短編

眩む世界の秘め事


※裏

温泉に行きたい。言い出したのはどちらだったか。学業、ユニット、部活に生徒会。働く事が即ち心臓を動かす事なのではという程のワーカホリック衣更真緒である、予定も埋まりきって居ただろうに。予定を切り詰め、二人の希望が叶いかつ低予算で済む宿をリストアップし、更に道中の移動手段までもを調べ上げる、という作業をたった一人で終えてしまった彼の行動力と極度の世話焼き性にはただただ感服するばかり。
たまには休んだらいいんじゃない。温泉にでも使ってさ、と提案して寄越したのはきっと私だったのだろう。それによって恋人の負担を増やす結果となったのだから彼の性格を理解して居ながら私も馬鹿だ。
いや別に俺もそういうのいいなって思ってたから、とほんのり色づいた頬を視線を外すことで誤魔化しつつツアーも吃驚の小旅行のプランを手渡してきた真緒に対する『ツンデレのデレの部分に手間と時間をかけ過ぎだしそもそも照れ隠し程度であんましツンしてないよね』という感想は胸中だけに留めておいた。


胸元をまさぐり彼方此方を彷徨う手つきから察するに真緒の夜目は余り頼りになるものではないらしい。手を、身体を触れ合って、呼吸に耳をそばだてて、互いがそこに居る事を確かめながら輪郭をなぞっていく。

椅子に腰掛け一人虚空を仰いでいた真緒との会話が遠くなる。露天風呂だったから開放感あってよかったね、また来たい。そんな空気もすぐに何処かへ消えてしまう。
おいで、とでも言うように極上の笑みでこちらへ腕を広げた真緒の、その衝撃たるや。
柔らかに曲げられる翡翠の眼。風呂上がりの微かに色付いた頬。絡め取られた思考のまま、誘われるがまま進み寄って向かい合わせに私は座った。重ねられた唇に瞼が降りてくる。
ぎし、みし、と二人分の重みを受け止める椅子が喚きを上げる中、あれよあれよと空気は揺れて流されるようにして至る現在。身動ぐ度に肌を擦れるざらざらとした浴衣の裏地が唯一の不満だ。

「……ね、あっち移りたい……」
「お、やる気になったのか?」
「ばっか、違う。椅子壊しちゃったらあれでしょ。だから」
「わかってるって」

甘えてみればすぐにこれだ。私の胸中を察してか、そう怒んな、と頭に手が置かれた。いつものように笑う彼の瞳はいつも通りと呼ぶには平常ではない。獲物を眼前にした獣、とでもいうのか。
敷かれた布団に場所を移して再開されたのがくすぐり合いと呼べる子供染みたものであればよかったのに、と満更でもない癖に天井を見据える私は思う。
忙しなく動き出す右手は乳房を強く握って、指がぎゅうと胸の飾りを押し潰す。

「真緒、暑い。脱いじゃ駄目……?」

はだけさせただけの狭い入り口から入れられた手は大層動き辛そうに撫で回すのにそれでいて全部を脱がされてしまう気配はない。薄生地といえど肌が逃したがる熱を閉じ込めてしまう蓋には十分成り得て、おまけに私達は風呂上がりだ。私の片耳の側に腕をついている真緒の肌も薄闇の中、色付いていることが伺える。行為に及ぶ際、大抵はすぐに脱ぎ捨ててしまう彼がそのままということはまさか、と悟った。

「着たまま?」
「これってそういうもんじゃねぇの?」
「……浴衣はただの寝間着だと思うけど」
「そういうなよ」

ちう、と大分ぎこちなさを失くしつつある小慣れたキスが頬に落とされた。それだけでもう溶かされたみたいにその気になってしまうのだから単純だと自分で自分に対して思いながら、もう一度、今度は唇同士で、とキスをねだる。優しい恋人は小さな願い事を叶えてくれた。
太腿を撫でて行く真緒の手が浴衣の裾を引っ張る。帯を締めたまま露わされてしまった脚とその上の部位が闇の中とはいえ恥ずかしい。そのまま下着越しに指で触れ、割れ目に沿って指を這わせた。

「すごいことになってんな。これならいけるんじゃないか?」

にこやかに、悪い顔。
何が、なんて野暮な事を問うほど私達の関係も清くはない。
あっと声を出す間も無く剥ぎ取られてしまうと、つぷり、硬い指が沈められる。それはそれは綺麗な、それでいてごつごつとした逞しい指にぐちゃぐちゃ掻き乱されて、溢れてくる液体を弄ばれて。肉壁のあちこちを押され擦られると痛みが緩和されていくのはいつもの事。
喘ぐ自分を見下ろす真緒は男の子の顔と眼をしていた。
回した腕を滑らせた背中は男らしくて、それでもまだ少年らしい部分も残っていて。細身に見えても柔らかくはなくて。隔てられた薄い布が恨めしく思えてくる。
彼を獣のようだと私は云った。確かにそうだ。覆い被さり、正面から、丁重に愛でくるんだ欲をぶつけてくる姿は雄々しい以外に表す言葉が見つからない。だけど本人も気にしているらしい小柄な体躯は獰猛な肉食獣としてしまうには不似合いで、嗚呼何と言えばいいのか。
何を思おうが頭がどうにかなりそうなのだけは変わらない。
挿れるぞ、の合図が意識に引っかかったような気がした。
閉じ合わさっている場所を割って半ば強引に推し進められる熱量をはくはくと薄い呼吸で外気を取り込みながら受け入れようとする。真緒の汗が顔に散って、私の視線はだらしなく緩み着崩れた浴衣から覗く真緒の胸板に吸い寄せられる。次の誕生日を迎えてやっと17になる真緒は今はまだ16歳。まだどこか未熟で未完成なのに眼前にある彼の美は完成され尽くしているように思えて。
くらくら、ちかちか、身体の次には脳が、心が真緒の全部で侵されて行く。
深く、貫かれ――子宮が抉られる。堪らず取りこぼした嬌声と共に泡立つ私の背筋は弓なりになり、喉が仰け反った。
達した私の“思わず”の締め付けが真緒を道連れるようにいざなったらしい。強く唇を噛む真緒の嗚咽とも取れる微声量が耳朶を甘噛みするようだった。


「泊まりにして正解だったろ」とはおはようの挨拶も早々に私の額へキスを落とした真緒が微笑みながらに放った言葉だ。


2017/01/17

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