collar less
02.どうか君の旅路に幸あらんことを

『――で、お前らシオンまで行くことにしたのかよ?』

液晶画面に映る赤目の友人は瞳を皿のように見開いて、言葉が終わった今もぽかんと口が開きっぱなしの安保みたいな表情。

「そっちはこれからバトルだったか」
『おう。なかなか強そうなやつが相手だと腕が鳴るってもんだよなー』
「……がんばれよ」
『えっ、どうしちゃったの、お前。オレに向かって応援とか。いや嬉しいけどさ』
「違う、オレじゃなくてなまえからだ」
『あぁ、そう。んじゃオレからもなまえにへこむなよって伝えといてくんねぇ?』
「保証はできんな」
『っとに、優し―んだか自己中なんだかわかんねーな! オレが言うのもあれだけどあいつ相当鈍いぞ』
「邪魔して悪かったな。いらない忠告ありがとう」

淡々とした口調で取りあえず感謝の意を伝えておいた。

『ここまで感謝のかけらもないありがとうをオレは初めて聞いたぜ…』
「切るぞ」
『えっおい待てグリー――』

断りを言い切ると間を置かずにボタンに触れて、通話は終了。途端に暗く染まるディスプレイに映る己を眺めて、席を立った。彼女との待ち合わせの時間まで、1時間を切っていた。

***

降り注いだ陽光に一瞬だけ目を細めて。開け放たれた扉から覗く広大な空の景色を瞳に映す。
よく晴れている。予報によれば晴れ模様は今日一杯続くはずだ。
眩しい日差しを全身に受け止めて、伸びをする。
まるで旅立ちを祝福してくれているかのような晴天を眺めて――くすりと口の端から零れた笑み。

今日は私の、旅立ちの日だ。

「それじゃあ博士、ナナミさん、いってきます」

オーキドポケモン研究所を前にして、憧れだったその台詞を口に出す。
自分の舌が象った“いってきます”を噛み締めて、ふっと息をついた。
いよいよだ。始まるんだ。自身に言い聞かせるよう呟いて、熱を帯びる身体の芯を自覚する。
自分を見送りに来ていたナナミさんは姉弟でお揃いの茶髪をかきあげ、満足げに頷いてくれた。

「お前さんなら大丈夫じゃろう。グリーンもいるしな、心配はしていない」

ぴんと背筋を伸ばして首を縦に動かせば、隣のつんつん頭が口を開いた。

「そんな緊張することでもないだろ。シオンに行くくらいで」
「こーら。そういうこと言わないの、グリーン。一足先に旅に出ちゃったあなたと違ってなまえちゃんにとっては今日が記念すべき旅立ちの日なんだから」

代わりに言い返してくれた彼女と微笑みあって、自慢するように鞄を揺らす。ボールに衣類、それから少々の資金を詰め込んだそれは、いつか旅に出る時に、と両親から贈られたショルダーバッグ。だけど、これを引っ提げ大地を歩み出すことなどきっとできないと思っていた。
浮き立つ胸にあるのは、期待と不安と、旅への憧れ。
緊張感で張り裂けそうな胸に拳を押し当てて、深呼吸をひとつしてみれば冷たい空気が肺を満たしていくらか落ち着きを取り戻す。

「あの、ナナミさん、本当に私でよかったんですか。ロコンのおや」

腰元から取り出したのは譲り受けたばかりの輝きを放つモンスターボール。

「いいのよ。その子に広い世界を見せてあげて。それにマサラを出たとき、あなたを守る存在がいなくなっちゃうから」

にこりと綺麗に微笑んでナナミさんは私の頭を撫でてくれた。掌から伝わる温度に安心する。

「ちゃんと、面倒見ます!」

ぱっと表情を明るくしてそう高らかに宣言すると、「いってらっしゃい」「無理はするでないぞ」柔らかな声に私達は背中を押し出された。

どうか君の旅路に幸あらんことを
育った故郷に背を向けて
踏み出すのは最初の一歩


 

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