私が希望になってみせるよ
「おーほっほっほ! 今日からこのポケモン塾は悪の女帝なまえーノ様の支配下よ! ここにある滑り台もブランコもぜーんぶ私の物にしちゃうんだからっ!」
幼児向け特撮番組の悪役宜しく踏ん反り返り、そう高らかに宣告するのは普段着を隠すように丈の長いマントを纏い、一体どこで用意して来たのか、顔の半分を隠してしまう大きな仮面を身に着けたなまえ、もといなまえーノ。
だんっ、とスニーカーの足を地面に叩きつけて仁王立ちする彼女は悪役としてのスイッチが完全に入ってしまったようで、ニドリーノとスピアーを傍らに、にやりと意地の悪い笑みを作って見せた。
「やめるでアルー。ここはみんなの遊び場なのでアルー」
「きゃー! 助けてっ!」
「怖いよぉ……っ、クリスお姉ちゃーんっ!」
「ハッ、せいぜい泣き叫ぶがいい! どんなに喚いてもヒーローなんて来やしないんだから!」
ジョバンニ先生の手渡された台本をそのままなぞったような棒読み口調を気にすることなく、ちゃっちい印象を植え付ける自称悪の女帝に怯えて逃げ出す子供たちは純情そのものである。年長の男の子ともなれば空気を読むことを覚えるらしく、ぎこちないながらもジョバンニ先生に続いて演技に精を出していたが。
「大丈夫よ、みんな。少し待てば必ずヒーローが来てくれるわ! だからもう少し、頑張りましょ?」
ぐっと握り拳を作るクリスは水晶の瞳を細め、今にも零れそうな雫を目にいっぱいに溜めた女の子に笑いかけた。「本当に?」と聞かれて、「えぇ、きっとよ!」と事前に準備してあった先ほどの台詞に続けて口に出す。
きっと、必ず来てくれる――お約束という名の確信があったからこそ励ますためにそう言ったはいいものの、数分後、発言に自信が持てないというあらぬ事態へ状況は加速し始めた。悪役なまえの言うように、どれだけ待ってもヒーロー役が現れないのだ。
どういうことですか? 役柄的には敵対しているなまえに向かって問いかけるも、かち合う両目はマスクの下で、自分もわからないと視線で言う。
これは、困ったことになってしまった。
せっかくみんな楽しみにしていてくれたというのに、遅刻、なんていう理由で全てが台無しになってしまう。確かに結んだ約束が果たされない、ということへの怒り以上に、感じるのは責任感だ。
このままポケモン塾はなまえーノによって侵略されてしまうのだろうか。
だめだ、だめだ。そんなのだめに決まっている。
仕方ない、と立ち上がった彼女はもうただの少女ではなかった。
「ごめんね、みんな」
「クリス、お姉ちゃん……?」
「ずっと黙っていたことがあるの。みんなを危険に晒さないために、黙ってたけど、もう秘密秘密と言っていられない……!」
ばさぁっ、と。
彼女がそれまで身に着けていたプリーツスカートが脱ぎ捨てられて、宙に踊るように翻される。その光景に息を呑む。
「キッキングヒロイン・クリスタルガール、ただいま参上ッ!!」
驚愕。その一言に尽きる表情をその場にいた誰もが浮かべていた。子供たちはもちろん、ジョバンニも、なまえも。
だがすぐに何かに気付いたように目を開くなまえを見、意図が伝わったことに対してクリスは心底安心した。
「クリスタルガール、だと!? まさかゴールドマン以外にも野望を邪魔する者がいたなんてね。でもあんたなんて私の敵じゃない。始末してくれるわーっ。やってしまえ、ニドリーノ!!」
だっ、と駆けだす紫の影。
クリスの手元が閃光する。特有の破裂音を響かせて、召喚したのはエビワラー、エビぴょん。しゅっ、しゅっ、と風を唸らせる拳で格好良く威嚇してみせる彼もヒーローの相方という役を少なからず意識しているらしく。
「いくわよ、エビぴょん。“ほのおのパンチ”!」
豪炎の唸る拳を叩きつけるエビワラー。しかし。そううまくはいかない、というヒーローもののお約束に違わず、ニドリーノの毒針の切っ先がグローブを裂いた。浅く割れた肌から滲み出す毒にエビワラーが呻き声を上げる。
「エビぴょん……!!」
「ふふ、ふはははははは!! 見誤ったな、クリスタルガールよ!」
「くっ……。エビぴょん、しっかりして!」
窮地に立たされる希望の少女。だが彼女はどこまでも子供たちの“希望”であり“光”であった。
「ぼくたちのヒロインがそう簡単に負けるもんか!」
「そうだそうだ! 負けるな、クリスタルガール!」
子供たちの声援を背中に浴びて、不屈のヒロイン、クリスタルガールは何度だって立ち上がる。この無垢で無邪気な笑顔を汚させるものか、と歯を食いしばって、水晶の双眸は敵を見据える。
ぎらぎらと暗闇さえも笑い飛ばせる陽光のような力強さをクリスは持たない。だけど、例えるなら旅人を導く北極星のような。小さくたってその優しさで包み込んであげられるような、誰かと力を一つにして強大な闇すら切り開けるような。
そんな希望に、光に、わたしはなりたい!
「わたしは、絶対、くじけないんだからあああ!!」
少女は、吠える。
どんなに傷ついたって立ち上がるのは、みんなの未来を守るため。
誰かに支えられて自分はここに立っている。自分を奮い立たせてくれる大切な人を今度は自分が守りたいから。大好きな笑顔を曇らせてなどたまるものか。
「エビぴょん! “マッハパ――――ンチ”ッ!!」
「ぐ、わぁあぁあああっ」
――そしてついに、悪の女帝なまえーノが地に膝を折った。
「さぁ、観念しなさいなまえーノ。どうしてこんなことをしたの?」
クリスタルガールと子供たちで跪くなまえーノをぐるり円を作るように取り囲み、彼等を代表してクリスが問った。
「くっ……。仕方、なかったのよ……! 幼い頃に両親は殺され、残された私の唯一の友達だったこの子たちはたくさんひどい目にあった……! だから、だから……」
なまえさんどんだけ役になり切っているんですか。今にも零れ落ちそうになった感想を寸のところで押し留める。「なまえーノ、かわいそう……」ぽつりと誰かが口から零したからであった。
慈愛のクリスタルガールは微笑みを湛え、肩を震わせる孤独な女帝に手を差し伸べた。
「そうだわ、なまえーノ。ここでみんなと一緒に暮らしましょう?」
それは正しく、常闇に差す一筋の希望の光――。
大団円。
「遅くなったな、ちびっこたち! ゴールドマン参上!」
「「「「「遅い!!!」」」」」
BGM:「SUPER☆MAN」(水樹奈々)
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