短編

今日もジャム、明日もジャム、昨日もジャム


縁側を渡る己の足が強張っていることは否めない。何せ今日私が菓子と茶を運ぶ屯所の客人は、幕府の由緒ある清らかな家柄の方だった。
ゆめゆめ粗相のないように、とは先輩の打った釘だ。
平素よりかたときも緊張感というものを忘却したことはなかったけれど。とはいえ一層身の引き締まる思いである。
私の憂鬱が茶柱と一緒に浮かんでいる。同じ盆には勾玉みたいに艶やかな羊羹。均一の狐色の最中――あっ。

「もーらい」

大変だ。最中誘拐事件である。
御茶目な悪戯っ子の台詞を吐きつつも、誘拐犯の声色に抑揚はない。

「沖田さん……。駄目ですよ、重役殿にお出しするお菓子なんですから」
「なんでィ、けちくせぇ。ちょいとばかり摘まみ食いした程度、ばれやしませんて」
「どうでしょうか……」
「それとも、まさかあんたが告げ口でもするつもりで?」

お偉いさまなんて、つつけば爆ぜる鳳仙花侍だ。機嫌を損ねるだなんてまさしく禁忌と云えるだろう。
それを、羨みたいほど怖いもの知らずな沖田さんは、能天気に親指にくっついた餡子を舌でぺろりと舐めて拾う。
思えば、この沖田さんという人も、いつ我々を断頭台に送るとも知れない気の違った人だった。怠業のいとまの摘まみ食い程度、この人に限っては微笑ましい行為とするべきやもしれない。加虐思想と怠惰と剣と共に生きる沖田さんの、こんな幼げな行いには目を瞑ろう。

そんな沖田さんは、おかわりをするつもりだろうか。
私の持つ盆に伸びてくる手に、はいはい、仕方がない、どうぞ、と。たいした制止もせずにいると、彼は。また一つ皿から盗んだ最中を口に運ぶ。自身の其処ではなく、私の口腔に押し付けるかたちでだ。
パリ、と最中の狐色をした鎧が、私の歯のうえで薄氷のように砕けた。
あっ。
嗚呼……。
食べてしまった。
眼前には意地が悪くて清清しい程憎たらしいお顔。

「賄賂でさァ」

さしずめ他言厳禁、ということだろうけれど。私も安価で買われたものだ。

「その賄賂も、出どころは私なんですが。というかお客様の分です」
「ならあんたも同罪だ。黙っといてくだせぇよ、くれぐれも。――だって、まだクビ飛ぶなんてのは御免だろィ」

沖田さんは、ぴっと立てた親指で顎と首を切り離していくようなジェスチャーのあと、彫り込んだ靨を深めた。くわばら、くわばら。背筋に戦慄を呼ぶ、恐ろしげな笑みである。


2019/12/17
最中を選んだのは切腹最中を思い出したからです。

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