彗星症候群

こころ染めてゆく

マサラは真っ白、はじまりのいろ。
なんて謳われているけれど、一度の旅を終えた身としては全てを純な白として瞳に映すことは今までの全部を無かったことにしてしまうようで、何だか少し違うような気がした。途中まで綴りかけた物語の頁でもめくるように、少年はゆっくりと視線で周囲を見回した。
無地の画用紙にも似た快晴と、風が広がる緑の草原。片手で数え切れる程度の家々に、それらを隠せる数の木々。のどかな田舎町の風景に上手く馴染んで建っているのは、幼いころより見慣れた白く大きな建物だった。
オーキド研究所、と看板が掲げられているその建物を眼前に。以前この町を後にしたときと変わらずに穏やかで、しかし確かに違って見える故郷の景色を、名前と同じ赤い両目に焼き付けてから。やがて、少年――レッドは息をつき、ゆっくりとその目線を上げる。

「なに、してるの?」

不意にかかった声はひどく聞きなれた、だが久しぶりに耳にする幼馴染の声だった。

「なんだ、なまえかぁ」
「なんだって……わるかったわね、私で」
「いや、こうして会うの久々だなーってさ。どうしたんだよ、今日は」

隣に腰を下ろした少女は目を逸らし、一度噤んだ口を再度開いて聞こえるか否かの声音で「別に」と小さく零す。

「用事がなきゃ、会いに来ちゃいけない?」

小首を傾げて彼女は懇願するような口調で問うて来た。
緑目のライバルに負けず劣らずつんけんした態度が常のなまえが、抱いた気持ちを素直に伝えてくるだなんて珍しいこともあるものだ、伏せられてしまった瞳をまじまじと見つめながら、レッドは思考に耽る。

「よかったらだけどさ、少し歩こうぜ」

それは、不自然な静寂を打開するために発した精一杯の策か、それとも彼女とふたりきりでいたいという無自覚な欲求が本能的に感情を後押ししてしまっての行動か。
どっちつかずの理由のまま、小さく白い手を引いた。あの頃に戻ったつもりで繋いでみたものの、すぐにレッドは後悔する。あぁ彼女はこんなにも弱々しい少女なのだと、改めて感じたからだ。

「ん? 照れてるの?」
「違ぇよっ!」

なまえを連れて足の向くままに訪れた、マサラタウンとトキワシティを繋ぐ一本道。1番道路と称されるこの道は、まだ旅に出ることの許されない子供たちにとっては格好の遊び場で。今も昔も幼い彼らはポケモンバトルを模した遊びに夢中だった。

「いけっ、ニドリーノ!つのでつく!」
「ゲンガー!かげぶんしんでかわして!」

無邪気な声が飛び交う中で、お互いに技を繰り出し合うポケモン達。その攻防を離れた場所に佇む二人は見守る。

「あーっ! なんかオレもバトルやりたくなってきた!」
「ちょっと、しばらくはピカたち休ませたげるんじゃなかったの?」
「いいじゃんか。お前らもやりたいよな?」

腰に付けられたモンスターボールの半透明のカプセル越しに尋ねれば、戦意に満ちた電気鼠のつぶらな瞳が戦いたいと訴える。

「息抜きに戦ってみようぜ、なまえ」
「息抜きのためのお休み期間でしょ。――まぁ、いいけどね。昔みたいに叩きのめしてあげる」
「オレだって強くなったんだからな、あの頃みたいに負けたりしないさ」
「どうかしら」

繋いだ互いの手をほどく。唇を舐めながらボールを手に取るレッド同様に、口元に微笑を刻むなまえもまた馴染みのパートナーを選び取った。
一定の距離を開いて向き合うと、開閉スイッチに指が伸びる――試合、スタートだ。
破裂音が鳴り渡り、場に二つの影が浮かび上がると鋭い号令が双方の口から放たれた。

「“10まんボルト”ッ!!」「“でんこうせっか”!」

静かな静かなマサラタウン。
少年少女の冒険に、ほんのいっときの休息を。



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