collar less
after.あなたがどうかどうか人にあいされますように

麗らかな陽光と風を受け止め、研究所の窓を仕切るオフホワイトのカーテンがたなびいた。
風の音。微かに頬を撫でた空気の揺れ。旅路の中で培われた神経の鋭敏さが野外に何かの気配を感じ取ったような気がして不意に顔を上げるが、そこにはやはり何もなく。あたりまえか、と小さく息づき視線を伏せた。
刹那――ばさり、と。
静寂の中に羽音が落ちる。
来た。きっと、あの子だ。全身を駆け巡る電流の確信を少女が握り込んだのと、室内に風を纏う鳥の巨体が舞い込んだのはほぼ同時だった。
ばふぅぅぅ。自慢の毛並みをいとも簡単に乱されたロコンの不満をも押し寄せる強風は力ずくで押し込めてしまう。
やっぱり。飛び交う埃に目を開けられずにいるなまえだが、わかる。こんな風を呼び起こす猛スピードで、それでいて着地点の狙いを一寸も狂わせることのない、そんな器用な真似が朝飯前と言わんばかりにできるのは。

「ピジョット!」

幼馴染の育て上げた自慢のポケモンたちくらいだ、と。大きな翼を広げて軽やかかつ派手な着地を遂げた鳥の名を迷いなくなまえは口にする。すれば、高らかな歌声の返答。

「博士!! 来ましたよっ、グリーンのピジョット!」
「なに、それは本当か!?」

今の音で気づかなかったんですか、博士。突っ込むことも忘れてオーキドが受け取った書簡をなまえも横から覗き込む。一切の崩れなく綴られる丁寧な字を追いかけ、送り主の無事を悟ると、その几帳面さに相変わらずだと口を緩める。

「さて、早いうちに返事をしないといかんのう。この歳になるとすぐに伝言も忘れてしまうから困ったもんじゃわい。なまえにも一筆頼んでよいか?」
「もちろんです!」

彼に、何を伝えようか。
今日あったこと。研究の進行具合。最近見たもの、聞いた噂、それからちょっとした雑談。言おう言おうと溜め込んでいた話題を抱き締め、筆を握る。
だけどいつも、いざ文字を並べようとした途端になまえは動きを止めてしまう。
ぽりぽり、と頬をかいて、ふうっ、と苦笑して。
悩みに悩んだ結果、添えるのはいつも同じような一言。

――無理はしないで。帰ってくるの、待ってるから。

なまえ、とピリオド代わりに自分の名前を書くようなことはしない。
少しだけ丸っこく書いてしまう癖のある字で、グリーンなら、これが私だってきっと気付いてくれる。そして気が付いた時に、本当は何を書けばいいのかわからないだけで、実はすごくすごく寂しがっているっていう隠した本音を感じ取ってもらえたらいい。
言わない癖に、そこまで願ってしまうのはわがままだろうか。わがままな女の子は嫌われてしまうだろうか。
だけど付き合っているのに旅だバトルだと放置しているのはいつも向こう側なわけだし。幼馴染兼彼女の特権、っていうことで許してもらおう。

あなたがどうかどうか人にあいされますように
拝啓、不器用なあなたへ。
くれぐれも無理は禁物よ。敬具


 

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