collar less
20.光は要らないよ、僕らはもう迷子じゃない

風にはためくワンピースの裾がパタパタと腿を叩き、後ろで纏めた髪は風に零れ、絹糸の一筋が頬を撫でる。それをそっと耳にかけ、目の前に広がる景色を見据えた。
少女の双眸に、思い出が走る。
つい数ヶ月前のことなのに、酷くむかしのはなしをしているような気にさせる、幼い彼らの物語。
不器用な少年と共に優しい少女が歩むのは、心の古傷を癒す旅だった。失ったはずのともだちを探す旅。忘れてしまった感情を思い出すための旅。
原点にして最終地点である白の町で、それまでの友情が確かなものであったことを確かめるように、もう一度、絆を結んで。
マサラは真っ白、始まりの色。
もう一度、ここから始めるのだ。
色褪せてしまった世界に色を塗り直す日々に冒険は満ちていないかもしれない、だけど、ここから始まるんだ。
さぁ、歩き出そう。
ありったけの知恵と勇気を鞄の中に詰め込んで。
青空の下、広い世界を見に行こう。


光はいらないよ、
僕らはもう迷子じゃない



血の色と云うには美しすぎる紅緋だ、と。拙い語学力なりに精一杯、目の前の男の子の美麗さを称える言葉を探し出そうとしていた。
少年にしては長く伸ばされた赤い髪、綺麗な顔立ちにはめ込まれた怜悧な双眸は銀の色。とても人のことを言えた大人っぽさは私も持ってはいないけれど、歳の幼さもあいまり、男女どちらとも取れる容貌の彼をつい食い入るように舐めまわすように見つめてしまう。
あ、不機嫌そう。あまり人にじろじろ見られることは好まないのだろう。
反抗の仕方が軽く睨みつけるような表情を作るだけ、というあたり、あまり主張のないおとなしい人物なのか。それとも対面する私が彼の義姉である青目の少女の友人として紹介されているからなのか。そこまで思考を至らせながら、こういう子ならあまり勘ぐられるのも嫌うだろうと下手な憶測を憶測で打ち止める。
ブルーの義弟でジョウトにいると聞き、方言交じりの賑やかで朗らかな性格の持ち主、と胸中勝手に作り上げていた人物像の崩壊していく音を聞いた。

「シルバー君はさ、」
「……シルバーでいい」
「そ、そう?」
「あんたの方が年上だろう。なまえ……さん」

つい先ほど初めましてを交わし合ったばかりだからか、お互いぎこちなさを拭い切れないまま会話がゆったりと発走した。
それにしても彼、私のことをさん付けにするの、屈辱なのかなぁ。ごめんね、童顔で。

「シルバーく、…シルバーも旅してるんだよね。ごめんね、時間取らせて」
「いや。それは別に。姉さんがよく話していたから、オレもあんたに興味がなかったわけじゃない」
「へぇ、ブルーなんて言ってた?」
「言えない」
「なんで? 口止めでもされてるの?」
「あぁ。死んでも言うなと言われている」

あぁ、だめだ。不用意に人に漏らそうものなら、確実に彼は黄色いお花畑を錯覚してしまう。
あのかわいらしく憎たらしい微笑みが脳裏を掠め、ぞっと背筋が粟立つ感覚に襲われる。

「……愚痴とかだったりするのかな」
「一切漏らすなとは言われているが、それは無いとだけ言っておく」
「“だけ”?」
「続きを期待するなら残念だったな」
「してないよ。親友の弟ぎみを黄泉の国に送り出す勇気なんてないもの」

微量だろうと血が流れるところは見たくはないし、あらゆる言葉の暴力に嬲り殺される終末も望んではいない。だから結構だよ、と本当は知りたくて知りたくて仕方がない癖に、年下が相手だからと本音を抑えとどめ、必死に私は大人ぶる。
すると彼は。シルバーが静かに唇を開いた。

「特別に、お前だけに、教えてやろうか?」
「えっ、いいの?」
「あぁ。オレから聞いたとは言わない、人にも漏らさないと約束できるなら」
「うん。約束する。絶対誰にも言わない!」
「そういえば人の“絶対に誰にも言わないからわたしにだけ教えて”と“絶対に怒らないから言ってごらん”は何があっても信用するな、と姉さんに言われていたな……」
「ちょっとー!!」

そういえば人の“特別”とか“あなただけよ”とかは信じちゃいけないって私も言われていたな。ブルーに。
いくら口数に差があろうとも彼はブルーの義弟なのだった。
再び視線を戻した先にいたシルバーは一度その銀色を瞼の奥に隠し、息吹くと、また開かせて、口火を切った。

「自分が一番辛い時にも笑っていられる子、だそうだ」

えっ、という素っ頓狂な反応は思わず喉が呑んでしまった。

「それが完璧に感情を隠し通せている完全な笑顔ではないから、守ってあげたくなる。そう言っていた」

めいっぱい、眼を見張りながら見るシルバーの、穏やかな光を湛える凪いだ白銀に淡い一笑を見た気がして。不思議とこちらも頬が綻ぶ。

「……私、忘れっぽいからすぐに忘れちゃうよ」
「そうだな。その方がありがたい」

でも、と繋げて。

「本当に忘れてしまったら、きっと姉さんは悲しむ」

そうだね。そうかもしれない。
あなたが私をどう思ってくれているか知っているんだよ、って本人に言ったら、きっとまずは驚くだろう。でも次には少し困ったように、照れたように、伏し目がちに笑って、あの子ったら言っちゃったのね、と零すのだ。
そしていつか。
水面に弾ける光のような笑顔で同じ言葉を言ってくれる、ような気がする。

虚しいばかりの無色の日々はもうここにはない。
まっさらなキャンパスは思い出の絵の具で鮮やかに彩られ、完成を目指してここにある。
時に永遠の常盤の緑色。時に青空を覆いつくす雲の灰色。時に空との境界である海面の青色。燦々と人々を照らし出す陽光の橙、物悲しげな紫、はずむ気持ちを表す虹色、人を温める赤は炎。桃色に、山吹も。
歩んできた日々が作り出すのはまだ描きかけの地図だ。
彼女は、強くなった。私も、乗り越えた。
そしてもっと、強くなる。
それはきっと、レッドやグリーンも同じことだ。

「ひとつ、聞いてもいいか?」
「うん? なぁに?」
「グリーン――だったか……?――と付き合っていると聞いた。今どこまで進んでいて、どんな風に恋人らしいスキンシップをとっているか聞きたい」
「えっ!? は!? な、なに!?」
「もうここまで来たから言ってしまうが、これは姉さんに頼まれたことだ。吐かせて来い、とな。オレは全うするつもりでいるから妥協はしない」
「……ぶ、ブルー……」

どうやら私は彼女と少し話し合う必要があるようだ。


Collar less fin.


 

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