短編

まじりけない不純でした


※黒の時代設定。

いよいよ深みに差し掛かりかけたキスに水を差す携帯端末の震え声に、太宰さんは口腔でさりげなく舌打ちを響かせた。幼子のようにあからさまに機嫌を悪くする姿は珍しいが、舌打ちなど蛮行として毛嫌いしそうなものなのに、とても珍しい。私をご自分の執務室に招き入れて危うさ香る行為に溺れようとしていらっしゃる時点で、既に相当余裕の消失しているのであろうことは明々白々であったけれど。
彼の膝に乗せられたまま、上着のポケットで震え続ける端末をどうしたものかと考えていると、太宰さんが徐ろに仰る。
「……出れば?」
「は、はい。失礼致します……」
太宰さんは、ぶっすぅぅ、というオノマトペがしっくりくる面持ちでいる。バイブレーションは喧しいが私が通話で手が塞がるのは嫌という思考のわかりやすい――ともすればわかりやすく見えるよう造られている――お顔で。
結局私は画面に指を滑らせて応答を選ぶ。
交信中、太宰さんはといえば豪奢な椅子の背もたれに重心を沈めて、ぎしぎしと悲鳴を上げさせていたが、やがて何を思い立ったのか私に向けて手を差し出して来た。なんだろうと思いながら、相変わらず電話口で「はい」だの「承知しました」だの紡いでいる、そんな私の唇に彼は指で触れる。ベッドでは無いのにと感じる、するりとした撫で方をされたかと思えば、うりうり〜と悪戯っ子のように押し潰される。彼は愛撫と悪戯を交互に繰り返し続けるのだ。
そんな風にされれば意識が散漫して返答にも注力出来無くなってしまい、おい聞いているのかと相手方からのお叱りの声に耳を貫かれた。
その後も太宰さんはにまりという不敵な笑みで断首の折に狙う部位や、腰回りの目立たない曲線を狙い撃ちにされ私は通話どころではなく。身を入れられず何度も叱咤を受けて散々であったというのに、彼は飄々と仰るのだ。

「可愛い声でも漏らしてしまってくれればくすりとも出来たろうに。なまえはつまらないなぁ」

少なからず、むかっ、や、かちん、とくるものがあり、私は握り拳を拵える。私のやわっこいパンチは、ぽす、と太宰さんのスーツベストの胸元に吸収された。

「でも私以外には見せまい聞かせまいとする姿勢は健気でとても素晴らしいね。所有物としての自覚が出て来たのかい? それとも花も恥じらうただの乙女? 私としてはどちらも好ましいけれど」

太宰さんは凭れかかっていた上肢を起こし、満足気に私に頬ずりをなさった。すりすり、とされると同時に畝りを帯びた髪に擽られ、ガーゼ類のざらついた素材に擦られ。そしてすぐそばに感じる甘やかな香り。
スリルを超えての予定調和をお求めの、遊ばれる方にはとんでもない英雄気質をお持ちの方であると常々考えている。


2018/03/25
太宰さんは邪魔された腹いせにか暇潰しにか、ちょっかいをかけて来るのではと思います。

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