図鑑所有者の妹

ルビー妹+MIMI

「MIMIはどう思っているんだい、兄さんのこと」

蒼い夜陰に身を隠しながら口にするのは、端から答えなど期待していない問いだった。
安眠の神様に見捨てられた夜、砂糖たっぷりの温めたミルクを口に含めば口内にじんわりと染みわたる甘やかな味。熱い熱を持ったマグカップの取っ手を握る指を変えて、両の手で強く握る。
半透明化された上部カプセルの中でこちらを見つめるヒンバスの黒目を一瞥し、ふっと微笑した。兄を慕う健気なさかなポケモンは、マスターに演技を褒めてもらったり、笑いかけてもらったり、身体の手入れをしてもらう時、とてもかわいい顔をする。
聞くまでもない。思っていることは私と同じ。わかっている。だから聞いたのだ。

「私は好き。大好き。だから、幸せになって欲しいって思ってるんだ」

――でも兄さんは、あれで幸せなのかな?

父の束縛から逃れ、かしこくたくましくかわいくかっこよく何より美しい自慢のポケモン達に囲まれ、大好きなコンテストに打ち込めるこの旅路を兄は素晴らしいと、幸せなものであると、兄はのたまう。それは、今ではもう嘘とすり替わって真実となっているのかもしれない。だけど過去を知る私は、とても言葉を正面から受け止めることはできなくて。

「正直、さ。私は、君が美しくある必要なんて無いんじゃないかって思っているんだ」

ヒンバスだって綺麗なもの、輝くものを確かに秘めているっていうのに。見た目と、“今”目の前にある事実だけで判断する兄さんに、世界はきっと狭苦しく見えているんじゃないか。
正直なことは美徳だ。好きと嫌い、イエスとノーがはっきりしているのは兄の長所だ。だが欠点が美点の裏返しであるように逆もまた然り。何気ない否定が誰かを傷つけているってことを兄はもう少し自覚した方がいい。
“子供だから”、そんな言い訳がある今はそれでもいいかもしれないけれど、嘘と欲で綺麗に塗り固められた大人の世界で生きていくには、それでは幾らも不十分だと思う。

「MIMI。君は今、幸せかい?」

思考と、想いと、現実と、本音とがごっちゃになって誰に対しての問いだったのかもわからなくなってしまった。
同じ色の目を持つ兄妹だというのに。どうして。どうして、こうも見えている景色も、見ないようにしているものも、まるで違うのかな。


2016/12/04


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