collar less
瞳の中のひまわり

森に注ぐ麗らかな日差しの温かみはいっそ狂気的だと常々思う。頭上で揺れる木の葉が取り零した木漏れ日が、和らぐ風の中で絶えず形を変えていき、地面に出来上がるのは光と影が蠢くコントラスト。燦々と。空の真ん中で輝くオレンジ色のお日様は、眠りと現実の狭間で彷徨う私をどこまで連れて行ってしまうのだろう。
通り過ぎるそよ風が名前と同じ黄色の、誰かが陽光の色だねと笑って言ってくれた陽色の髪を一筋、顔に散らした。

「…………――――?」

意識に割り込む声は、女の子のものだった。
何かを問われたことはわかるけど、言葉までは聞き取れなくて。薄く瞳を開いてみると森の形に切り取られた蒼穹を背にして私を覗き込んでいる人物。
耳と頭を繋ぐ神経回路が生き返った。

「大丈夫? 迷子……じゃ、ないみたいだね。お昼寝?」
「は……ふぁ、い、」

この女の子は、私を、心配してくれていたのかな。生まれた時に森から授かった不思議な力でポケモンの感情を読み取ることには長けていたから、人間相手にも同じ要領で察してみる。

「こんなところで寝てたら風邪引いちゃうよ。誰か待ってるの?」
「んん、そういうわけじゃ……」

強いて言うなら夕暮れを、空が茜に色づく時を待ってはいるけれど。
自分と余り大差無い年齢であろう女の子だが、柔和な物腰や喋り方はどこかお姉さんと呼べるような雰囲気を持っていて、何というか、わからない。童顔、ってものなのかな。

「お家はどこ? 送っていくよ」
「トキワシティ。けどいらないよ。私もう10歳だもの。一人で帰れる」
「でも、迷子になったら大変でしょう」

もっとずっと小さい頃から出入りしているこの森は、自分にとっての庭みたいなものだ。間違っても道がわからなくなることはないし、迷ったら迷ったでポケモンたちに尋ねれば済むこと。そう言おうとしたけれど、お姉さんは案外押しの強い人のようで、さぁ立ってと立たされるとしっかり手を繋いで送り届けられることになってしまった。
彼女は、お姉さんはなまえさんというらしい。私も、私はイエローって言うんだよって自己紹介をしたら、なまえさんはイエローちゃんかと一度リピートした後に、いい名前だねって微笑んでくれた。
ルチルさんはマサラに住んでいて、“けんい”ある――ようはとても偉いってこと――ポケモン博士の元でお仕事を手伝っているのだそうだ。

「なまえさんもポケモン、持ってるの?」
「うん。みんな大事な子達」

腰に並べて取り付けられたカプセル式の収納ボールを私と繋いだ方とは反対の手で優しく撫でて、慈しむように双眸を細めるなまえさん。言うように、とっても大事なんだ。大切なんだ。

「ルチルさんはバトルするの?」
「私? 私はあんまりしないなぁ。嫌いじゃないけど、……でもある程度の強さは必要かもしれないね。守るためには」

守る? どうして? 戦うのも傷つくのもポケモンの方でしょう? その時の私が問いを口にできたかどうか、今はもう覚えていない。もしかすれば私は彼女に訊いていて、彼女はそれに答えていたかもしれない、だけど。
これは今より1年程むかしのはなし。
365日の日々を見送って11歳を迎えた私はもう一度、なまえさんと初対面をする。あの時は少し礼儀を知らなくて言えなかった、初めましてをちゃんと言う。
今度は不思議で不可思議な、森に愛された力を持つ麦わら帽子の男の子として。

イエロー・デ・トキワグローブは――“私”は“ボク”になってしまったけれど、彼女は気づいていたらしい。

「大丈夫です、彼女あのこなら!」

優しいエールに背中を押されて、ボクらの旅は始まった。


 

[ back ]
- ナノ -