彗星症候群

戦うことだけが生きることだった

「ねぇ、大丈夫?」

投げかけられたその瞬間は、その問いが誰に向けて発せられたものなのかを脳が理解できずにいた。

物心ついた時には常に周りは真っ暗で。太陽の見えない埃っぽくて狭苦しい部屋の中、顔を隠した不気味な仮面の感触だけが“冷たいもの”。逆にいつも傍にいてくれて、親の愛情を知らないオレに人のぬくもりというものを教えてくれた義姉の存在だけが“温かいもの”。
氷の冷たさ。初めて外に逃げ出した時に感じた夜風の冷たさ。齢11歳にして知った世の理不尽という冷たさ。
知り尽くしていた、はずだった。どんなに足掻こうとも努力などでは取り巻く世界は簡単には変えられない。光の溢れた街並みとは裏腹に、自分の心にはどこまでも影が付きまとう。
全てが信じられずに受け入れることを拒み続ける影の住人が生きることを許されるのは、銀の月が満ちる頃。
自分の知らない自分を見つけるはずの旅路の中で、無縁だからと諦めていた温度に触れた。完成され尽くした歪んだ価値観を平気で捻ってまっすぐに伸ばし、閉ざした己の世界をこじ開けてくる陽光のような金目の、くすぐったさを――知ってしまった。

強すぎる光から逃れたい一心で、双眸から視線を外す。
頼むから、どいてくれ。
渇いた喉から絞り出す、掠れた声が弱々しく訴える。だが今にも倒れそうな顔色で歩く人間に調子はどうかと問いかけている時点で、大丈夫とは言い難い体調なわけで。見知らぬ人間を引き留めている時点で、それを見過ごしてくれるわけもなくて。
ぎらぎら空から照らし続ける太陽はオレが独りになることを許してはくれない。
そしてきっとこの少女も、同じ、なんだ。

「無理だよ。だって――」

“放っておけない”。合言葉のように、口癖のように断言する彼女は強い眼差しで進もうとする足を引き留める。

優しく傷跡に触れる手のぬくもりを、また知った。



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