にも任せられない。
権限を振り翳せば彼女の潜入を取りやめにすることも、引いては警察官としての立場を奪うことも可能だが、思い出の中の彼女の微笑みが僕を冷徹にさせてくれない。駒として使えなくなった部下を手放すのは責任ある立場の者としてときに必要な判断だが、まだ彼女にこの仕事が務まらなくなったわけでは――ない、などと。私情の筆で希望という名の願望を塗りたくった、青臭い甘言で自分を騙そうとする。

懊悩と逡巡の中、30分ほど車を走らせ、都内に組織が所有する建物に足を踏み入れる。陽の当たる表社会の病院にはかかれない者たちを多く抱える病院だった。いつか公安として叩き潰す心算の此処によもや自分が世話になるとは。組織お抱えの医者からせしめたアフターピルは国内では認可されていないものだったが、背に腹は変えられない。

看板のない病院から念のために離れた場所に停めた車に引き返す。
運転席に乗り込むと、ピルの封を切って錠剤を指の上に取り出した。途中、児童販売機で購入しておいたミネラルウォーターのキャップを捻り、錠剤と一緒に彼女に手渡す。ペットボトルを傾けたなまえの喉がこくりと上下するのを見届けると、ピルは一錠限りのくせに大袈裟なほどに厳重なパッケージを、ハンドルに添えていない方の手で握り潰す。
なまえに呑ませた薬は二錠――ひとつ数が余計であることに彼女が気づいていないことを確かめ、僕は車を発進させた。
車を走らせてほどなくして、助手席のヘッドレストにしなだれかかり、眠りに落ちたらしい彼女の手を僕は人知れず握った。次のカーブに差し掛かるまでの間だけ。そう己と約束を結んで。

――ひとまず安全圏、だな……。

バーボンとしての根城のひとつである、くたびれたアパートに眠り姫を運び込む。
裸に心許ない丈のジャケットを纏わせただけのなまえをベッドに寝かせてすぐ、キッチンでやかんを火にかけた。沸かした湯を水道水で薄め、洗面器に溜めたものと、ハンドタオルを数枚用意する。洗面器のぬるま湯に浸したタオルを軽く絞り、それで彼女の体を拭いてやる。
睡眠薬を飲ませたのはこのためだった。少し手を寄せただけで睫毛を振るわせる彼女が、意識が明瞭な中でこのように満身創痍の総身を僕に触れられることを耐えられないと判断したためだ。それに現実から意識を切り離してしまったほうが楽だろう、とも。僕はずるい男だ。

なまえの背中にはあのビルの床と擦れてできたのであろう浅い擦り傷、顔と腹には殴られたためと見られる腫れと鬱血、首には締められたような跡と、抵抗の折にできた縦方向への引っかき傷……殺人事件であれば吉川線と判断される傷が刻まれていた。
自分の負傷は骨でも折れていない限り気にも止めずに次の仕事に向かっていくのに、彼女のそれには冷静さを奪われて、まるで底なし沼のぬかるみに足を取られているかのように鼓動を乱す自分がいる。

――君に心配するなって突き放したばちがあたったのかな。君にはそう言っておいて自分はこんなに不安がるなんて、我ながら勝手だ。

ごめん、と。祈るようにその手を取る。握り返してはくれないその手を握る。
闇に沈んだ室に青白く映える腕に、絞ったタオルを滑らせた。砂や埃や精液で汚れたところをタオルで丁寧に拭ってやり、出血の落ち着いている傷を消毒し、ガーゼをあてがう。髪は浴室で洗ったほうが早そうだったが、眠っている人間をひとりで支えて洗うには僕の腕の数が足りない。ドライシャンプーなんていう気の利いたものもないので、濡らしたタオルで拭くに留める。
警察の厄介にはなれず、病院も選ばなければならない僕らは、世間的には訳ありというやつで。それゆえに傷の手当を自らすることにはなれていた。それがなまえの介抱に瀕してまでも役立つとは。

あらかた傷の処置を終え、僕はゴミ袋を取りに立った。
なまえが今日元々着ていた服は、不必要にビルに痕跡を残すわけにも行かず、念のため回収していた。しかし彼女としても最悪な思い出を共にした服などもう二度と見たくはないだろうと思い、今日着ていたぼろぼろの衣類は全て処分する。ついでに帰りに彼女に貸した僕のジャケットもだ。
なまえには代わりにこの部屋に置いていた僕のシャツを着せてやり、肩まで布団をかけてやる。どうか夢の中では凍えていないようにと僕は願う。

――さて、あいつの処遇をどうするかだけど……。

嫌悪に彩られて脳裏に浮かぶ、彼女に乱暴を働いた下級構成員の男。彼自身が僕を挑発する材料として送付してきた動画を証拠に性犯罪者として檻に入れることも可能だが、“バーボン”に喧嘩を売った矢先に警察に捕まったとなればそれこそこちらにノン・オフィシャル・カバーの疑いがかかる。
バーボンとして直面した問題はバーボンとして解決するのが一番尾を引かない。正しいことは正しい過程で執り行わなければならないなどと信じていたのはまだ青かった頃の話。
本音を晒せばあの犯罪者には法のもとで断罪されてもらいたいところだが。そして、俺の手で法廷に送りたいところでもあったが。悪人に相応しい罰が下るのならプロセスの正当性は欠いていても構わない。

風見にレイプ犯の身柄は組織で引き取るという旨の連絡を入れ、あの構成員の過去の仕事の穴をリークする内容のメールをラムに送信した。事実とフェイクを混ぜ合わせて、杜撰ながらも結果は残していたはずの仕事を大きな失敗のように演出したものを、である。
随分昔に掴んでいた情報だったが、ネームレスのささやかな失態などスキャンダルにもなりはしない。僕の組織内での地位をより強固なものにする材料にもならないと誰にも明かすことなくいた情報だったが、まさかこんなところで使い所を得る羽目になるとは。
せっかちな組織のナンバーツーのことだから速やかに裏どりをし、明日には処罰が決まるだろう。
僕はほくそ笑みたかったが、眠る彼女の月明かりに浮き上がる肢体がそうはさせなかった。

――記憶を消す薬があればいいのに。


2023/06/04

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