祝い主、不在 1/2

『アンタ、明日のサンちゃんのお誕生日何する気?』


 今日一日頑張った自分を労るため、ビール片手にスルメをつまんでいたら、母から着信があった。


「何する気って……何もする気ないけど」

『ええ? 信じられないこの子ったら。散々サンちゃんにお世話になっておいて!』


 嘆くようにそう口にした母に、私はスルメをしゃぶりながら反論する。


「だってサンジ、誕生日はきっと帰ってこないよ」

『あら、どうして?』

「だって、また新しい恋人できたみたいだし」

『まァ、そうなの。……まったく、アンタはひとつ屋根の下にいてもサンちゃんを振り向かせられないのね』


 やれやれとでも言うように、母は電話越しに大きくため息をついた。


「いやいや、そもそも振り向かせる気ないんですけど」

『何言ってんのよ。アンタなんて他に貰い手見つからないんだから、なんとかサンちゃん頑張りなさいよ!』

「失礼な。貰い手くらいいくらでもいますう」

『イヤよー、他の男なんて。お母さんサンちゃんに息子になってほしいわァ』


 頬に手を当てながらうっとりしている母の姿が、容易に頭に浮かぶ。


『はいはい、わかったわかった。なんかプレゼントくらいはあげるよ』


 もうひとつスルメを口に放りながら、適当にそう言った。


『ちゃんとセンスいいものあげるのよ! わかったわね?』


 念を押すようにそう言うと、母は『じゃあねー!』とのんきな声を上げながら通話を終了させた。


「帰ったぞ」


 終話ボタンを押すのとほぼ同時に、玄関の方から気だるい声が聞こえてきた。


 あら、お早いお帰りで。


「おつかれー」

「おー」


 ビールを持ち上げながらそう労いの言葉をかけると、サンジはあきれたようにため息をつく。


「おまえ水分の九十%、ビールでできてんじゃねェか?」

「だろうねー」

「飯は?」

「まだー。お腹空いたー」

「へーへー。ちょっと待っとけ」


 サンジはジャケットをソファに放ると、Yシャツの袖を捲ってキッチンに立った。


 しばらくすると、ジュージューといい音がしてきて、香ばしい匂いにお腹が情けなく泣く。


「今日なにー?」

「あ? 鶏肉と茸のフリカッセ」

「ほほー! うんまほー!」

「料理名でわかんのかよ」

「サンジの料理はぜーんぶおいしいもーん」

「……」


 そう言うと、サンジは少しだけ頬を染めながら黙りこくった。


「むふふ、ういヤツめ」

「悪代官かおまえは」

「ねーねー、明日は彼女さんとラブラブデートだよね?」

「なんでおまえはそう話がとぶんだよ」

「でしょ? どうせ帰ってこないんでしょ?」

「……」

「あら? サンジきゅん?」


 その呼び掛けに悪態をつくこともなく、サンジは唇を尖らせる。


「……仕事なんだとよ」

「……あらー」

「ううっ、付き合って初めての誕生日なのに……!」


 涙をじんわりと浮かべて、サンジは地団駄を踏んだ。


「残念だね。ご愁傷様」

「ぐずっ、うるせェ」

「……じゃあ早く帰ってくる?」

「あァ、さっさと帰ってふて寝してやる」

「……ふーん」


 未だにメソメソと泣いているサンジをよそに、私の脳裏にはある作戦が浮かんでいた。





 翌日。


 いつもより巻き気味で仕事を終わらせると、私はスーパーへ向かった。


 久しぶりに訪れたそこは夕飯時ということもあって、主婦たちの戦場と化していた。


 う、すご……。


「よ、よーし! いざ!」


 頬をひと叩きして気合いをいれると、私はその戦場へと勇んで進んでいった。





「ぜー、はー、ぜー、はー……づ、づがれだ……」


 両手いっぱいに抱えられていた食料品を、どっさりと音を立ててテーブルに置いた。


 そのまま冷蔵庫からビールを取り出したいところを、なんとかぐっと堪える。


「よーし、やるぞー!」


 百均で買ってきた包丁やらまな板やらを出すと、私はさっそく食料品を広げた。


 そう。今日は、いつもおいしいご飯を作ってくれるサンジのために、この***様々の手料理をプレゼントしてあげるのだ。しかもケーキ付き。


 なんて優しい***ちゃん。


 そんなことを考えながら、むふふっと笑うと、私は料理を作り始めた。


「ああ! ちょっと焦げちゃった!」

「あれっ、なんで膨らまないの?」

「いっだー! 手切った!」


 てんやわんやと一人キッチンで格闘しながら、なんとか料理を完成させた。


 ぼろぼろになりながら、テーブルの上を料理やケーキで彩っていく。


 サンジ、喜んでくれるかな。


 ……早く帰ってこないかなー。


 そんなことを考えていたら、バッグに入れっぱなしだった携帯が鳴った。


 ディスプレイに表示された着信の相手を見て、私の頬は自然とにんまりとゆるむ。


「もしもーし」


 わざといつも通りの低いテンションでそう受け答えると、そんな声とは正反対の賑やかな音が受話器から聞こえてきた。


『おー、おれだおれだ!』

「ずいぶん賑やかだね。どしたの?」

『それがよー』


 ぐふふ、とか気持ち悪い笑い声を出しながら、サンジはこう続けた。


『おれのかっわいいプリンセスがサプライズパーティー計画してくれててよ!』

「……へ?」

『プリンセスの友だちやら店のヤツらやで、今からお祝いしてくれんだと!』

「……」

『だから多分今日は帰れね……***? 聞こえてっか?』

「え、あ、うん」

『? なんかあったのか?』


 心配そうな声を出したサンジに、私は慌てて言った。


「いやー、今日はサンジきゅんのいびきに悩まされなくて済むなーと思ってね」

『いびきがひでェのはおめェだろうが!』

『サンジ? どうしたの?』


 電話の向こう側で、綿菓子のような甘い声がサンジに声をかける。


『あァ悪ィ、プリンセス。今行くよ。……んじゃそういうことだからよ、***』

「ほーい、楽しんでねー」

『おう、ちゃんと鍵掛けろよ。じゃあな』


 そう言って、サンジはいそいそと電話を切った。


 プー、プー、プーと、無機質な音が耳を突く。


 私は、テーブルに広げられたたくさん料理に目を落とすと、ぼそっと呟いた。


「どうしよ、これ……」


 明らかに私の胃袋の許容量を越えたそれに、ぼう然と立ち尽くす。


 テーブルのそばにしゃがみこんで、エビチリをひとつ摘まむと、口に放った。


「お、んまいんまい。なっかなかやるじゃん、私」


 少し冷めたそれを咀嚼しながら、自画自賛する。


「……よーし、明日は休みだし、酒盛りといきますか!」


 すくっと立ち上がって冷蔵庫に向かうと、意気揚々とその扉を開ける。


「あれ……あれっ? ビールないじゃん! ……もー、あれほどビールは切らさないでってサンジに言っておいたのにー!」


 わざと出した大きなその声が、しんとした室内に響く。


「もう、ガッカリだよ……」


『おれのかっわいいプリンセスがサプライズパーティー計画してくれててよ!』

『プリンセスの友だちやら店のヤツらやで、今からお祝いしてくれんだと!』


「……サンジのバーカ」


 蚊の泣くようなその声が、なんだかやけに大きく聞こえた。


祝い主、不在


 ……やけ食いだこのやろう!


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