短編

思い知らされました。世界はまだ、大きくなるのですね。


※ヒロイン=RSE/oras主♀

ずずぅぅぅん、と地響きを轟かせ、メガメタグロスの鉄脚の巨体が床に落下する。屋内にも関わらず巻き上がる土埃が晴れた頃、闘技場の中心部でぐるりと目を廻したダイゴの切り札は、一度拍動を響かせると魔法が解けた様に通常の姿へ戻っていた。メタグロス、メタング、ダンバル二匹の計四匹が結合したメガシンカ状態から、分離して。遺伝子の紋章を内部に閉じ込めた石飾りのラペルピンが光を失う。
ダイゴは一言労わりを投げかけ、鋼鉄の体躯にモンスターボールを押し当てる。発光、そして収束。

「強くなったね、ハルカちゃん。もう本気のボクでも勝てなくなってしまったかな」

自身の相棒と戯れていたハルカの、ややはっとした様子の、そんなことないです、というはにかみを滲ませた謙遜が透明感を以て響いてくる。それがね、そんな事あるんだよ。抉られた床に乗せたダイゴの靴底が、真新しく拵えられた穴や罅割れを物寂しげに舐めた。

「あの、ダイゴさん。今日は、ですね、お手紙をお渡ししたくって……」
「え? あぁ、ありがとう。また父からの言伝てかな?」

手紙に少女という組み合わせに初対面のハルカを現在の彼女に投影する。ジム戦を終え、洞窟内を駆け抜けて、亜麻色の髪と紅のバンダナと膝小僧に砂を被らせた、まだ力量も未成熟だった発芽したてのあの子は――今こんなにまで勇ましく、それでいてしなやかに美しく咲いている。
身内に鉱物狂いの浮浪者のレッテルを貼り付けられた男に、手紙の用事で足を運んでくれたというのなら、何も挑戦者として真っ直ぐ四枚の扉を撃ち抜いて来ずともギアに連絡を入れてくれれば自分が持て迄出向いたのに。律儀で真面目で愚直な子だな、と感じつつ。
ハルカよりいやによそよそしく差し出された愛らしい四葉柄の封筒を、父が選んだものかと考えるとやや気色悪くも感じたが、封を切ってみると中に並べられている文字はハルカ自身のものらしく、おや、彼女はメッセンジャーではなかったのだろうかと思いながら、糸のような文字から意を汲み取るべく注視し、そこで。しまった、と。魂のこもった文字列に辿る意味を悟った時、自らの酷い思い違いをもまた同時に悟り、ダイゴは愚かな己を頭から罵りたくなるのだった。
フィールドに迎え入れた時点で、本日の少女に対し、神経に引っかかる疑問符も存在はしていたのだが。しかしながらよもやいつの間にやら寄せられていた恋慕の隠し場所を明かされるなどと誰が予測できたか。
ハルカの前で平然と目を通してしまったそれは、まごうこと無きラブレターだった。
ハルカの、気の毒に思うほど縮こまった肩、熟れて今にも崩れそうな林檎の赤ら顔。四天王と王の壁を律儀に貫いてやって来るような少女にして猛者の彼女であろうとも、恋情を差し向けたダイゴを前にしてはこんなにもしおらしく恥じらうらしい。何か言葉を、と使命感を煽られるがままに口を開きかけるが、甘ったるくまろやかな子供向けの弾丸などというものは予め装填しているはずもなく。

「あー、えっと……?」

どうした、ダイゴ。これくらいで焦るとは。取り乱すとは。久しく味わう初々しさ、それが蘇ってしまって思考をとことん鈍らせる。終いにはここから消え去るには自分の手持ちのどの技を使えばいいのだっけ、と考え出す始末だ。
硬質な躰のエアームドでひとっ飛び、ではなくて。

「お返事、待ってますからっ」
「あ、待って! ハルカちゃん!」

引き留めの声も指輪で飾った手も虚空を引っ掻くばかり。殿堂入りの記録も待たずして脱兎となって駆け出していく夏服の背中は、掻き乱されたダイゴの心情に加え、破壊され尽くした王者の間の有様も相まり、まさに嵐の化身そのものだった。

出会わなければ世界なんてこれっぽっちも変わっていなかっただろう。貴方に出会えて、今まで生きていた世界がどれだけ小さかったかを思い知らされました。世界はまだ、大きくなるのですね。


2018/04/17
pixiv投稿作品と同じです。

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