図鑑所有者の妹

ゴールド姉+レッド
ネタ提供より


大型ポケモンの飛行手段を持たないゴールドに代わり、姉のリオナが米の仕入れ役としてつかわされるのは、月1回の頻度で発生する日常のイベントで。この日も買い出しに手持ちの飛行要員と共に空へ舞い上がる。
事件が起こるのは、帰宅直後のこと。

ポケモン屋敷。いつの頃からかそんな呼称が付いた我が家に足を踏み入れてすぐに、リオナは家族の誰とも違う気配を知覚した。母は不在、ゴールドもこれから訪れる客人に手料理を振舞うべく買い出しに出かけている。誰もまだ帰り付いてなどいないはずなのに、それなのに、誰かいる、と。察するや否や胸中に生まれる一株の不安。
微かに鼓膜を震わせた、雨によく似た水音に誘われてリオナは風呂場へと足を向ける。
抜き足差し足忍び足。なにゆえ自宅の床を踏むだけでこんなにも気遣う必要があるのかと若干の苛立ちを覚えながらも、リオナの一歩一歩は至って慎重に踏み出されていた。泥棒か、いやならなぜ風呂を使って長居をするのだ。不審者は不審者でも変態の類、ひょっとして屋根裏部屋に住み着いていたもう一人の住人だったり……。などと、湧き上がってはしゃぼん玉のように弾け飛んでいくのはらしくもない被害妄想達で。
きゅ、と蛇口の閉まる音と共に水の注ぐノイズが途絶えた。リオナの足は、奥に風呂場を構える洗面所の前で止まる。壁に背中を合わせ、向こうからの死角となるであろう位置に息を潜め、リオナは耳をそば立てた。
風呂場の戸が鳴らす開閉音。ぺたぺた、と濡れたような素足からの足音。そして時折途切れながらに聞こえてくるのは衣擦れの音だ。
次の瞬間、リオナは床を蹴っていた。堂々と侵入者の目の前に躍り出ると、相手を暴き、また自らも暴かれる。侵入者の視線がこちらに向いた、その気配を肌で感じ取る。
恐れるなと暗示を唱え、真っ直ぐに見つめる先。そこにいたのは。
真新しくふわふわとした手触りのバスタオルを肌に押し当てる、半裸の――黒い髪に赤い瞳の少年だった。
デニムを纏い、下半身を隠しているとはいえ上は何にも覆われる事無く晒される素肌。色の白い肌が目に眩しい。
降りる沈黙。数十秒に及ぶ間。

「…………」
「…………」
「…………こっ、」
「……?」
「こっ、こんの……っ。変態ィィ――――っ!!」
「――っ!? ちょ、ちょ、ちょっ、待って、く、れ……!?」

手近にあったバケツを引っ掴むと、リオナは咆哮と共に少年の頭部に向けて投じていた。刮目をする赤色。
刹那の鈍い衝撃音が痛々しく場の空気を揺らした。

***

『だーから、その人がレッド先輩なんだよ姉ちゃ……姉貴! 言っただろ、泊まりに来んの先輩だって。その人!』
「あー……そうだっけか?」

「だからさっきからそう言ってるじゃんかー!」後ろから上がったレッドの悲痛な叫びは恐らくはギアを通して弟の耳にも届いたことだろう。

曰く、挨拶代わりのポケモン勝負と洒落込んだところ、思わぬ事故でレッドだけが泥を頭から盛大に被ることになり、寸の所で自分だけ逃れたゴールドが詫びも込めて自宅のシャワーを貸していた、というのだ。
弟の部屋から引っ張り出してきた金属バットを手放し、壁に立てかけるとリオナはレッドと呼ばれた少年――ただし縄できつく縛り上げるだけでは飽き足らず、布団で簀巻きにされた姿でいる――を振り返る。

『まさかとは思うけどよ、何もしてねぇだろうなぁ、姉貴?』
「……簀巻きって失礼の内に入る? ……よねえ……」
『だあああ!!』

いいか、姉貴。もうこれ以上余計な事なんっもすんじゃねえぞ!? と受話器を挟んで怒りと焦りを露わにするゴールドを、はいはい、と適当にあしらうリオナの表情には反省の“は”の字も浮かび上がっては来ない。

「えーっと、レッド君。……悪かったよ、早とちりで。殴っちゃってさ」

あまりに軽すぎる彼女の謝罪に大雑把な性格をひしひしと感じ取るレッドは苦笑をして、大きなたんこぶを作った頭で項垂れた。

「そりゃ仕方なくはないけど! いいって、オレも悪かった、多分。これ、ほどいてくれるよな?」
「もちろん」

***

あー、レッド君はゴールドんとこに布団敷いてもらいな? あっ、それとも私ん部屋来るー? いやーん。
笑顔でそうのたまうリオナに慌ててぶんぶんぶんっとかぶりをレッドがかぶりを振ると、冗談だって〜、と真っ白な歯を見せ笑む彼女にばしばしと、少女に似合わぬ力強さで背を叩かれた。
部屋の真ん中で、ででーん、と存在を主張するベットにいつも通り寝転がるゴールドの隣、客人用の布団にレッドは潜り込む。マットレスの上と敷布団の上、高低差のある場所から同時に仰ぐ天井は同じ景色でも決して同じようには映らない。
夜陰の向こうの天井に注がれた金色の視線が、ふいに。

「レッド先輩、うちの姉貴がすいませんっした。……いやもうマジで」

一泊の間を置いて、レッドは微かに「……いや」と零す。瞼の裏に蘇るリオナの笑みを刻んだ輪郭は、先ほど振舞われた彼ら姉弟の得意料理なのだというグレン風火山ハンバーグの味と共に。

「すごい姉ちゃんだな。色んな意味で」
「まあ、すごいッスよ。色んな意味で?」
「だけど、楽しそうだ」

赤い瞳を閉ざせば、睡魔の迎えがすぐにここまでやって来た。


2017/05/01
拍手よりご提供頂きました、「ゴールドの姉とゴールドの家に泊まりに来たレッドの話」になります。あまりネタを生かせたような気がしませんが……申し訳ございません! 素敵なネタから不審者に間違われてしまうレッドを思いつき、半ば強引ながらねじ込むことができましたので、満足でございます。ありがとうございました。


back
- ナノ -