短編

呼吸が還ってきた。吐息が孵る。


――えぇ? 好きな異性像? そうだね、強いて言うのなら。

「私を嫌いなひと」

私は睫毛の先っちょで星屑が崩れるような瞬きを散らす。

「でもそれだとさすがに悲しいから……。あまり私に関心を持ってくれない子、かな」

自ら太宰さんに投じた問いに対して綺麗ない人という予定調和も、優しい人というありきたりさも、私では考えもつかないような特殊性癖の吐露も待ち受けてはおらず、ただ大きな予想外だけを翻されてしまって。何となく、ふっ、と思いついたから程度の動機で大した考えも無しに尋ねてみれば斯様なカウンター攻撃が腹に沈まり、私はまともな相槌の仕方さえも忘却していた。
つまりそれとはどういうことだ。狩りたい、高嶺の花を手折りたい、ということで間違い無いのだろうか。

「うーん……、なんといったらいいのかな――ナルシストだとは思わないでおくれよ、純然たる事実として述べるから――あのね、美貌を有していると特に何もしなくても好意的に見られたり、零やマイナスではなくプラスが開始点になるの。だから、なんだか、飽きたり、それ以上に疲れるのだよね。常に恋愛、つまり性的な対象として見られ続けるわけだから。なんだかね、時折それら全てがとてつもなく気持ち悪く感じるんだよ」

だから、と一息代わりに太宰さんはティーカップに口付けた。

「私を直視しない人は無条件に特別になるでしょう。特殊性スペシャリテはやはり好ましく思うよ」

くつくつと喉元で鈴玉の笑みを転がす太宰さんに目を吸い寄せられるようにして奪われてしまった。
何か余程の性的嗜好や癖と私が合致するのかと本気で考えていたけれど、実際に私は理想性を欠片程も持ち合わせてはいないらしい。当然ながら蜜を好む羽虫の私は最初から甘美で柔和なその微笑に頬を染めていた。にも関わらず腕の中においてくださっている。
これはもしや異性像などまやかしに過ぎず、現実に理想的な人物を愛するかはわからない、という俗世間的な理論を通し見て自惚れてもいいのやもしれない。許されるのやもしれない。

「お馬鹿さん。どうして自分が一番目だなんて思ったんだい?」


2018/04/22

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