短編

偽物の光が美しくて何が悪い


※話中に非公式のカップリング要素が存在します。苦手な方はご注意ください。
※胸糞注意。



誰でもよかったんだ。あの子を忘れられるなら。
誰でもよかったんだ。たった一時、後悔や痛みを忘れさせてくれる存在であったなら。
誰でもよかったんだ。ボクにばかり都合よく、恋愛の真似事ができるなら。
誰でも。誰でも。誰でも――。
だから別に彼女でなくてもよかった。彼女である必要なんてなかった。
だけどふわりと揺れる亜麻色の髪が、濃い青の瞳が、どこか初恋のあの子を思い起こさせる彼女だったから、美しいもの好きなボクが魔法を持たないシンデレラに目を止めたのかもしれない。
君だから、君だから。君だからボクは、選んだんだよ。

***

照らし出すフラッシュ、向けられるマイクに対する笑顔の振りまき方もコメントの残し方も熟知した少年は、口元に綺麗な笑みを張り付けて丁寧に言葉を並べていく。
ステージに立ち、観客を魅せるだけがコーディネーターではない。家に帰るまでが遠足、冒険なのだというのなら、ショー後の人付き合いもひっくるめてポケモンコンテストと云えるだろう。まだ10を超えた程度の幼いルビーが世辞の飛び交う醜い大人の世界に適応できたのは、やはり子供ながらの柔軟な脳があったからこそだ。
上辺だけの笑顔、言葉。表面上の仲の良さ。気味の悪いそれらに慣れなければ、煌びやかな衣装を纏って魅了することなんてできやしない。だがいざ受け入れてしまうと、猛烈な不快感から笑っている余裕も削られる。その点、捻くれ者の彼は強かった。慣れて、受け入れ、彼は何事もなかったかのように振舞って見せたのだから。

スポットライトの真下から帰還する頃にはもう、彼は、笑って魅せて人に与え続けることに疲れ切っていた。暗い影を光らせる紅の双眸がその証。閉ざされた静寂の中、ぼすり、控え室に持参したお気に入りのクッションに沈み込んで、ようやくルビーは一息つける。
コンテストも美しいポケモンもやはり変わらず好きではあるのに、すっかり胸に植え付けられた勝たなければという義務感が心から楽しむことを邪魔してここのところ自分はどうして大会に出場しているのか、大義名分すら見失ってしまっている。やはりあの子のような競い相手がいないとつまらない。だが新天地での旅路の真っ只中にいた自分は、闘争ばかり燃やして勝ち進んでいたわけではなかった気がする。
負けられない、勝たなければいけない、素人とは一線を画したプロの狭苦しさにルビーがなかなか馴染めないでいるのは、彼が大人になりきれていないからなのか――

がちゃり。無遠慮なノブを捻る音が粛々とした空気を切り裂いた。誰だ、ボクは入室なんて許可していない。しかめっ面を上げた次の瞬間、既に少年は、揺れる亜麻色の髪に目を奪われていた。
落ちる沈黙。固まる少女は見知らぬ他人だが、困惑する瞳だけは違った。よく知る藍に似過ぎた色の開かれた双眸に、ルビーの意識は絡め取られる。
うまい言葉を見つけられずにいるのか、ぱくぱく口を閉じたり開いたりをするだけの相手だったが。

「すっ、すみませ……っ!? 間違えました!」

大方手洗いかどこかだろう。誠意以上にあたふた跳ね上がる謝罪を捨て去り、翼でも生やしているかのように飛び去ろうとした少女。
待って、と。投じられたのは中性的な、そう、自分の声。気づけばルビーは自覚も持てないまま、彼女を呼び止めていた。

「君、名前は?」
「えっ、はい?」
「いや、名前。君の。なんていうの?」
「なまえです……」

なまえ。なまえ、ね。
茶髪青目の彼女の名前。綺麗な響きを決して忘れてしまわないよう、しっかり脳に刻み込むつもりでリピートする。

「なんで名前なんて……」
「ん、そうだね」

なんて言えばいいのだろう。今にも罵倒されるのではとびくびくしている子兎少女は、なんて言えばここに残って自分ともうしばらく、言葉を交わしていてくれるだろうか。

「一目惚れしたっていったら信じてくれる?」
「え、」

ええぇぇ!? と藍玉の両眼を見張る彼女はやはり、記憶の中で甘く微笑む初恋のあの子そのものだった。

***

なまえにはポニーテールが似合うんじゃないかな。もみあげの辺りを残して、少し高めの位置で結って。このリボンなんかつけたら最高にcuteだよ。
デートの約束を取り付けつつ、渡した青いリボンを結ぶよう促す。すれば無垢で素直な彼女は微塵も疑うことなく従ってくれた。
「とても良く似合っているよ」たった一言褒めるだけでもかわいい笑みを咲かせてくれる、ボクの恋人は世界一だ。

「ルビーさん、……くん?」
「ううん、ルビーって呼んで。そっちの方が慣れてるんだ」

周りの女の子にじゃない、ただ一人のあの子に、呼ばれ慣れている。もちろん馬鹿正直に言うわけないけれど、思うだけなら許されるというのが世の中だ。

「ねえ、」

掬いとった髪からは控えめなシャンプーの香りがする。
だめだ、違ってる。あの子が使っていたのは固形石鹸。野蛮で愛おしいあの子と違ってなまえはとても女の子らしいから、変えろと言ったら怒るかな?
だけどボクが好きなのも見ているのも求めるのも焦がれるのも服を作ってあげたいのも愛することに疲れてしまったのも、全部全部あの子だから。
だから、君には、あの子になって貰わなきゃ。

「好きだよ」

好きだよ。愛してるよ――――サファイア。

自覚できる程度には、美しく、それでいて乾いた笑みだった。


贈る言葉は誰に宛てた?


2016/12/17
ネタ帳の初恋を忘れられないルビーになります。

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