collar less
19.まったく、君はいつまで経っても世話のかかる少女だな

辿った記憶に果てが見つからないほど、むかしから、ずっと一緒にいた幼馴染だった。
友達。仲間。相棒。いつでも彼は頼れる人ではあったけど、それ“以上”を望んだことは一度もなくて。どこかで一線を引いていたのかもしれない。
確かに存在していた境界線を取り払って、私に好きだと告げたグリーンの目も顔も声も、真剣そのもので、だからこそそれが怖かったのだ。

「だってグリーンがそんな風に思ってたなんて、知らなかったし……」

窓も扉も締め切った暗い自室の片隅で膝を抱え、呟く私は、ようやく脱したはずの引きこもり生活に逆戻りしていた。
だいじょうぶだよ、と慰めるように私にすり寄るロコンとニドラン♂の僅かに高い温度に甘えたくなる。

「悪いことしたとは思ってるよ」

じゃあ謝りなよ。見方でいてくれるニドラン♂やロコンとは対照的に姉のように諭すスピアー。意見の食い違う彼らは空中で火花を散らす視線を絡め合い、互いにそっぽを向き合ってから私の方へ再び戻す。なまえはどっちの意見なの、と。
何だろう。少女漫画の三角関係にでも遭遇したかのような気分だった。
不意に、からん、ころん。と音がして。見てみれば身入のモンスターボールを器用に転がし、こちらまで近づいてくるイーブイ……の納まるボールがあった。

「……どうかした?」

そう問うも、イーブイの視線が訴えるのは私ではなくニドラン♂やスピアー、ロコン、呑気に行く末を見守っていたラッキーに対してだ。
人間にはよくわからないアイコンタクトのような、会話のような何かを交わし終えると、ちょいちょい、と桃色の手に腕を引かれる。

「ラッキー?」

続いて、ぶんぶんっと室内ではうるさすぎる羽音を鳴らして捲し立て、立ち上がるように促された。

「な、なにスピアー!」

いつの間にか足元まで来ていた赤茶の毛玉が、部屋を出ろと言わんばかりに強く足を押し出そうとする。

「ロコン、待って! ……ニドラン♂、あなたまで?」

立たされ歩かされ、扉の前まで連れて来られると待っていましたというような顔つきのニドラン♂が道を開いて先導するように一歩前を進み出す。
ぎしぎし、と悲鳴を上げる床に両親に見つからぬよう、そっと足を乗せて後を追いかけた。
そして。

「外、出ちゃったよ……」

それでもニドラン♂の歩みが止まることは無くて、人通りの少ない田舎町の道を先へ先へと行ってしまう。
この道は、知っている。幼い頃より歩きなれた何もないまっさらな町は、私にとっては庭に近い存在だからこの先どこへ辿り着くかなんて知っている。家を出て、南方向へ進んでしまえば当然、

「……やっぱり、オーキド研究所……」

に、ついてしまうわけだ。
オフホワイトの外壁が景色に溶け込む、他の家々よりずっと大きな研究施設。同い年の幼馴染の祖父が長を務め、自分も数日後からアシスタントの手伝いを再開する予定でいる建物を、ストーカーよろしく木陰に身を潜めて私は仰いだ。
言葉を交わさなくてもニドラン♂がここを訪ね、“同い年の幼馴染”ときちんと話すように言っていることは明らか。言いたいことと求められていることが明々白々であるからこそ、困り果てた私の顔は曇ってしまう。
玄関口、インターフォンの目の前まで連れて来られると、今まで導くように前を歩いていたニドラン♂が背後に回る。邪魔にならないようにと距離を置きながら、目を光らせて自慢の角をこちらに突き出す。逃げ出そうものならこの毒針で一刺しだぞ、と脅されていることがよくわかった。
息をついて、覚悟を決める。
なんて謝ったらいいのだろう。
“あなたの一世一代を意味わかんないのたった一言で木っ端微塵に弾け飛ばした挙句、返事も言わずに逃走してすみません”。これだと何のおふざけだと受け取られかねないな、と用意した言葉をごみ箱へと投げ入れる。
もう少し考えた方が良さそうだ。そう結論付け、ボタンに触れかけた手を下ろそうとした、そのとき。
背後で破裂音が炸裂した直後の――閃光。
何……何だ。状況を理解する間もなく、パリ、鋭く走った静電気が躊躇う足を叩き出した。

「いっつ…ッ! 電気……サンダース……イーブイ!? って、あぁっ! 押しちゃった!?」

黄色の刺々しい毛並みが柔らかな薄茶へ変化していく一瞬を、確かに見た。
直後、がちゃり、と開閉音。

「――なまえ?」
「あっ……?」

耳朶を撫でるのはその歳の男の子にしては少し低めの、聞き慣れた声。
グリーン。声には出さずに、開きかけの玄関から顔だけを覗かせた彼の名を口の中で噛み殺した。
家の奥からナナミさんの声が聞こえたが、それも一瞬。気を利かせてくれたらしいグリーンによって玄関は閉ざされ、昼間にも関わらず誰も出歩いていない田舎景色の中では二人切りだ。

「あの、ごめんね、逃げちゃって」

まとまってすらいない、言いたいこと。
どう言葉を選んで伝えればいいのかもわからない、大切な感情。
それでも、言わなければ。ここまで来たら、言わなければいけない。
――そんなことは、わかっている。でもどうしても勇気が足りなさ過ぎた。

「私はいっつも逃げちゃってるけど、でも、最後はちゃんと戻ってくるから」

ちらと見遣ったグリーンは言質を取りあぐねているような表情だった。

「イーブイの時も、何回も逃げちゃったけど、全部ブルーのおかげだけどっ! それでもちゃんと戻って来た、から、今も、ここにいる」
「……それは、オレの言うことじゃないか?」
「う、うん? 確かに。そうかも……ってそうじゃなくて、だからその、グリーンのそばに居させて欲しいっていう……」

必死に紡ぐ告白の返事を言い終えるのを待たず、グリーンがこちらへ一歩歩めば地面で二つの影が重なって、ぐっと縮まる距離感は唇同士が触れ合うすれすれまで近づいて――

「うわぁっ、キスはだめ! まだ早いって!」
「早いってなんだよ……」

眼前に両手を突き出され、見事に邪魔された彼から不服そうな声が上がる。

「まだ12歳だよ!? 12歳! トゥエルブ!!」
「10歳からは大人と同等の扱いだろう」
「屁理屈!!」
「じゃあこれならいいか?」

両想い、だろ。
互いの指を絡ませて、ぎゅっと結ぶように繋がれた手。ばくばくと騒がしく早鐘を打ち出す心臓には反比例し、伝わる温度に安心する。

「う、うん……まぁこれなら、」

いいかな、って。乙女みたいにはにかんだ。
初めてでも珍しくもない行為だというのに、終止符を打たれた幼馴染の名の関係と、始まった“それ以上”の関係が私をそうさせる。
互いに見下ろし見上げて目を合わせると、少しだけ差のある目線の高さを実感する。身長差がもっとずっと大きく開いて、成長によって二人の性別がよりはっきりと明確化されるそのときまで、果たして彼は、私の隣にいてくれるだろうか。
頭を浸食するネガティブ思考はもう癖として身に染みついてしまっているけれど、今日くらいは、いや、彼と過ごす瞬間くらいは忘れてしまおう。忘れてしまっていられるよう、努めよう。少なくとも弱音を吐かない娘がいい女であることは間違いないだろうから。

***

まったく、いつまで経っても世話がかかる主である。やれやれと言わんばかりに首を竦める小さな薄茶の影こそが、紛れもない彼女の背中を直接的な意味で押し出した張本人だ。
自分を救うために頑張ってくれたいい友人を、今度は自分が助けてやってもいいかもしれない。かわいらしいイーブイの容姿にはそぐわない自信家な態度で鼻を鳴らしつつも、ここまでウィンウィンの関係を築いて来たからこその、それはささやかなる手助けだった。

のどかな白の田舎町、マサラタウン、小さなつぼみが静かに開花を待っている。

まったく、君は
いつまで経っても世話のかかる少女だな



 

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