collar less
18.ハッピーエンドまでの長い距離

使用限界まで“ふぶき”を繰り出し続ける事で場の空気を冷やして冷やして、地中深くまでも凍てつかせ、もう打てない。相手に誤った認識をさせた直後の、ブースターによる“だいもんじ”。
幸いそこが屋外であったために爆発、とまではいかなかったがその衝撃は竜巻の中心に閉じ込められてしまったようであった。

「……いっくらなんでも、これは、やりすぎだろー……」
「え、えへへ……」
「えへへ、じゃねーからな!? 怖い! オレなまえが怖い!」

……なんて笑いあった数分前が懐かしい。
何せ私たちは、今、嵐の中にいるのだから。

「まったく君らは! バトルを楽しむのはいいがここは田舎とはいえ町中だぞ。技の威力くらい自重しなさい!」

クレームの。

「10歳からポケモンの所有やバトルが正式に許されるのは、最低限その年齢から善悪の判断や安全性、危険性に関する判断もきちんと行える……そう協会が判断したからなんだ。なのに君らといったら……!!」
「す、すみません」

おとなしそうな容姿が影響してか――小さなイーブイよりかはチャンピオンのポケモンの方が爆発を発生させるなど容易いと思われたのかもしれない――私があまり怒られるようなことはない分、町内会長の怒りは理不尽にも全てレッド一人に注がれる。
ここで私も同罪です、と出ていける度胸や勇気が私に備わっている訳もなく、ごめんレッド。胸の内で謝りながら説教の行方を見守っていると。キッ、と音がしそうな勢いで振り向く会長。その視線の先には、ほぼ無関係のグリーンとブルー。

「止めなかったその二人にも責任はあるぞ。わかってるな?」
「………」
「…そこは頷いとくのよ、グリーン…」
「…そうは言うがな、無関係だぞ。オレたちは…」
「聞こえているぞ!!!」
「「すいません」」

がみがみ、がみがみ。再び小言が始まった。
一分、十分、十五分……三十分と時は流れ。

「まぁ君らも反省はしているようだからな。これくらいにしておいてやる」

ようやく終わりを迎えたらしいお説教に、ほっと胸を撫で下ろす。

「次やったら……どうなるか、わかるな?」

鉄板をも貫通しそうな眼光に悪寒が走った。

***

濃紺に飲み込まれていく橙色の空を見上げ、息をついた。視線を落とせば濃く長く道に伸びていく己の影が目に留まり、再び溜め息。

「何もあんなに怒らなくてもいいのに。レッドに悪いことしちゃったなー……」

返答はない。
お蔭で足痛いよ、と付け足してみるも、やはり同じように答える声はなく。
もしや歩き続けている間に家まで送ると言ってくれたグリーンを置いて来てしまったのか、と振り返ってみるも彼はちゃんとそこにいて。こちらに視線を寄越すこともなく、何だか浮かない表情でいるのでおかしい、と思う。

「さっきからずっと黙ってるね」

元より口数少ない幼馴染ではあったけど、ここまで黙りこくっていることは珍しい。
足を止める。

「何かあったの?」

歩みを止めた足で彼の方へと歩み寄るが、顔の半分を覆う影が意地悪く私の邪魔をする。
また何か問うてみようとした瞬間。彼の顔が上げられて、茜色の空間で一際の存在感を放つ、二つの緑の宝石に心臓が大きく音を立てた。

「……わからないか?」

見当違いな返事だった。
わからないか、と言われても。
わからないよ。あなたの言いたいことなんて。思考を読み取ろうにも変化の薄すぎるその表情じゃ、“焦ってる”とか、“考え込んでる”とか、そんな断片的なことしかわからない。

「お前が好きなんだ。ずっとオレの隣にいてくれ、なまえ」

言葉を聞いた、刹那――全身を巡る血液が活性化していくように、身体中が熱を持って。息が苦しくなるほどに早鐘を打ち出す心臓には気づかないふりをして、自分自身を騙そうとする。でもそんな器用な真似が私なんかにできるはずもなく。

「……わかんない……」

口の端から言葉が滑って場に落ちた。
先ほどの問いに対してとも思える返事、かみ合わない会話。

「は?」
「意味わかんない。意味わかんないよ。すき、とか、突然そんなこと言われてもっ!」

ぷつり、と糸が切れたことを引き金に、怒りによく似た、だけどまるで違った激情が溢れ出して止まらない。
罵声をぶちまけ、戸惑いを散らし、散々叫んで空っぽになった胸の内に間を置かず込み上げてくるのは申し訳なさと恥じらいと、エトセトラ、エトセトラ。
どうしていいかわからなかった。ただそれだけだ。ただそれだけの理由で彼を傷つけて、でもどうしていいのかわからない。好意の意味もわからない。
だから、なのかはわからない。だが次の瞬間には敵を前にした草食動物宜しく私は逃げる、という行動に出ていた。

「待て、なまえ!?」

羽がついているわけでもあるまいに、さながら鳥の如く飛んでいくように。
意味わかんない。意味わかんない。
そう、繰り返し続けた。

ハッピーエンドまでの長い距離
脱兎の如き勢いを
ぶつける場所は他にもあるでしょ


 

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