短編

横にあなたがいれば完璧な幸せの完成




――今日は7月20日。さて、何の日でしょう?
片目を閉じ、人差し指をぴんと立てて得意げに尋ねてくる茅野カエデになまえがぽかんと口を開けたまま硬直してしまったのは、言うまでもない。

「え、突然どうしたの?」
「いいから、ほら! 答えて答えて」
「年末まであと164日…?」
「それ私が正解を知らないよ。何その無駄な逆算能力」
「えーじゃあ、グレゴリオ暦で年始から201日目(閏年では202日目)にあたる日付だね」
「そうなの? ……ってこら便利なネット百科事典に頼るんじゃない! 真面目に考えてよー」

と、言われてもなぁ。手から携帯端末を奪い取られ、唇を尖らせるなまえを急かすような彼女の眼差しがまだかまだかと回答を催促してくる。

「わかった、海の日! 去年のだけど!」
「なんか違う」
「小学校の終業式?」
「更に違う」
「うーん。なら、どこかの誰かの誕生日――は、さすがに大雑把すぎる……? 正解でも私関係ないし」
「それが関係あるんだよねぇ、これがまた」
「あってるの?」

きょとんとなまえが見つめれば緑髪の少女は人差し指で自身の背後を見るように促してきた。小さな茅野の肩越しに黒板へと視線を投げれば、日直担当の潮田渚が必死に上の方に書かれている文字を消そうと奮闘している真っ最中。ぴょんぴょん跳ねる後ろ姿は小動物を思わせる愛らしさで――って、ちょっと待って。わざわざ教えてくれるってことは茅野っち、まさか。まさかまさか。

「誕生日なの? 彼が?」
「だからそう言ってるでしょ?」
「あー、うん。……えー。私何も用意してない……」
「そんなの簡単じゃ〜ん。両手リボンで縛って『私がプレゼントです』、オーケー?」
「学生の身分でそれはまずいんじゃないかな、中村さん。ノーだよ、却下に決まってるよ」

通りすがりがてら会話に割り込んできた彼女の提案はツッコミと共に速攻で却下して、もう一度渚の方を見ると、身長170センチメートル代の磯貝が助け舟を出していた。イケメンだなぁ、なんてぼんやりと思う。

「どうしよっかなー……」

すがすがしいほど何も沸いてこない頭で机に突っ伏してみると、みしりと嫌な悲鳴が上がって慌てて身体を跳ね上がらせた。はてさてどうお祝いしたものだろう。

***

盗み聞きはあまり良くないことだと自分でも思う。
だけど今回ばかりは不可抗力だ。自分の誕生日に関する話題を背中に聞きながら、表面上だけ知らないふりをする行為は相手の秘密を知ってしまったかのように何だか申し訳ない気分になってくる。
早く終わってくれないかな。正直、見て見ぬ振りが自然にできるほど演技は得意ではないし、騒めく本音を隠し通せる気がしない。
会話に夢中なみょうじさんたちに自分が背中を向けていることがせめてもの救いだが、この状況はあまりいいものではない。隣で黒板の上の方に黒板消しを滑らせる磯貝君に心情を読まれてしまうのも、恐らく時間の問題なのだから。
肩を落として息をつく。

「そんなに気にすることないって。身長だっていつかは伸びるだろ?」

事情を知らずに励ましの言葉を投げかけてくれる磯貝君。
違う、そうじゃないんだ。確かにそれも気にしてはいたけれど、今目の前にあるのはそれとは全く別の問題で……。

「渚――」
「わあっ!?」

突然、背後から自身の肩に手が置かれ、それと同時に放たれた声が今の今まで考えていた女の子のものであることに何よりも驚いた僕は随分と情けない声を上げてしまった。勢いよく振り向くと、案の定そこにはひどく申し訳なさそうな面持ちでいるみょうじさんの姿が。

「ご、ごめん。そんなに驚くとは思わなくて」
「う、え、いえ……」

笑えるくらいにぎこちない返答が滑り落ちた。

「渚、今日誕生日なんでしょ?」

予想通りに振られた話題に内心、来たか、と思いながらも顔には出さずに頷き、後ろ手に黒板消しを置いてから彼女の背後をちら、と見遣ればにこにこと意味深な笑みを浮かべる茅野が目に入った。……どうやらすでにロックオンされているらしい。

「あの、それでさ、欲しいものとかない? 聞いたの今日で全然思いつかなくって」

何かあったら言ってね、そう言って笑う彼女に、少しだけ意地悪してやろうか、なんて。自分の中の悪魔的思考がすぐ耳元で囁いた。

「あるっちゃあるけど。ちょっと難しいかな」
「あんまり高いものは無理だけど、何? 言ってみてよ」
「高くはないんだ。というか、プライスレス」
「ぷ、ぷらいす……」

ショックを受けたらしい言葉を自分でも復唱するみょうじさんは、血の気が引いたように青い顔色で目を泳がせている。別方向に勘違いさせてしまったようなので一応の訂正を加えようと、慌てて開口した途端。

「そうじゃなくてね、なんて言えばいいのかな。……もうすぐ夏休みに入るでしょ? 物はいらないからよかったら一緒に出かけようよ」

前原君もびっくりの、自然なお誘いが気づけば口から飛び出していた。
目を丸くしてびっくりしているみょうじさん。驚いた対象に含まれるのは相手だけに留まらず言った本人もなのだから、恐らく理由が違っているにしろ、どうにも締まらないことが気に障る。

「二人で?」
「そう。二人で。」

暫しの間を置いてから。こくん、と頷く照れたように赤い表情はとても可愛らしいものだった。
どうせならこのまま勢いに任せて、本当に欲しいのは君自身だよ。と、少女漫画のイケメンさながらに笑顔で想いを告げてしまえたらいいのに。
それすらできない、意気地のない僕にはデートの約束を取り付けるので精一杯だ。それでも向こうは友達と遊びに行くくらいの感覚で頷いてくれたのだろうけど、年頃の男女ふたり切りでわざわざ出かけようなんて誘う裏には、わかりやすい下心があるものなんですよ。
無邪気に笑う、君は知らないと思うけど。


2016/7/20
本人にバレている誕生日お祝いネタになります。
おまけ。「……僕に言うこと、あるでしょ?」「はっ、はっぴーばーすでぃ? ……ごめんなさいごめんなさい、嘘です、私も好きです!」

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