collar less
05.ステップ・アップ

ピンピンピロリン。本日二度目の電子音。ポケモンセンターの代名詞とも云えようその短いメロディーは、回復終了をトレーナーに知らせてくれる親切丁寧な呼び出し音だ。

「お預かりしたポケモンはすっかり元気になりましたよ」

花のように優しい笑顔でモンスターボールを手渡してくれるお姉さんはなまえが一歩後に下がると、「またのお越しをお待ちしています」と会釈をして送り出してくれた。
赤茶の子狐、ロコンと、それから。

「スピアー……って、いうんだよね。この子」

先ほど捕まえたばかりの新顔は、ここに辿り着くまでボールの中から様子を伺うばかりの至って静かな聞き分けのいい子。
センター、ロビーに設置されたソファーで一足先に休んでいたグリーンの隣に腰を下ろし、彼の眼前にモンスターボールを差し出すと短く唸るような返答を寄越された。
もう少し関心を見せてくれてもいいではないか。トレーナーとしての素質が素人同然であったはずの彼女が、1時間程席を外して戻ってきたら捕獲を成功させていて、尚且つロコンともほんの僅かといえど距離を縮めてしまったことに対し、内心複雑なグリーンの心情など知る由もないなまえは思う。

「話を聞く限りでは群れのボスなんだろう。手懐けるのは相当困難だと思うが、そのスピアーの様子を見ているとどうも違うらしいな。信頼、ともまた違う……何かがある」

そういえば。あの時――捕獲が完了した直後、群れから外れた一匹のスピアーがボールに納まった親玉と意味深に視線を交わしていたような気がする。思えばあれはアイコンタクトのようなもので、群れを任された、ということなのかもしれない。
それを話すとグリーンは。

「なまえをトレーナーとして認めたわけではないが捕獲されたことについてはまぁ飲み下してやろう、ってところだろうな」
「…グリーンって何かにつけて一言多いよね」

嫌味を含ませたように零してみると、軽く頭を叩かれた。地獄耳め。

「暴れる心配もなさそうだし、この子も出しておいてもいい?」
「あぁ。好きにするといい」
「うんっ」

破裂音を響かせて出現したのは黄と黒の横縞模様にぎょろりと光る赤い両眼、四つの翅。加えて鋭い毒針を両手とお尻に備えた姿は、女性からはあまり好まれそうにない虫ポケモンの典型例だ。

「よ、よろしくね」

相手に握手を交わせる手がないことにまで頭が回らず、ついいつもの調子で手を差し出すと、ぶぅんと空気を震わせる羽音が響いた。
とりあえず、こちらに同行する意思は見せてくれているようなので安心する。
手持ちになってくれたのだから当然だが、今のスピアーに攻撃する意志はないらしい。だが仲良くする気も強くはないようで。床に向けて下げられていた両手の大きな針をやや警戒の入った視線で見つめるロコンと、自分も同じように警戒心は拭い切れていないために強く諭すようなこともできなかった。
彼の、グリーンの言う通りなのかもしれない。
赤い両眼の奥に灯っているのは少なくとも友好的ではない光。それでも決して敵意ではないように思えるのだが、それが何という感情であるかまでは今の私にはわからない。
何を、どうすればいいんだろう。
戦うことなどできない自分がいち早く彼らと打ち解けるにはどうすればいいのだろう。
足りない頭で算盤を弾き、考える。

「やっぱり、バトルなのかなぁ……?」
「一番の最短ルートはな。だがお前が本気でやろうとしない限りそいつらも応えようとはしない。ここで課題を増やしたのはあまり賢いとは言えないと思うぞ」
「んー……」
「なんならオレとやってみるか? バトル」

こちらに向けられた深緑の双眸はこれ以上ないくらいに真剣な光を湛えていた。

***

びゅん、とスピアーの眼前を疾風の如き速度で相手は駆け抜けた。
ストライク。かまきりポケモン。タイプ、虫・飛行。鋭いカマで獲物を切り裂き、息の根を止める。ごくまれにだが翅を使って飛行することもあるそうで、その忍者のような素早さを持ってしては残像でしか姿を目視確認できない。
情報源である手元のポケモン図鑑は対戦相手からの借り物であり、バトル初心者の自分にとっては再上限とも云えるハンディだろう。だがそれは実力者の戯言でしかないことを、今、私は身を以て知った。
図鑑とは、ある程度の実力とセンスを備えた人間が使ってこそ、その真価を発揮する。しかし、経験も浅く実力もなく、バトルを勝負として成り立たせることすらままならない私が持ったところで、それはただ目の前に突き付けられた絶望を知らしめるだけの道具でしかないのだ。
いや、問題はそれに限ったことではない。
だってグリーン、闘技場に連れ出す直前。安心しろ。手くらい抜いてやる――って言ってたじゃない、ばか! これのどこが“手抜き”なのよ!
心の中で悪態をつきながらも、見据えるのは遥か先のバトルフィールド。
号令を、高らかに。

「スピアー、“ミサイルばり”!」
「かわせ、ストライク」

連続で発射された幾つもの槍だが、当ての外れたそれは揃って虚しく空を切る。掠めたのは先ほどまでストライクが「居た」場所であり、肝心の相手はというとスピアーの背後から迫り、振り翳した巨大な鎌で翅ごと“きりさく”。
当たらない。早過ぎる。このままじゃダメージを与えることすらできずに戦闘不能だ。そんなの嫌だ。嫌に決まっている。

「なまえ、図鑑があるだろう、それを見ろ!」

言われて、ハッとする。
ハンディなんてまっぴらごめんだが、今はそんな生意気も強がりも言ってはいられない。図鑑と手加減だけでリーグ2位に勝てる私なら、ジムリーダーだって怖くはないはず。

液晶画面を指で叩いて使える技を確認する。目に飛び込んでくるのは簡単な説明文と、技のタイプ、そして大まかな威力を現す数字。その中から見つけ出した技は次の一撃を確かなものとするための、変化技だった。

「“きあいだめ”……ッ!!」

数で追い詰め、刺して刺して刺しまくって攻撃するのがスピアーの習性だ。群れから外れた彼とのシングル戦、強みであった数を補うため、ひたすらに集中力を高めていく。
向こう側に視線を投げれば、「いい判断だ」とでも言いたげに挑戦的な緑色が微笑を含んでこちらを向いた。

「今だよ。“ダブルニー――」

刹那、斬撃。
振り下ろされた刃が黒と黄の体を掠める共に耳を叩く、ざしゅうっ、という痛々しい音が決め手となった。

***

「ばか」
「すまん」
「ばかばか」
「悪かった」
「ひどいよ。手加減するって言ったじゃん」
「つい本気になっちまったんだよ」
「ばかばかばかばかばかばかばか」
「やめろ。気味が悪い」

センターの世話になるのはニビ到達1日目にして三回目、受付けのお姉さんに顔を覚えられてしまったことに尋常じゃないストレスを感じ、呪いの如く同じ言葉を浴びせかける。

「だがまぁ、少しは距離も縮まったんじゃないか。一応、指示も聞くようだしな。どうする、このままシオンに進んでもいいんだぞ」
「話逸らすことにかけては天才的だ……」
「何か言ったか?」
「いーえっ、なーんにも」

膝に抱えていたロコンをぎゅっと抱きしめる。仄かに伝わる体温は炎ポケモン特有の熱っぽさだ。ふわふわとした赤茶の巻き毛が顔に触れるとくすぐったいが、ボロ負け直後の機嫌を直すのにはもうこれで十分なほどに心地よい。
現金とでも何とでも言えばいい。隣の緑目を見れば、健気にこちら側の返答を待ち望んでいるようなので口を開く。

「ニビを出るのは明日にする。だからグリーン、ロコンとも戦ってよ。絶対勝つから」
「あぁ、いいぞ。せいぜいバトルとして成り立たせてくれよ」
「ひっどい! そんなだから友達できないのよ!」
「それとこれとは話が別だ。やるぞ」
「わかってる。…から、ちょっと待って〜!」

ステップ・アップ
少しずつでも確かに道を踏みしめて


 

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