図鑑所有者の妹

ルビー妹+チルット

辛かった、というのが正直な理由だ。ポケモンコンテスト会場の眩い照明の中、きらきら燐光を纏って美を証明する兄を見ているのが、辛かった。重ねた歳が浅いからか、自分はまだ表情を造るのが苦手で、感情を隠し抜くのが下手くそで。旅に対する複雑な心情を大好きな兄にだけは知られたくなかったから。
ジムリーダー招集までにもらった1日の猶予。うつくしさ部門に挑む兄さんには適当な嘘を吐いて、会場から離れた私は行き場なくハジツゲタウンを彷徨って。そうして、114番道路の側まで辿り着いた。

「どうしようか?」

何の気なしに召喚した幼馴染のクチートに短い散歩の行き先を問ってみる。
遠目に映るぼやけた看板を睨みつけるようにして読み上げると、このまま進めば流星の滝があるそうで。洞窟内の空間だから汚れを嫌う今の兄とはとても行けない場所だから、立ち寄ってみるのもいいかもしれない。
まだ見ぬ未知にわくわくと心を弾ませ、看板の道案内に従って足を出した、そこへ。ぽふっ、と。何やら好ましいふわふわの感触が頭に落ち触れた。

「……ん?」

何か不審な物体が頭部に落下してきて不思議に思わない人間はまずいない。疑問符を頭上に貼り付けたまま、私はそうっと手で掴んで見た。すれば、もふり。やわっこい。
顎をあげて、ちょうど上を見上げる格好を作ってみると、ずるっと乗っかっていたものが後ろへ滑った。
再び落下の運命を辿ることになるもふもふの物体を仕方がないから受け止めてあげよう、ものぐさの中の優しさで腕を広げて後ろを振り返るが、そんな親切、いらなかったようだ。
なぜなら物体は列記とした生物、ポケットモンスターで、幼いながら翼を持った鳥ポケモンであったから。
小さな空色の体躯にふわふわとした翼を持つ姿は青空を連想させるかわいらしいもの。進化すれば円らな双眸の愛らしさはそのままに、鳥ポケモン独特のしなやかな美に加え、竜らしい勇ましさを身につけると確か図鑑で紹介されていた……そう、チルットだ。驚きと一緒に種族名を口の中で咬み殺す。以前、「飛行ポケモンを持つならこういうbeautifulな子が望ましいよね」と兄さんが話していた、あの。
でも少しおかしくはないか。進化形にして最終形態のチルタリスならばまだしも、小鳥のチルットはまだ十分な戦闘力は持たないはずで、それを補うため群れて行動するはずなのだ。なのにここに一羽だけでいるって、どういうことだ。

「ねえ、君さ、ひょっとして迷子?」

…………。反応無し。さすがに私だって人外相手に会話ができると思っていたわけじゃない。だけどこの子もこの子だ。仲間がいない不安感にもう少し慌ててもいいだろうに。マイペースな、そう、おっとりな子、なんだろうなぁ。

「おうわっ、とっ?」

また私の頭に飛び乗るチルット。

「なあに、そこがいいの?」

あーあ、でれでれしちゃって。表情緩んでるし。相手は人間なんだからもう少し警戒とかしようよ。かわいいなぁ、もう。



「師匠ー!! ホラ、このとおりスーパーランクうつくしさ部門!! 勝ってきました!!」
「おめでと、兄さん」
「あぁ、なまえ。ん? その頭の子はどうしたんだい?」

君の新しい手持ちかい、と優勝したことで上機嫌なのかにこやかに尋ねてくる兄。未だに頭に乗ったままのわたどりをひと撫でし、うん、と私も上機嫌ににこやかに頷いた。

「よし、では出発するとしよう」

ドルルル、とエンジンが唸りを上げる。
真っ正面から風を浴びて突き進むのは蒼穹の中。広がる空色、揺蕩う綿雲。新たな仲間と似過ぎた景色に、頼むから迷子にならないでよ。と帽子を抑えるみたいにチルットの羽根に軽く触れて、真上の瞳と目を合わせた。


ガール・ミーツ・ハミングバード


2016/12/03
ルビーの手持ちに飛行要員がいたらチルタリスになっていたという裏話をどこかで聞いたのでなまえちゃんに持たせてみました。ハミングバードってはちどりの事なんですが細かい所は突っ込まないでもらえるとありがたいです。笑。


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