くずかご王国

※拷問描写有り。
※『不思議の国のアリス』『アリス殺し』パロ。

さぁさ、これをお食べ。お嬢さん。
奇術師が如き偽の笑みと勿体ぶった手つきにて、取り出したるは異国製のアイシングクッキー。“eat me”と甘やかな誘いが綴られた異国の焼き菓子にも負けないほど、私の声音もまた甘美。
囚われのお嬢さんの睫毛の先の虚空でひらひらと蝶々のように焼き菓子をちらつかせてある程度予期させてから、もう片手の親指で唇を割り開かせる。微かな開口のその隙間にぐいとお菓子を捻じ込んで無理くり味わわせてあげると、皮膚に擦れて削られてしまいぽろぽろと落ちていく破片に、嗚呼、勿体無いなぁ、なんて冷たく目を細める。感慨なんか無いくせにさ。
ぐいぐい、と力任せに押し込んで、咀嚼と嚥下を強要させて、食し終えさせたところで。
ではお話を始めようか。
このクッキーはね、実は異能アイテムのひとつなんだ。とはいっても命を揺るがすような毒を織り込んだ菓子なんぞでは決してないよ。――これひとつでは、ね。
実はこれ、英国の数学者が不思議な茸から拵えた代物で、効能は『体内に取り込んだ生物を巨大化させる』こと。それなりの即効性を有している。
さて、ではここで君の格好をおさらいしてみようか。うんうん、そうだねそうだね、手枷に足枷に首輪だね。THE・囚人だ。
で、話は再び舞い戻ってクッキーの事を繰り返すのだけれど、これはあくまでも『取り込んだ生物を巨大化させる』ものであって、取り込んだ生物が身につけていた衣類やアクセサリーの類までは効果の範疇にはないんだ。
どういうことだかわかるかい？ 服の大きさが合わなくなる、って随分呑気で頓珍漢だなぁ。……本当にわからないの？ ここまで来ても？ 嗚呼、これだから凡人というやつは。物分かりが悪いったらない。流石の私も説明を重ねるというのは非常に面倒だよ。
仕方ないね、もう一つヒントをあげる――服よりも大事なことがあるでしょう？
ようやっと気がついてくれたかい。
ところでどうしたの、顔を蒼白させたりなんこして。え？ 枷や首輪の辺りが痛むって？ きついって？ そりゃあそうだよ。というか君がつい今しがた気づいてくれた通りのことが、現在現実に起こっているわけで。うっかり食べてしまって巨大化して、服が破けてしまったどころではないことはわかるよね。何故って今君が身につけているのは鉛の枷だもの。エプロンドレスは勝手に引き千切られてくれるかもしれないけれど、金属製の拘束具ともなればそうもいかない。肉と金属と、どちらが押し負けると思う？
まぁ、そういう事だ。この薄暗く黴臭い地下牢で君は、首飾りと腕輪とアンクレットを身につけていることを“うっかり”忘れてしまっていて、“うっかり”巨大化するクッキーを口にしてしまって、パニックに陥ったお陰で判断力が鈍っていたから“うっかり”拘束具……間違えた、アクセサリー類を外す事を忘れてしまっていて、だから不幸にも手足と頭が千切れてしまって――そのまま。
事故死！ と、一際大きな声量を以って鼓膜を殴りつけてやると、“うっかり屋”のお嬢さんの肩が跳ね上がった。
痛い？ ねぇ、痛いかい？
愛らしいお顔を歪にしてしまって。金属は食い込ませられると痛くて仕方がないものね。あはは、と私は声高らかに、鳩胸で。
段々と血潮が巡らなくなり、皮膚の色が顔色同様に蒼白が進んで行く。
うふふ、巨人のばらばら死体が発見されるのはいつかな。朝刊の見出しを飾る日が待ち遠しいね。え？ 待ち遠しくなんてないって？ そうかい、私だけか。だよね、そうだよね。君の事故死なんて起ころうものなら君は死んでしまっているわけだから、確かにこの愉快さは永遠に伝わらない。悲しいことだ。
事故死じゃない、なんて随分と細かいところに噛み付くものだね、お嬢さん。死後に悪足掻きを持ち越そうとしても無駄さ。他殺だろうが自殺だろうが事故死だろうが自然死だろうが関係ない、気の違った連中の揃うこの国において死という概念さえ物悲しげなものにはなり得ず、もれなくただの“消失”程度でしかない。それこそ砕けて使えなくなってしまったティーカップくらいの感覚だ。皆がそもそも関心を持たないというのもそうだが、それも仕方がないことなのだよ。何せこの地下世界では科学技術さえもままならない。一体誰が科学的な捜査を行えるんだい、行おうと考えつくんだい。悲しいね、悲しいよ。
うわぁ、腕がボンレスハムみたい。
可哀想に。もう時期骨の絶たれる、陶器を割るような音が聞こえてくるはずだ。もう時間もあまり無いらしい。ではここまで黙殺を貫き通した雄々しいお嬢さんに、最後のもうひと揺さぶりを、だ。
全て吐いてしまいなさい。吐瀉物も一緒で構わないから、ね？
さぁ、これが最後のクエスチョンだ。
あのお方が夏の半日を費やして拵えたタルトを横から奪った、あの憎きジャックの居場所はどこだい？


2018/04/17