collar less
14.素敵な色になれたらいい

長い長い、立ち込める間を経て。
ゆっくりと、第三者が白旗をあげる。

「……勝負あり! よって挑戦者なまえの勝ち」

勝利のコールに喜ぶよりも、まず安堵してほっと胸を撫で下ろす。
ありがとう、よく頑張ったね。とスピアーを撫でれば、彼は誇らしげにぶんぶん羽音を響かせた。

「……驚きました」

ぽつり、エリカさんが零す。

「モンスターボールの光に紛れて姿を隠しての、的確に急所を射抜く攻撃……指示の正確さ。これからバトルも大詰め、というところでの不意を打った一撃。私の完敗ですわ。タマムシジムジムリーダー、エリカが認めた者としてこのレインボーバッジを授けます」

すっ、と白く小さな手が私の胸元に飾ってくれた、虹色の花びらがかわいらしい勝利の証は窓から差し込む陽光をきらきらと反射する。そのままふっと至近距離で微笑まれ、どくりと心臓が波打った。

「そろそろ、いいか?」

いつの間に背後まで来ていたのか。聞き慣れた声であるとはいえ、多少の驚きというものはある。
渋い顔つきでこちらをじっと伺ってくるグリーンに対し、先に真っ先に返答を寄越したのはエリカさんだった。

「勝利にしては浮かない顔ですわね。もう少し喜んであげてもいいのではありません? グリーン」
「…これは元々だ。なまえ」
「え。なに?」
「聞きたいことがあるんだろう。ほら」

とん、と肩を叩かれる。

「あ、うん…」

私とグリーンのやり取りに小首を傾げるエリカさん。かわいい、なんてまるで関係のないことを思ったがすぐにそれらを振り切って、口を開く。

「あの、1年前なんですけど、ここでイーブイが保護された、と聞いて」

切り出すと共に、僅かに、だが確かにエリカさんがその表情を変えた気がした。

「私、去年のヤマブキでの事件直前にロケット団に幼馴染だったイーブイを奪われてて」

旅立ちの理由説明にしては随分と淡泊すぎたと思うが、用件を詳しく述べるにはここで私情を挟むわけにはいかない。出来る限り手短に、を心がけて説明する。

「その子は私の探している子ではないんですが、でもロケット団を調べていたあなたなら何か知っているかもしれないって、聞いたんです。レッドに」

“レッド”の名を聞き彼女はまぁ、と両手を口で押え、驚きに目を丸くする。
視線を床に落として何か考え込むような仕草を見せた後、やがて沈黙を破るように一つの名前を場に出した。

「グレンタウンに住んでいらっしゃる……カツラさん、という方」

ご存じかしら? と問うエリカさん。
その人の名は、知っている。
命を造る、という夢に取りつかれ、かつて大きな罪を犯した老人。クイズ好きの陽気な元研究者は南の孤島に隠れ住んでいると聞くが。

「その方なら……ロケット団と関わりを持っていたカツラさんなら、何か知っておられるかも……いえ。どうせ知ることになる事実です。濁すのはやめましょう。改造の施されたポケモン、イーブイを彼は匿い、治療を試みていますわ」

その一言は、重く重く、圧し掛かる。

「グレンの街を訪れるかはあなたの自由。ですがこれだけは忘れないで。カツラさんは直接的には関わっていないことを。どうか、彼を責めないであげてください」

最期まで救おうとし続けた、彼のことを。責めないで。
彼女の願いを、受け止めた。

***

ジム戦から数時間後の、海上。潮風を切りながら飛行するリザードンの背で、ちらりと背後を振り返る。隣で物言わぬまま前を見据えているなまえを見やって、視線を前方へと戻した。
託されたばかりのレインボーバッジをきつく掌に握りしめ、だがその表情は勝利を喜ぶ輝かしいものではなく、欝々とした晴れない思考に浸るように雲がかかった面持ちで。
色々なことが、あり過ぎた。
エリカの話から察せる部分で、もう結果なんてわかっているだろうに。それでもきちんと告げられるまで、諦めきれない何かがある。死刑宣告でも待つように、割り切れない稚拙な心は絶望の中を彷徨って、あるはずのない光を見つけ出す。それを幻想だとも知らないで。

「そろそろだ」

低めた声が身を叩く風の中でなまえの耳に届いたことを祈る。
リザードンが降下を始める頃、背から伝わる微かな体温が風に消えてしまわないことを願った。

素敵な色になれたらいい
まっさらなのはスタート地点か
それとも塗りつぶしたあとの景色か


 

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